28
しばらくの間、僕は夕子と会っていなかった。僕の中の彼女は今も泣いている。と言うよりいつも泣いている気がする。いや、僕が泣かしているのだ。そんなくだらない妄想を行いながら僕はいつも通り朝のラッシュの中、身をよじりながら大学へと向かっていた。久しぶりの新宿駅だがこれと言って変わった風景はなかった。皆、僕の顔を見て涙ぐみはしない。僕だってもう涙ぐみはしない。
二人が死んで十二日目の朝、僕はいつもと変わらぬ調子で電車に乗り、いつもと変わらぬ調子で授業のある教室の前にたった。伊東やその他多くの僕の友人、そして夕子、僕が大切な人間を失ったという事を知っている人間はこの教室の中にいないんだ。そう考えるだけで妙な気分になった。孤独感とも違う、優越感とも言えない、どこか不思議な気分、けっして悪い気分じゃない。しかしけっして悪い気分にならない自分に気持ち悪さに似た感情を抱いた。
静かに教室のドアを開いた。
夕子と伊藤が一緒の席に座っていた。意外だった。あの出来事以来、気まずくなっていた二人の間が、僕が消えていた事で近づいてのかもしれない。それでも構わない。
「やぁ。」
目を丸くしてキョトンとする二人の前に行っていつもの調子の軽い挨拶。
「慶介!!どうしてたの?」
同じ口調、同じ調子で同時に口を開いた二人の男女と僕、もう僕と夕子が付き合っていると思うものはいないかも知れない。
「寝坊。」
この十二日間、ずっと寝ていました。朝昼晩と寝てすごしていました。だから二人がすごした十二日は僕にとって夢の中でのほんの数分でした。だから驚かないでください。
そんな説明の後、伊藤は笑っていた。その他大勢の友人も笑っていた。しかし夕子は笑っていなかった。怒ってもいなかった。
三人掛けの席に僕と伊藤は夕子を挟むように座っていた。
「電話もしたのに。」
そう言って夕子が今までに見せた事のない表情を僕に見せてくれた。どこか寂しげな雰囲気を常に放つ夕子が見せた彼女なりの寂しさの表現。横目で僕の顔を見ながら、目を細めている。黒目勝ちな彼女の目に涙が溜まって見えた。あの時の悲涙とは違う、安心感からくるそれだろうか。僕はただただ謝る事に徹した。
「これから休まないようにするよ。」
そう言った僕にまたまた安心して笑う夕子。僕は僅かな興奮を覚えた。それと同時に疑問が浮かんだ。この二人が知らない僕の秘密・・これを打ち明ける瞬間が訪れると思うだけで僕は頭が真っ白になる。しかしそれをどう打ち明ければいいだろうか。