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彼女の部屋は少し変わっている。女性部屋にありがちな可愛さや化粧の匂いや派手な色使いがほとんど無い。目に付くものと言えば、可愛げのない金属の折りたたみ式のベッドと機能的で落ち着いた黒の机で、その机の上には彼女の知性を雄弁に語る書籍が整頓され、ノート型のパソコンが無造作に置いてある。
正直言って、初めてこの部屋へ来たときは驚いた。僕自身、女性の部屋というのは妹と母親の部屋以外は知らなかったがそれどれとも異なっていたし、僕は確かに夕子の部屋にすっきりと整頓されているイメージを持っていたが、これ程までとは・・といったところだった。
「どうしたの?キョトンとして。」
そして驚く僕を少しあざ笑うかのようにそう言った夕子に僕が何を言ったかは覚えていないが、今でもこの部屋へ入った時の印象は忘れていない。そしてその時から全く変わっていないこの部屋は僕にとっては自分の部屋の次に落ち着くスペースとなっていた。
「さぁ。座って。」
夕子はいつも通り慣れたようにこれまた可愛くない黒い座布団を僕の前に敷いてくれた。
「ありがとう。」
僕も慣れたようにそれに座る。いつも通りの席位置、ここ以外の場所は落ち着かないし、ここ以外の場所はほとんど座ったことが無い。しばらく間をおいて、
「何か飲む?」
「ううん。いらない。」
そんないつも通りの会話が終わり、夕子も一息ついて自分で敷いた座布団に座り、もう一息つく。その瞬間、夕子が何の意味も無くため息に似た一息をつく瞬間、僕はいつも彼女が心配になる。僕は彼女がその一息をつくたびに彼女が死んでしまうのではないかと思うのだ。どうしてかは分からないが、その息がまるで彼女の最後の一息であるかのように思えてくるのだ。
部屋には静けさが徐々に広がり、それからすぐに時計の針の音だけしか聞こえなくなった。これはいつもの事なのだ。話すことがないというわけではないが、二人の間にはよくこんな空気が流れる、しかしこの空気は決して重たくない、気まずいというわけではない。どういうわけか二人の間にだけ存在するこの沈黙だけは他の一切の沈黙と異なっていた。僕はこの静けさが好きだった。