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 飯田橋駅の改札を出て、人ごみをすり抜けた後に傘を開いた。

 雨脚は先ほどよりも強くなっていたが、僕の心はどこか落ち着いていた。

 ある一定の不安に慣れたせいなのだろうか。もう成るように成れ・・といった一種の自暴自棄に陥っているのかもしれない。

 英会話の教室は、最近できた新校舎の十二階にあり、学生は二つあるエレベーターのうちのどちらかを使ってそこへ行く。僕も普段通りにエレベーターの前に立ってそれが来るのを待った。

 心は相変わらず落ち着き払い、辺りを見て人間観察する余裕が出てきた。

 しかし事態は一転する。

 「おはよう。」

 僕の背中に夕子が声をかけた。

 予想外のでき事だ。予想すべき予想外の出来事に僕の心臓は高鳴り始めた。額から微量の汗がにじみ出る。振り返ると、やはりそこには夕子がいた。

 「おはよう。」

 二秒ほど時間を空けて僕は答えた。夕子はきっとこの間に僕の動揺を察知したに違いない。

 「昨日はごめんね。」

 夕子はいつもと全く変わらない様子で、寧ろいつもは無い、明るさを持っていた。

 「いや。別に。」

 僕のそっけない返事にも少し余裕のある含み笑いをしている。

 「宿題やった?」

 それは完全にいつもの松谷夕子だった。僕はほっとした。思わずため息が出そうになった程だ。

 「全くやってない。見せて。」

 いつもの会話が始まった。僕が馬鹿な役を自ら買って出る、まぁ実際、多少頭は悪いのだが。そして彼女が僕に宿題を見せる。いつも二人の間に繰り広げられるお芝居が、この日はいつも以上に素直だった。

 教室の中で、彼女の宿題を丸写しした後、一息ついてから。隣に座る彼女の横顔がちらりと目に入った。昨日、この頬を涙が走ったのだ・・。

 そして昨日の光景が僕のまぶたの裏に鮮明に映し出される。先ほどの安心で気付かなかった 一つの推測が僕に降りてきた。

 「嘘だ。」

 心が僕にそう告げた。夕子の嘘を僕は一つ見破った。彼女は僕に嘘をついている。

 あの涙は絶対に本当の涙だった。それだけは確信している。

 だから今の彼女は僕に何かを秘めながら、僕と向き合っているのだろう。


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