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 夜のベランダで煙草を吹かしながら、遠くの空や景色を見るのが僕の習慣だ。このアパート自体、背が高いのではないが、丘の上に立っている事もあり、少し遠くの町や知らない道路が見渡せる。

 何度見ても同じ景色だが、何度見ても新鮮だ。環状道路上を車が光の粒のように流されている。目を細めると光が錯乱して、宇宙を流れる小惑星群にも見える。

 僕は煙草の火をベランダの手すりに押し付けて消した。そしてもう一服。

 環状道路の少し先に、真っ暗なスペースがある。恐らく森だ。

 周囲の明るさにも関わらず、その空間だけは、静かで重たい暗さを持っている。僕はその森に目を凝らし・・・そして背筋に寒気が走った。

 理由は分からない。とにかくその森は僕に、不安という感情を与えてきた。突然、嫌な気分になった。胃が重くなって、呼吸がしづらくなり、煙草が不味くなってくる。

 「闇」

 まさにその通りだった。ただただ嫌な存在。僕を不安にさせる正体不明の存在「闇」。

その巨大な森はまさに闇を持っている。

 煙草を吸う気は失せて、僕はベランダにある小型乾燥機の上に置いてあるプラスチック灰皿に火を押し付けて、逃げるように家に入った。

 「カーテン、ちゃんとして。」

 と言う、いつもの母が目に入った途端、僕の中の「闇」は消え去っていた。

 「もう寝る。疲れた。」

 僕は不安から解放されたせいか、気が抜けて何もする気が無くなった。

 「そう。おやすみ。」

 母は忙しそうに茶碗を片付けながら背中越しに言った。


 眠る前に、明日のためにアラームをセットしてする。起きるのは六時。明日の学校の事を考えるだけでため息が出る。

 「夕子にどんな顔をして会えばいいんだろう・・」

 心底そう思った。

 一時間目の英会話の授業で彼女の隣に座った時、どうさつをしようか・・。

 そして夕子はどんな顔をしているのか。先ほど夕子から送られてきたメールもう一度チェックする。もしかしたら何か見落としている重要なセンテンスがあったかも知れない。

 「明日学校で話そう。」

 メールの最後にそう書かれている。

 そうだ。その通りだ。今日のことは忘れよう。また明日、話せばいいじゃないか。見落としていた文章などは無かったが、そのメールは、夕方見たときには感じなかった、何か前向きな物を感じた。


 翌日、僕はアラームではなく、一人で目を覚ました。枕元では、微かに雨音がする。空気の湿った匂いがする。少し寒い。

 僕はカーテンを目一杯開けた。やはり雨が降っている。僕は雨が何か嫌なことの予兆であるかの様に思えた。そして夕子の事を思い出した。

 「明日学校で話そう。」

 その明日が今なのだ。昨日は微かな希望すら感じたそのメールは、その昨日が嘘であるかのように僕にプレッシャーを与えた。

 「ごめんなさい。」

 と言った時の夕子の顔が、雨で少し濡れた窓ガラスに映った。泣いている。

 今まで長々と話をしたが、その夕子の悲涙を見たのは昨日なのだ。

 「僕は悪くない。」

 窓ガラスに映る僕に言って聞かせる。そう言い聞かせるしかできない自分を情けなく思いながらも、僕にそうさせる夕子に苛立ちを隠せない。

 「いつも通りに話そう。まだ時間はある。落ち着いて。」

 雨音の作るリズムが僕の精神に纏わりつく、余計な思考を取り去ってくれる気がする。先ほどは嫌な事の予兆に感じたこの雨が、今度は僕を落ち着かせる役目を果たしている。

 しばらく雨音に耳を傾け、地面に落ちては弾ける雨の行方を追ってみる。しかし僕はふとした事で、再び現実へ落とされた。

 僕を起こす筈だったアラームが僕の枕の上で鳴り出したのだ。

鳴り響く電子音は僕の心臓を引き締めた。まるで戦いの前の半鐘のように、どこかここではない遠くで鳴っている気がした。

 そう言う訳だ。僕は再び現実へ落ち、苛立ちながらアラームを切った。


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