でぃすいず てれびじょん
自室に入ると何故かテレビがついていて、暗い部屋に在って誘い込む淡い光に僕は吸い込まれるように覗き込んでしまう。映っていた場所に見覚えがあるが、何かが引っかかって思い出すことができない。画質は粗く、明らかに通常の番組ではなかったが、カメラやビデオが繋がっている様子もない。そもそもこの家にそんなものは存在しないのだ。
とある家の一室の中央に司会者が使うような台が設けられていた。厳密にいうと教室にある教卓に近い気もするが定かではない。いずれにせよその部屋の雰囲気とは異なる空気を孕んでおり、外部から持ち込まれたものであることが見て取れた。
と、そこへ画面の右側から男が出てきた。台に着くなり演説を始めるが、聴いたこともない言語を操っていた。妙な違和感を覚えたのは、その目が勿論カメラのほうを向いているが、まるで画面を見ている僕自身に視線を投げかけているように感じられたことだ。その声には懐かしい響きがあった。
やがて司会者が左手の指を広げ「5」という数を示した。何処の言葉を話す場合に於いても、数の概念は共通なのだという。そしてまた何かを喋った後、今度は右手を差し出すジェスチャーをした。あたかも、これから起こる新しい物事をふわりと投げかけるように。そして映像が途絶えた。
[アニメイテッド]
背景が一転真白になり、眩しさに一瞬目を細めてしまった。ピ、ピ、ガー、という信号のような不快音が鳴っていた。そこへ画面の端から無数の黒い点が現れ、次第に白いスペースを埋めていった。縦横無尽に駆け巡る点が互いにぶつかっては行き先を変え、こういうのを確かブラウン運動といった気がするが、一定量の黒点が画面内に均一に散らばっても、ランダムな動きは続いていた。
そんな動きが30秒も続いた頃、黒点が円形に集合し始めていることに気がついた。それまで無秩序に、言い換えれば不規則という秩序に保たれていた流れが変わっていた。あまりに自然で、しばし思考の混乱がもたらされた。もしかしたら最初からあの点たちは円形を目指していたのではなかっただろうかと訝らずにはいられなかったのだ。
黒点の密度が最大に高まった時、巨大な黒い丸は合図もなく弾け、黒い点が一斉に画面を覆い尽くし真っ暗な闇へと引き戻されていった。
[歌姫]
こういった映像を5つ見せるという意味だったのだろうか。次に映し出されたのは20代くらいの女性で、伏せがちな目をそわそわさせ、カメラを気にしていた。手元は見えなかったが、腕を伸ばし、何かを手にとって目に着けた。アイマスクだった。
女性が顔を上げ、何度か大げさに息を吸って吐く動作を繰り返した後、口を開いた。アルトで知らない曲を口ずさんでいた。英語と、不鮮明な音声により詳しく聞き取ることはできなかったが、『この世の全ての人類を代表して、あなたと二人歩きましょう』というフレーズが印象的だった。
歌が終わると女性がマスクをはずし、そこでまた映像が切り替わった。最後に彼女が目をこちらに向けたような気がした。
[シアター]
次に現れたのは30代くらいの女性で、壇の上で跪き持っていた紙を読み上げていた。無音だったが、彼女の声が震えているのはわかった。彼女の前のテーブルには銃が2丁置かれていた。文書を読み終えたのか、彼女は画面の右の方に視線を動かした。映ってはいないが、そこにいる誰かから指示を聞いていたのだろうか。彼女は終始、震えていた。
やがて彼女は深くうなだれ、紙をテーブルの上に置き、やや迷ってから左手の銃を取った。震えを抑えるために両手で支えていたが、それも虚しい努力のように思われた。しかし意を決したかのように銃口をこめかみに当て、引き金を一気に引いてしまった。僕は思わず「あっ」と声を漏らしたが、女性の頭は吹き飛んではいなかった。彼女は手に持っていた銃を落とし、その場に泣き崩れた。
[記号]
急に画面が明るく色鮮やかになり、まるで別の世界に迷い込んだみたいな錯覚を受けた。
砂浜に少女がたたずんでおり、波が満ち引いていく様を眺めていた。口元には微笑を湛えていて、海の色に対し朱の水着が引き立っていた。アルカイック・スマイルという最近覚えたばかりの単語が頭をよぎった。
波の音がこの世界を満たしていたが、僕の耳の奥では先程の女性の歌が呼び起こされていた。
[夢]
5つ目のシーンが映し出されたとき、僕ははっと息を呑んだ。その場所を完全に知っていたが、言葉にすることができなかった。同時にこんなものを見ている場合ではないことに気づくも、今さら目を離せなかった。
とある家の台所。青年期にさしかかろうかという少年とその母親が向き合っていた。カメラは固定されておらず、視線が少年の後姿と母親を行き来していた。誰がこの映像を撮ったのだろうか。それにしてもこの視線は実にリアルだった。少年は必死に何かを訴えていたが、母親の表情は逆光により窺い知ることはできなかった。何故か先程の海辺の少女とのイメージが重なった。少年の激しい手振りに視線がそちらに動いた。少年の顔は苦悶に歪み、やがて膝をつき、両手で顔を覆ってしまった。カメラがゆっくりと母親の方へ向けられるが、彼女はやはり動かなかった。
僕は呆然としてしまって、画面が切り替わっていることに気がつかなかった。再び最初の部屋が映し出されている。壇の上の男がカメラに一瞥をくれ、その場から離れようと身体を右に向けたところで画像が途切れてしまった。
家のどこかで、扉の開く音が聞こえる。