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伊藤が松谷夕子に話しかけて以来、僕に彼女と初めて話す機会が訪れたのはその数分後だった。伊藤が彼女を連れてこちらの席にやってきたのだ。その顔は完全に誇らしげで、自分は英雄なんだ、という様な事を顔が言っていた。
「やぁ。」
僕はわざとらしく二人に挨拶した。友人二人も夕子を見ている。
「へへへ。」
伊藤もわざとらしくはにかんだ。
「お友達?」
声を聞いたのはその時が初めてだった。
「まぁ、お友達。」
平静を装い彼女の表情を見る。伊藤はなんて言って彼女に話しかけたのだろう。
「松谷夕子といいます。」
「どうも。青木慶介です。」
全く状況が読めぬまま意味不明な自己紹介をしてしまった。ただ何だか少し笑える状況であった。
「よろしく。お食事中? 私、これから授業なの。でも少し時間あるから平気。」
「ホントに伊藤の奴がすいませんね。」
へらへらした態度で夕子さんに近づく僕の友人を伊藤が煙たそうな目で見た。
「ううん。私も暇だったんだ。」
僕は何も話せなかった。伊藤が彼女のプロフィールを聞いている中、僕はただただ松谷夕子の横顔を眺めて会話に入ろうと隙をうかがったものの、どうもうまくいかなかった。
松谷夕子が授業へと行った後に残された男四人の話題は僕だった。
「おい。慶介。君、ボーっとしすぎ。まさか・・」
一瞬静まり返る、学食。僕は正直者になることにした。
「うん。」
「伊藤。ごめん。僕、松谷さんを好きだ。」
三人は突然、大声で笑った。
「お前、ふざんけな!」
伊藤は、妙に楽しそうに僕の肩をポカポカと叩いた。
「へへへ」
伊藤はいい奴だ。この頃から伊藤は僕にとって親友だった。
砂漠の旅は今だって続いている、しかしあれほど遠くにあった月が今はこれほどに近いのだ。しかもその美しさはあの時のままで、僕はそれに見とれたのだった。