35あぁ 闇よ
あぁ 闇よ。
君にはずいぶん、振り回された。僕が「闇」などと名付けたがためにその言葉だけが独り歩きをして、かって大きく膨らんでしまった。
バイト先のコンビニで、家の風呂でそして、あの夜、夕子の胸で溶けて消えたかのように感じた「闇」も、結局は全て僕の妄想でしかなかった。
でも確かに僕の心にのしかかるように居座るこの感情は気のせいでもなんでもない。それは僕が死ぬまで、僕を離れる事は無いのだろう。
それは誰もが持っている不安であり、誰もが毎日毎日当たり前に感じる日常的な不安である。僕はそれにただ「闇」という幼稚な名前を付けて育ててきたに過ぎない。
僕がもし死んだら、もしかした明日の新聞の片隅に僕の事が載せられているかもしれない、それを見た誰かが同情したり、蔑んだり、馬鹿にしたり、何かしらの感情を抱くだろう。夕子や伊藤、香織などは黒い服を着て、僕の葬儀に集まり、横たわる僕を見て涙を流すかも知れない。僕の知るところではない。君たちが僕に様々な感情を抱くのは自然な事であり、それは人の勝手なのだが。僕はそれに返答する義務も、反論する気力も、時間ももう無い。
死後の世界について考えた事はあるが明確な答えを出した事はない。体は腐って、形を失くしていくだろう。意識はどうなるのだろう?本当に死後の世界なるものが存在するのかも知れない、極楽や地獄なるものがあるのかもしれない。しかしそうではないだろう。死んで向こうで、沙耶は母さんに会えるとも思っていない。死んだ後も夕子の顔を見れるとも思っていない。会ったところで何か話しでもできるだろうか?僕はできない。二人は死んだのだから僕とはもう会うことも無いだろう。
僕の意識は死と同時に闇に溶けていき定まらぬ意識の中で記憶と共に一切の自我は消え去り、思考能力は停止し僕は僕でなくなる、永遠という長い時間を布切れのようになった魂が輪環状の闇の中を繰り返し泳いでいくようなイメージでやがて僕は消えていくのだろう。
僕の物語も静かに終わろうとしているのが自分で分かる。現実世界と切り離された僕の意識が闇に絡み取られていくのが分かる。思考能力が停止しつつあるのが分かる。
生まれなければよかったと後悔したことは少ない。
今の僕には多少の困難な道を乗り越える自信がある。
それどころかありとあらゆる挫折に耐えられるだけの精神がある気がする。
ありとあらゆる不の感情、巨大なその「闇」でさえも光に変える思想を持っている。
今までにないくらい前向きで、ただひたすら前進していく足腰を持っている。
しかし一つの後悔がある。
死ななければよかった。
今思うことは、死ななければよかった、という事だ。
僕の話はこれで終わりだ。
聞いてくれたならば感謝する。
それでは、また。