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彼女の家を出たとき、遠くの空が赤みを帯びていてとても美しかった。闇と名づけた存在とも仲良くやっている、最近じゃこいつ無しでは生きられないほどだ。こいつのお陰で不安やプレッシャーから身を隠す事ができるしこいつのお陰で素晴らしいシナリオが完成した。ありがとう。
大船駅に着いた時、まだ五時だった。それにも関わらず日が落ちていて暗闇の中をバイト先へと急いだ。まだ時間には余裕があったが早く香織に会いたい気持ちがあった。なぜだかは分からないが彼女が僕の異変に気付くかどうか気になったのだ。実験的試みであった、夕子は半分気付いたといって所だろう・・ならば香織はどうだろう。僕はまた微かな興奮を覚えた。そんな中、あと少しで香織に会えるというところで携帯がポケットの中で震え始めた。液晶画面に浮かぶ松谷夕子の文字。
一瞬躊躇った、しかし「ここだ」という直感が働いたのだ。
「もしもし。僕だよ。」
電話に出た。
「慶介?・・私。」
「うん。どうしたの?」
僕は彼女を気遣うような優しいトーンで話した。
「慶介・・・今日はどうしたの?」
少し震えて小さな彼女の声。
「・・・・」
僕は沈黙を持った。
「ねぇ・・慶介。いなくなったりしないよね?」
夕子が僕の核心部にいきなり到達したのは衝撃だった。
「・・・」
まだ沈黙を守る。
「本当にどうしたの?・・今日の慶介、すごく辛そうだった」
辛そう?そう思われたのは意外だった。自分でも辛いとは思っていない。
「母さんと沙耶が死んだんだ。一人になっちゃった。」
この事実を口にするのは辛い。夕子に言ったところでどうなるわけでもない。
再び沈黙が流れた。
「これでいい?・・また明日学校で話そう。」
「あ・・」
電話の向こうで夕子の小さな声が聞こえてはいたが僕は電話を切った。そして電源も切っておく。また明日学校で。
もう二度と夕子と話せないと思うと・・やっぱり悲しいなぁ。