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 そして僕らは今に至るのだ。

 青木慶介と松谷夕子は恋人として二年間を過ごした。

 砂漠大旅行に例えたイメージの大学生活も色々なことがあったと思う、しかし僕の記憶には常に夕子があった。旅の友とも言える伊藤は相変わらずニコニコしながら僕と一緒に授業を受けているし、ちゃらちゃらした友人達も相変わらずだ。

 しかし思い出して欲しい、初めに言った事を。

 夕子とは昨日もあったし、友人達ともうまくいっている。しかし僕の中に生まれた小さな 「闇」は誕生以来増殖を繰り返し続けている。もう限界だ。

 そして話さねばならない、ある日突然起きた、砂漠旅行中の巨大な嵐を。僕の闇を一気に巨大化させたあの悲しみを。

 とは言え、話を戻そう。柏尾川沿いのマンション群の一端に僕と僕の家族の住むアパートがある。母と妹の三人で住むには調度いい大きさだ。決して裕福とは言えない、寧ろ貧乏な部類に入ってしまうような見た目の家で、僕も妹もアルバイトをして家計を助けている。それでも僕らはまさに「家族」なのだ。

 「ただいま。」

 少し疲れた声を出してしまう。ここなら弱い自分をいくらでも見せられる。

 「お帰り。」

 小さい家なので玄関を開ければ母が台所に立って作業をしている姿が見える。

 「ただいま。」

 もう一度、確認の意味でその言葉を発する。玄関に掛けられた高校一年の妹・沙耶の絵も僕にお帰りとつぶやいている気がした。小学校の頃小さなコンクールで入賞した桜の木の絵。巨大な桜の木が天に向かって回転しながら、力強く伸びている、空は青白い光を放っている。僕はこの絵が好きだが、本人には未だにそれを言っていない。

 「疲れた。」

 僕は鞄を散らかった部屋の中心に放り投げて、食卓へついた。今日はチャーハンだったようだ。母・陽子がそれを電子レンジに掛けてくれている。

 「バイトで疲れてんの?」

 母と妹の寝室から沙耶が出てきた。

 「まぁね。」

 「本当?」

 もう何年も一緒にいると僕の気分を読むのがうまい。まぁ、夕子ほどではないが。

 「あぁ。沙耶は今日、バイトだったの?」

 「ううん。ない。」

 お風呂から出たばかりなのか髪の毛が濡れて輝き、シャンプーのいい香りがした。

 「最近、暑いよね〜。」

 「あぁ。」

 どんな会話をしたかなんてどうでもいい、会話なんかなくてもいい。それが許される集団を僕は家族と呼ぶ。そして家族は砂漠の旅のオアシスだ。あらゆる疲れを癒し、僕の双肩に圧し掛かる闇をここで少し降ろすことが出来る。家族に終わりはないと思う。なぜならそれ自体に目的がないからだ。互いに高めあうでも、刺激しあうでも、愛し合うでも、楽しい時間を共有するでもない、それ自体何の目的もない集団それを僕は家族だと認める。

父がいなくて、悲しいと思うことはあった。僕の家族が友達の家族と違うことで、何か落ち目のようなものを感じた時期もあった。父が母と別れたのは僕が4歳の頃。母が父と別れた理由を聞いたことは無い。父は家にいることがあまりなくて、物心ついた頃から、父の存在を認識していない、僕に家族としての父はいない。

 「はい。チャーハンできたよ。」

 「チンしただけじゃん。」

 ここで言うチンとは「電子レンジで温める」の意だ。

 「じゃぁ、次からあんたがチンしなさい。」

 母はいつも嬉しそうだった。疲れた姿を人に見せることはほとんど無い。

父親を写真で見たことがある。赤ん坊の妹を抱えた父と母と手をつなぐ僕が立っている写真だ。横浜の中華街のどこか・・赤い門の前で採られた写真だ。僕は少し不機嫌そうに目を逸らして下を向いている。妹は、無表情でカメラを凝視している。母はまさに満面の笑みといった表情を浮かべている。この母の表情はとても印象的だ、ある意味、作られた笑顔にも見えるその大きな笑みが写真の中で光り輝いて見える。

 そして父は写真の真ん中に仏頂面で立っている。無精ひげを生やした目の細い大柄な男。僕には似ていない、恐らく今の僕よりも大きい。それが父だ。僕の中で父は動画として保存されておらず、父を思い出すときはいつもこの写真が出てくる。

 「慶介。早くお風呂は行っちゃってね。」

 無心になっている僕に母の声が入った。どうして母親というのは風呂を急かすのだろう。僕はいつも疑問に思う。

 「はいよ。」

 無意識のうちのいつも通りの返事をした。

どうかこの幸せがこれからも続きますように・・僕はたまにそう願ったりする。

朝起きたとき、夜寝ているとき、大学へ行っているとき、突然の不幸が家族を襲ってこの幸せが奪われる想像をする事がある。きっと多くの幸せな場所をもつ人がそういう想像をするだろう。そして僕はその度に、そうやって願うのだ。




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