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PUNICA【I-miss-you】12

【Ⅰ―miss―You】



 羽田立荘の母屋はスレッジ・ハンマーが蹂躙したことによって一階部分が半壊。構造上、二階部分も倒壊する危険性があるとのこと。

 庭も通り抜けるのに苦労するほど荒らされ、まともに暮らせる環境ではない。というのが、その後の結界寮の見解であった。

 まあ、私はまだ住んでいるわけだけど。


 羽田立荘には母屋と渡り廊下で繋がった離れがあり、そこは無事だったので私は離れに自分の荷物を移した。しかも台所もなんとか使えそうということで、今にも壊れそうな建物に注意を払いつつ過ごしている。

 外は真っ白な雪景色。

 離れの窓から見える外の風景は、荒らされたまま冷えて固まった土に雪が積もったデコボコな庭や崩れた灯籠なんかが見える。

 ……スレッジとキリサメが死んだ場所なので、あまり見ることはない。

 今はただ、今年が終わるのを待っているだけ。

 来年。私は結界寮へ居を移す決意をしたのだ。

 私が住むことになる部屋がなかなか片付かないとかで、引っ越しは来年に持ち越された。明朗にも手続きを頼んであるから、すぐに転居とはいかないわね。


 私は離れの殺風景な畳部屋の中で布団を敷き、そこで寝起きをしている。

 もう荷物もまとめた。

 羽田立荘の掃除もする必要が無くなった今、こうしてストーブで温まった部屋で布団にくるまり、寝転がっているばかりだ。


 下から上へ。仰向けになった私の視線の中では白い塊が次々と移動してゆく。

 それを背景に、片手を伸ばしてみた。


「ふふ」


 薬指に――明朗から貰った指輪。

 羽田立荘を出ると宣言したあの日。

 明朗に好きだと伝えたあの日。

 彼は私にこのプレゼントをくれた。

 クリスマスプレゼントだと、言っていた。

 指輪には宝石。

 ガーネットだった。

 実は私をショッピングモールに連れ出した日にプレゼントしてくれるつもりだったらしい。だから宝石店へ行こうとしていたのか。

 指輪をもらった時、宝石について詳しくない私が、これは何という石なのだろうと思っていると、彼がガーネットだと教えてくれた。

 別名――柘榴石と。

 それを聞いた途端、おもわず笑ってしまった。

 そこまで考えてプレゼントしてくれたのかと思うと嬉しくて、そして明朗の発想に、笑ってしまったのだ。


(大事にしようっと)


 誰かにプレゼントをもらったことなかったし、無性に嬉しい。

 私はひたすら指輪の付いた手を掲げては布団の中で転がり回った。


 恋っていいじゃん。

 すごく生きるのが楽しい。


 明日は明朗、来てくれるかなあ。

 そんなこと(ほとんど明朗のこと)を考えているうちに一日が過ぎる。


 そうだ。寝てばかりではいられない。

 クリスマスは終わってしまったけれど、私はまだ明朗にプレゼントを返していないのだ。

 プレゼントを貰ったら返さなければ。このくらい知ってる。

 いそいそと着替えて、震えるほど寒い外へ出る。

 震えるほど寒いと感じながら下は短めのスカート。私はスカートが好きなのだ。ちゃんと厚手のストッキングも穿いている。

 スレッジやキリサメが発見されたきのえと区域は、結界寮の統界執行員が通常より多く配備されているそうなので安心だ。私ももう結界寮の人間とされている。

 あの不気味な服装をした超常達が、この街で味方になるというのは非常に心強く思えた。


 ま、普段は人目に付かないようにしている連中だから見掛けることは少ないけどね。


 羽田立荘の敷地を出て、林の中を歩くとどうやら雪の上に足跡を付けるのは私が初めてのようだ。当たり前か。

 そういえばこの林道でも侵入者の残骸が一人発見されたそうだ。

 死体が溶けて衣服だけだったという。多分カクテルズの戦闘員だ。

 ラスティ・ネイル。

 スレッジ・ハンマー。

 そして林道で死んだ奴。

 カクテルズが基本的に三人編成班で行動することを鑑みるに、これで死使十三魔側の侵入者は全滅したということになるか。

 純血一族側の侵入者は――キリサメが死亡し、昏黒坂霧兎も事実上死亡。

 しかし霧兎は身体を昏黒坂霧人という男に乗っ取られてしまい、そのまま姿を消した。

 何を考えているのかわからないが、奴だけはまだこの街に潜んでいる。


 昏黒坂霧人……純血一族十二家系、昏黒坂家が当主。

 当主ということは、あの織神楽響と同じ式神十二式の一角だということ。

 さらに霧人は……死使十三魔序列八位、《魔眼のアニマ》でもあると言った。

 これが真実ならばとんでもない事態だ。とんでもない事実だ。

 純血一族当主と、死使十三魔序列に、同一人物が在籍している。血族たる以上、霧人は当主という立場が真であり序列八位という立場が偽である筈。つまり死使十三魔がスパイに潜り込まれていたということだ。

 そいつが直々に(霧兎の身体を使ってだが)並折へやってきたということは――何か大きな理由がある。

 これからは元死使十三魔としてではなく結界寮として生きる以上、アレに関しては注意を払う必要がある。

 私の元死使十三魔としての情報と掛け合わせて、昏黒坂霧人の企みを暴くとまではいかなくとも大まかな予測くらいはしておいた方が良さそうだ。


 私が奴との遭遇で最も気になったことがある。

 それは、《霧人が私を誰かと勘違いして話をしていたこと》だ。

 私を見て、私の声を聞いて、その上で勘違いをした。

 あまつさえ私の《三百九十六番》という呼び方まで知っている始末。

 序列八位として死使十三魔に入り込んでいた以上、組織のほとんどを把握してしまっているだろう。

 カクテルズを知り、序列四位魔氷の番を知り、グレナデンを知るほど深く深く入り込んでいた。

 でも、私を誰かと間違えた。

 誰と間違える?

 まるで私の姿と声を持つ人間が――、


「もう……一人……」


――サク。


 ……。

 林道の途中で足を止めた。


「……」


 普通なら、自分の姿と声を持つ人間がもう一人いるなどという予想は即座に却下する。

 でも私は普通じゃない。

 天宮柘榴の生まれは普通じゃあない。

 

 PDSサイクル。

 プラン、ドゥ、シー。

 三百九十六番。

 三百九十六番目。

 三百九十六番目のグレナデン。

 それが私。

 私の前にもグレナデンは居た。

 その前も。そのまた前も。

 三百九十五番目、三百九十四番目、三百九十三番目。

 何人もグレナデンは居た。

 でも姿も声もそれぞれ異なっていた。

 でも……。

 でも………。

 髪の色だけが同じだったり、目の形だけが同じだったり、そういう一部分の《同じ》は過去のグレナデンにもあった。

 だって番姉さんは歴代のグレナデンの記録を持っていたから、私にはそれらを見る事ができた。

 私は三百九十六番。

 ならば――。


 ならば――っ!


 三百九十七番目が生み出されたって……おかしくない。

 というかそれしか考えられない。

 私と同じ姿で、同じ声で、新たなグレナデンが作られたということなら、もう一人の私が存在するという予想を却下する事ができない!

 いや予想どころか……三百九十六番が組織を抜けて行方不明になったというのなら、PDSシステムの存在理由に則り新たな任務遂行者が生み出されるのは当然じゃないのか。


「……っ」


 さ、三百九十七番目は、本当に存在しているのではないのか……?

 そしてそいつは……既に……並折へ来ているのではないか……?

 それを知っていた霧人は、まさか、私を三百九十七番と間違えて……。


「そ、そういうことなの……?」


 だったら。

 だったらあの時。

 霧人は……私を見て……。



――『おう、なんだお前かよ。三百九十六番は始末できたのか?』



 三百九十六番は始末できたのか?

 三百九十六番は始末できたのか?

 三百九十六番は始末できたのか?


 奴は……三百九十七番に向かって、三百九十六番は始末できたのか、と訊いたつもりだった。

 ということはつまりようするに。


 三百九十七番は私が並折に居ることを知っていて、

 三百九十七番は私を殺すつもりでいる。


「三人じゃあない……」


 カクテルズの侵入者は三人じゃあない。


「もう一人……」


 私が林道の途中で足を止めたのは、思考に集中しすぎたからというだけではない。

 私だけが歩く道で、途中から、足音がもう一つ増えたことに気付いたからだ。


「侵入者は、四人だった……」


 きのえと駅方面へ向けていた身体を反転。

 私は自分の歩いてきた道を振り返る。


「………」


 歩いてきた道には、二人分の足跡。


「……………」


 道に鏡が立っているのかと思った。


「…………………」


 私のすぐ目の前に、

 そう。

 私が居た。




「初めましてそして死ね。天宮柘榴」

  ◆  ◆



【Ⅰ-miss-you】



――三百九十六番目の私は臆病さん。ゆっくりそっと冷静に。

――三百九十七番目の私は狡猾さん。するりと駆けて冷酷に。


――どれだけ時間を掛けてもいい。あちらこちらに恐れを抱いて。

――判断素早く落ち着いて。あちらこちらの把握に努めて。


――自分の安全最優先。だって死んだら悔しいから。

――完全無欠の最優秀。だってそれが理だから。


――やっぱりみんなを信頼しきって。やっぱりあっさりすくわれて。

――そしてみんなを信頼させて。あっさり足元切り捨てて。


――なんの成果も挙げられないまま。

――遂に成果を挙げられるのか。


――次の私に襲われました。

――あとは私の運次第。



  ◆  ◆



 ……初めまして。

 ……そして死ね。


 天宮柘榴。


 私の姿をした私ではない彼女は、私と視線を合わせるなりそう口にした。

 森を貫く一本道。

 そのちょうど中腹。

 誰も通ることのない、雪の積もったこの場所で。

 ついに私――三百九十六番は捕捉された。

 私の次の私――三百九十七番に。


 髪型と服装が違うだけで、他は何もかも私と同じというのは、なかなか不気味なものだ。

 放った言葉まで私の声だった。


「……あたしを追ってきたのはやっぱり番姉さんの命令?」


 訊くと、相手は首を横に振った。


「あたしの独断だ。あんたはあたしの事を知らなかったでしょう? 三百九十六番、ザクロ・グレナデン」

「まあね。でもあたしが脱走した以上、次のグレナデン――三百九十七番が作られることは容易に予想できた」

「……脱走してから、あたしが作られただと?」

「違うの?」

「……違うね。だがどう違うのかをいちいちあんたに説明する必要はない。何故ならあたしがあんたを殺して、グレナデンは《一つになる》からね」

「PDSシステム……」

「あら。無知な三百九十六番の癖に、それを知っていたのは意外ね」


 殺すと言われて相手の間合いに入るほど私も馬鹿ではないので、一応後ずさりして距離を保つ。見たところ武器は手にしていないが。用心するに越したことはない。

 グレナデンは一つになる、か。

 ようやく彼女の動機がわかった。


「脱走者の始末でもなく、捕獲でもなく、ただ単純に、あんたがあたしの存在を疎ましく、そして羨ましく思ったから、この並折へやって来たというわけね」

「羨ましくぅ?」


 彼女は眉を寄せて、片眉を捻じるように上げて、私の見たこともない表情を見せた。


「あたしがどうしてあんたを羨ましく思わなきゃいけないのよ。ただあたしが生きる上であんたが邪魔だから消しに来た。ただそれだけなのに」

「でもあたしを殺せばあんたはあたしと一つになる」

「記憶だけ、ね。そして手に入れた記憶で並折に《天宮柘榴として》入れ替わり、あんたの全てを奪い取ってやる。あんたの居場所も、大切な人も、物も、未来も、全部! これは羨ましいからじゃない。あたしの、あんたへの復讐の意味もある」


 そう言って彼女は懐から――折り畳みナイフを取り出した。

 鎖黒だ。


「あんたさぁ、コレ、無くしたでしょ」


 ひらひらと振って口元を歪ませる。


「図星でしょ。だってあんたを尾けてた時にわかっちゃったもの。あたしと同じあんたが、きのえと駅で歩きながらしきりに泳がしていたあの目線。あの必死さ。他の奴なら気付かなくても、あたしならわかる」

「そう。それで?」

「あんたはグレナデン三百九十七人の中で、一番間抜けで役立たずってことよ」


 使い慣れた手捌きでナイフを弄び、それは過去弄ぶ物がそれしか無かった手捌きにも見え、折り畳んだまま滅多に刃先を出さなかった私とはそれだけで大きく違うと認識した。

 ……この三百九十七番を初めて見た時。否、この女の存在を意識し始めた時から。なにやらモヤモヤとした感情が私の中で芽生えていたのだが。それが何なのか、今、私と違う彼女の明らかな証明を見たことで理解した。

 不快感だ。

 私とまったく同じ人間がこの世に存在している。しかもそいつは私と多少なりとも異なった人生を歩んでいる。私の人生は私だけのものなのに。でも私と彼女の違いを証明するには、あまりにも《同じすぎている》。まったく同じ私でも、魂は他人。それはなんだか私という存在が他人に付け入られているようで、ひどく不快なのだ。不安なのだ。

 それに気付けば確かに。三百九十七番が私を殺したい気持ちもわかる。

 それは相手も同じなのだから。私より先に存在を知っていた彼女は憎らしくて仕方なかっただろう。

 まあ彼女は己の人生が不満なのか知らないが、私の人生を奪い取ろうとしているみたいだ。

 そうこう考えているうちに――彼女はナイフを逆手に握っていた。


 私と同じ見た目なのだからと、私自身が踏み込めなさそうな具合に間合いを保っていたのだが。

 彼女は予想以上に素早かった。


 カクテルズの体力測定では測定不要と言われたくらい常人並の身体能力である私。短距離走も長距離走も、一般人に負けかねない自信がある。

 そんな私と同じ彼女だからと(決して認めたわけでは……いや、認めたのかこれは?)推測して保っていた間合い。

 それは足りなかった。

 つまり彼女は私より遥かに優れた身体能力を有していた。


 こういう、自分の予想が外れた時というのはかなり危険だ。

 対応という意識の前に動揺が入り込んでしまうから二重に行動が遅れる。

 私が彼女の突進を受けて押し倒されるのは当然であり、文字通りあっという間。というか『あっ』と言う暇も無かった。

 幸いだったのは足場が雪の上だったこと。

 ナイフで一撃必殺するには足が滑るかもしれないと思ったのだろう。だからまずは組み伏せたのだ。それでも馬乗りになられた以上、状況は不利。

 そのまま刺されるわけにはいかないのでナイフを持つ彼女の腕を掴む。


「死ね! 死ね!」


 彼女は息を荒立てて力任せにナイフを降ろそうとする。

 馬乗りになられた場合の対処法は、知らない。駄目じゃん私。


(ん……?)


 とにかく突き放せばいいわけだから、単純に彼女の腹を両脚で蹴った。

 彼女の馬乗りも、多分、上手な馬乗りではなかったのだろう。簡単に彼女は尻もちをついた。しかもあっさりと武器の鎖黒を落っことして。


 お互い、やっぱり無能なのだ。


 冷たい地面に尻を付けたそっくりな女が二人。どちらも超常の世界に生きながら、どちらも超常とは程遠い戦闘能力。

 そうなると武器の有無は重要な勝敗要素となるわけで。当然鎖黒を拾わせるわけにはいかない私の方が今度は先手を打って相手に飛びかかる。

 無能と無能。

 そんな二人が再びぶつかり合う。

 それはつまり――ただの取っ組み合いにすぎない。


「この……無能!」と、相手は私を罵りつつ飛びかかった私の顔を両手で抑え、

「あんたにだけは言われたくない……!」と、私は相手のツインテールの片方を引っ掴んで頬に掌を押しつける。

 まさに泥試合。だけど互いに命が掛かった泥死合。

 意識はどちらも鎖黒に向けられている。

 あれを取ったら一気に優勢。


 私にとって、この三百九十七番との遭遇、そして戦闘は避けられないものだと覚悟していた。むしろこいつの存在と邂逅は、実のところ僥倖とすら思っている。

 何故ならば――鎖黒。

 私が失った大切な物を、わざわざ持ってきてくれた。

 三百九十七番が私を殺して私の記憶と並折での居場所を奪い取るつもりなのと同じように、この戦いで私が彼女を殺せば、私が三百九十七番の記憶と鎖黒を奪い取る事ができる。

 だから私は、彼女のグレナデンが一つになるという考えには大賛成だ。


「あんたが気に入らない!」

「あんたは要らない!」

「あんたを殺す!」

「あんたから奪う!」

「あんたとあたしは――」

「あたしとあんたは――」

「ここで唯一のグレナデンとなる!」

「ここで唯一のグレナデンとなる!」


 力は互角とはいかない。

 どうやら相手の方が強い。

 鍛えてある。


「退けぇ!」


 覆い被さっていた私を跳ね除け、今度は相手が覆い被さってきた。


「ふん。あんたはあたしより非力よねぇザクロ。ハッ! ザクロ? 何勝手に名前なんて付けてんのよ」

 肩で息をしていた彼女は、呼吸を整えるように大きく息を吐いて私の顔を殴る。

 無能のパンチでもやっぱり痛い。


「天宮柘榴。その名前だけは要らないわ。あんたを殺しても絶対に名乗ってやらない。あんたがそんな名前を名乗るから、あたしはサクナなんて名前を貰う羽目になった」

「サクナ……」

「こんな名前も要らない。この世界で生きるにはコードネームだけで十分。ましてこんな街ではコードネームすら隠すべき。有名でもない限り誰もがそうする。つまり、この街では名乗らなくてもなんら不自然ではないわけよ」

「確かにそうね。グレナデンなんて、名乗ったって碌な事がない」

「あんたの同意なんか求めてないっつーの」


 そう言ってサクナはもう一発私を殴った。


「知ってる? あたしら氷製人間って、死んだら溶けてなくなるのよ」

「……当然。ラスティ・ネイルもスレッジ・ハンマーも、番姉さんの氷魂が無くなったことで肉体が溶けた」

「あいつらは氷魂の無駄遣い。XYZに拾われなきゃカクテルズでも居場所が無かったような失敗作だもの」

「三人目はあのXYZだった……? 彼が来ていたの?」

「まあ、死んだけどね」

「その三人はあんたが連れてきたのね」

「護衛にも攪乱にも囮にも使えそうだったから。さすがにXYZがやられたのには驚いたけど、この街ならそれも有り得るか。納得の範囲内ね。とにかく――」


 背中に溶けた雪が染みこんできて冷たい。


「――あんたを殺して身に付けてる物を全部剥ぎ取って、素っ裸で放置するけど。溶けて無くなるから安心よね」


 サクナは着ているジャケットの中に片手を突っ込む。何かを取り出すつもりだろうか。

 それにしても私はサクナという存在についてあまりにも知らない。

 大体、彼女は私が脱走してから作られたわけではなさそうだというのが最初の疑問だ。そりゃあ私も三百九十五番が居なくなる前に作られた記憶があるけど、あの時は幼かった。

 つまり少なくとも成長度合いに差がある筈なのだ。

 でもサクナは私と全く同じ。

 それって、私が生まれると同時に彼女も作られたってことでしょ。

 前代未聞よ。三百九十六番と三百九十七番が一緒に作られるなんて。

 もしこれが真実なら、私が番姉さんの侍女として仕えている間、サクナはどこに居たの?

 一緒に作ったのなら侍女二人でも良かったじゃないの。

 ……なんとなく、サクナの憎悪の理由がわかった。

 もう一つ。謎がある。

 どうして私とサクナは、瓜二つなのか。

 この理由をサクナは知っているのだろうか。

 まあ、考えたって仕方ない。

 サクナの記憶が手に入ればわかるかもしれないことだ。


(そろそろ終わらせるか)


 またもや仰向けで馬乗りされている私は、数十秒の思考を終えても尚行動を起こさないサクナの顔を見上げた。


「あ、あれ……?」

 彼女の口から動揺と困惑の声が漏れている。

 ごそごそとジャケットの中をまだ手で漁り続けている。


「探し物はこれ?」


 私はスカートの下から《それ》を取り出す。

 取り出すだけではなく、その《銃口》をサクナの顔へ向けた。


「なっ! なんであんたが!」


 銃。

 これは最初、私がサクナに組み伏せられた時に、なんだか固い物がぶつかる感覚がして彼女のジャケットの中から引き抜いておいた物だ。

 その後気付かれないようにスカートの中……の……まあ、うん……。

 うん……。

 パンツに挟んでたのよ! 超冷たかったんだから!

とにかく。

そこに隠しておいたのだ。


「あたしって、手癖悪かったみたい」

「ぐ……」

「まあ、懐に銃くらい隠し持って来ているんじゃないかとは思っていたけど。まさか本当に持っていたとは」

「――っ?」

「なによその顔。まるで《他のグレナデンと違って自分の身を守るために護身銃を携帯しようと考えたのは自分だけな筈なのに》とでも言いたそうね。顔に書いてあるわ。書いてあげる」


――頬を引っ叩いてやった。


「そんなことあたしだって考えたわよ。でも銃なんかでこの街に蔓延る超人共に対抗できるわけないでしょ。あんたが銃を持ってきた理由は実のところ対天宮柘榴用というのが九割でしょうよ。そりゃもう一人グレナデンが居てそいつを始末する目的があれば携帯するけどさ。そんなグレナデンは過去に一人も居ないわけ」


 そのままサクナの困惑を増大させてやろうと、もう一つ息を吸ったのだが。


「返しやがれ!」


 銃撃訓練を受けていないことも互いに承知しているからなのか。サクナは真正面から飛びかかってきたのだ。

 やっぱり泥仕合。


「死ね……死ねっ」


 でもまあ、撃ち方は互いに知っているから。


「あたしがグレナデンだ! あたしだけが!」

「黙れ! 死ぬのはあんただ!」


 安全ロックの有無なんて気にもしていなかった。

 ようするに引き金を引けば発砲するようになっていた。


「あたしは生きたい! もっと生きていたい!」


 私達は相手の上になり下になり、転がりながら道を外れ、木々生い茂る雪の中へ。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 今はただ。

 たった一丁の拳銃を巡って相手の髪を毟り、眼球を狙って指を突き、服を破き、腕に噛み付き、憎悪を吐き出す。


「あんたより一秒でも長く!」

「あんたより一瞬でも長く!」

「だから一秒でも早く死ね!」

「あたしより一瞬でも早く死ね!」

――ガァン!

「あ――」

「え――」


 雪が赤く染まった。


「……?」


 何が起きたのか。

 私とサクナは視線を絡ませた。



 銃声が――たぶん、聞こえた。

 揉み合ううちに暴発したのだ。




  ◆  ◆  ◆





「あたしの……勝ちだ」





 倒れた少女と、見下ろす少女。


 同じ二人の争いなど、勝敗など、誰も興味を示さない。

 どちらが勝とうが、どちらが生き残ろうが、誰にとっても変わりなきこと。そう、世界にとっても。

 一つの銃声に包まれし林道。

 一つの銃弾に胸を貫かれし運の悪い敗者が一人。


 何も変わりはしない。


 ただ、この結果を祝福したのか、並折という街は天高く笑い声をあげる少女に不思議な喝采を浴びせた。

 この瞬間、きのえと、ひのえと、かのえと、つちのえとの隅々までやたらと強い風が吹いたのだ。


 風に乗ってグレナデンの足元に木の実が二つ。

 片方だけを――彼女は踏み潰したのだった。





  ◆  ◆  ◆




   前編・羽田立荘【PUNICA】――了


   後編・結界寮 【GARDENIA】へ続く


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