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PUNICA【I-miss-you】5

  ◆  ◆  ◆




「冗談じゃないわよ!」


 羽田立荘のロビーに自分の怒声がこだまする。

 怒りで拳がうずき、卓袱台に叩きつけた。

 隣で腕を組んでいる明朗は、私と同じく座ったまま、ぎろりと正面を見据えている。


「守野三桜の紹介? あたしに話を通して羽田立荘に住まわせてもらえですって?」


 正面に座った少女――昏黒坂霧兎(むう)は、私の怒声にいちいち怯える反応を見せながら頷いた。

 彼女の背後には、ついさっき少年の腹を切り裂いた男が石柱のように佇んでいる。

 ショッピングモールで騒ぎを起こしたこの男と少女は知り合いで、共に並折へやってきたのだという。しかも、あの守野三桜と一緒に、だ。

 混乱する明朗を引っ張りながらこの羽田立荘まで大急ぎで逃げてくる途中、少女はそう話していた。

 あんたはいいわよ。足が不自由だか知らないけど、キリサメとかいう相棒の男に背負われて一方的に話ができたんだから。

 こっちは必死で走っていて訊き返す余裕もなかったっつーの。


「君達、何者?」

 静かに明朗が問う。

「純血一族、昏黒坂家の者です」

 馬鹿なガキは正直に答えた。


「……純血一族だって?」


 明朗はポケットの携帯端末に手を伸ばした。

 当たり前だ。明朗は結界寮の住人。目の前に純血一族と名乗る人間が居たら、すぐに連絡するに決まっている。

 この街では結界寮という勢力に所属していない連中や、結界寮が把握していない連中は、すべて侵入者として認識される。

 まあ三桜の知人だったら純血一族の関係者だろうと私は予想できたけど。明朗は三桜のこと知らないから。


「……あの、どちらへ連絡を?」

「べつに――って、あ!」


 不安げな表情で明朗の顔色を窺う霧兎の、さらに奥から、

――ビュッ。

 銀色の切っ先が伸びてきた。キリサメの刀だ。

 明朗の手に握られた携帯端末を貫いてしまう。


「僕の……携帯……」


 明朗の携帯は、モリで突かれた魚よろしく持ち上げられた。

 キリサメは使い物にならなくなった端末を後方へ捨てる。

 この男、喋れないのか? ずっと無言だ。

 片手で持った刀を納めず、また切っ先を明朗に向けた。

 しかしキリサメが何を言いたいのか、明朗の首元に刃を突きつけられるのを見て理解する事ができた。


 脅迫だ。


 羽田立荘は私と明朗が取り仕切っているものの、目の前の二人に人道的な話し合いとか、そういうものが通用するわけはなく。

 ようするに私も明朗も、キリサメに殺される寸前だということ。

――お前達の許可などこちらは必要としない。というメッセージ。

 優位性はあちらにある。私も明朗も無力なのだから。

 三桜から与えられた潜伏場所が見つけられた時点で、私達は用済みなのだ。

 自分達の素性をあっさり明かしたのは、そういうことか。

 明朗も黙らざるを得ず、ロビーは静まり返った。

 そして霧兎が喉を鳴らし、また喋りはじめる。


「……私達は目的を持って並折へ来ました。キリサメさんはこういう方ですが、私はあまり人を殺めたくありません。ですから、どうか私達に協力してください」


 死ぬか、協力するか。

 なによこの選択肢。

 無言は協力することに同意したと捉えたのだろう。霧兎は頭を下げ、キリサメは刀を引っ込めた。


「……天宮柘榴さん。それから……」

「伊佐乃明朗」


 隣で不満げに自己紹介する明朗。

 おそらく結界寮に戻っても、私の身の安全を意識して彼は昏黒坂の二人のことを秘密にする。彼はそういう男だ。


「伊佐乃さん。まず、訊きたいことが――」

「その前にあたしから質問」

「はい、柘榴さん」

「三桜はどこよ」


 一緒に並折に来たと言っていたのに、あいつの姿がない。

 まあこの場に居たら一発殴らせてもらってるけど。


「ああ、三桜さんは……別行動です」

「別行動?」

「はい。柘榴さんには『よろしく』と言っていました」


 よろしくじゃねーよ。


「では私の質問に戻ります。伊佐乃さん、あなたの所属する勢力は結界寮で相違ありませんね?」


 三桜の情報か。おそらく結界効果についても、この二人は知っている。

 明朗は首肯した。


「結界寮は優れた感知システムによって、侵入者をすぐに捕捉すると伺っています。この建物は感知されますか?」

「されるよ。でもこの羽田立荘は結界寮の管理下にある。だから感知しても組織の誰かだと認識される」

「ありがとうございます。では先程、キリサメさんが殺した少年。彼を御存知ですか?」

「あれは結界寮の住人じゃないね。君達と同じ侵入者だろう」

「そうですか」


 何故か霧兎は、あの少年が私を知っていて襲ってきた旨を口にしなかった。

 こちらとしては冷や冷やしていたので安心したのだけど。

 明朗も明朗で、随分と協力的だ。なんで?


「結界寮という組織の構成員は何人ですか?」

「あー。それはちょっと、言えないというか、わかんないというか」

「わからない? そうですか。では、伊佐乃さんが知っている構成員の中に、元死使十三魔の人間は居ますか?」

「元死使十三魔? うーん、僕の知る限りでは居ないと思うけど……居るかもしれないね。結界寮に入る前のことは隠す人が多いから」


 そこまで質問して、霧兎は背後のキリサメの方を振り返った。


「標的が結界寮の構成員として潜伏している可能性は大いにありますね」

「……」

「伊佐乃さんには結界寮へ戻って頂き、情報を集めてもらいましょう」

「……」


 無言貫徹。

 灰髪の石柱はまた刀を明朗に突きつけ、玄関の方へ切っ先を動かした。

 霧兎の言う通りにしろということなのだろう。

 無論、もし羽田立荘に侵入者がいると喋れば、キリサメが私を殺す。切っ先が私の首元に来て明朗もそれを悟った。


「で、僕はどんな情報を集めればいいの?」

「今年の六月頃。きのえと駅で電車内惨殺事件がありましたよね。その犯人は捕まっていない筈です」

「どうしてわかるのさ」

「三桜さんから頂いた現場の情報を聞けば、昏黒坂なら誰もがそう思いますよ」


 よくわからないことを言う。

 明朗も首を傾げている。


「その時期に、結界寮の構成員となった人物が居るかどうか調べて下さい。人物が特定できれば、加えてその者が今どこに居るのかも」

「君達の目的は、一個人を殺すこと? そして標的は、六月に車両内惨殺事件を起こした犯人なのか?」

「そういうことです」


 たしかにあの事件は犯人が捕まっていない。結界寮の管理人二人が追ったのに、その後どうなったかは明朗ですら知らされていない。

 純血一族、昏黒坂家。

 私はこの家系をよく知らないが、現場の情報だけで判断できるほど《よく知っている奴》なのだろうか。

 八号車両惨殺事件。

 私が鎖黒を盗まれたのもあの日だから、ずっと気にしていた。

 以後、いくら駅を探しても見つからない。

 刃物だから結界寮に感知されている筈なんだけど……。

 もし、昏黒坂の二人が追っている犯人と、私の鎖黒を盗んだ犯人が、同一人物だとしたら。そんな予想を立てていた。

 感知されても認識されない環境――つまり結界寮の構成員になっているとしたら。

 私とこいつらの標的は重なる。

 これだけ探しても無いんだから、結界寮の中にあるような気はしていたが。

 こいつらを利用すれば、それがわかる。


「ちょっとクロちゃんと話させて」


 結界寮へ帰ろうと立ち上がった明朗が言った。

 クロちゃんというのが私を指していることに最初は気付かないようだったが、すぐに理解して霧兎は頷く。

 私は見送りも兼ねて明朗と二人だけで玄関の外に出た。

 結界寮の住人としては侵入者に協力することは不快だろうが、彼は存外そうでもなさそうで私は虚をつかれた。


「明朗、結界寮に戻ったらさりげなく統界執行員をここに派遣するつもり?」

「いや、逆だよ。派遣させないようにする。そうしないと変に勘繰られてクロちゃんが危ない」

「さっき与えた情報は真実?」

「うん。下手に嘘を吐くと後々ばれた時が厄介だ」

「じゃあこのまま、昏黒坂から来たっていうあいつらの好きにさせるの?」

「昏黒坂霧兎の言っていることが真実かはわからないし、信用もしていないけど。今のところ結界寮を滅ぼすことに繋がる意思は見受けられない。ただの個人を狙って来たということなら、クロちゃんを人質に取られる以上泳がせておいた方が無難だよ」


 その狙っている奴は、六月の事件の犯人。

 結界寮に潜伏しているなら、そいつを引きずり出す行為を結界寮としては否定する理由が無いか。組織の為にもなる。


「まずはあの娘の話通り調べてみる。事実なら引き渡したって構わない。それから処理を考えるよ」

「犯人を殺したらあいつら引き揚げるかもしれないわね。あたしが解放されたらその時に処理すればいいわけか」

「スムーズに事が運べばだけど。ショッピングモールで見たあの少年のこともある。あちらも調べてみるよ。もしもクロちゃんの身が危険になったら、なんとかきのえと駅まで逃げて」

「わかった。もしもの時はなんとかする」

「普段はひのえと担当だけど、カザラさんが死んでからはきのえと駅に駐在している統界執行員が居る。名前はアリス・エイリアス。彼女に助けを求めて保護してもらって」

「アリス・エイリアス……」

「僕もなるべく頻繁に羽田立荘に通いたいところだけど……細目に情報収集の進捗報告をして昏黒坂に行動の選択肢を与えたくない」

「そうね、こちらも二人がどんな性格なのか、これから把握するつもり」

「くれぐれも気を付けて」


 互いに神妙な面持ちで頷く。

 直後、私の緊張をほぐそうと思ってくれたのか。笑顔で私の両手を握ってくれた。

 それから身体を引き寄せて、抱き締めてくれた。


「明朗……」

「大丈夫だからね。僕を信じて。絶対に君を守るから」


 私も彼の背に腕を回し、大丈夫だと二回叩いた。




  ◇  ◇




 少女にしてはやけに饒舌で、不自然なほど毅然としているとは思ったが。

 やはり昏黒坂霧兎は、そういう娘ではなかった。

 私が明朗を見送ってロビーに戻った時、霧兎は、男に抱きついていた。

 なんだかつい今しがたの自分を見ているようで恥ずかしくなり、陰に隠れて様子を窺っていた。


「あ、あの。霧兎は、じょうずに言えましたよね……キリサメさん」

「……」

「怖かったです……」

「……」


 キリサメは霧兎の頭を撫でたり声を掛けることすらせず、ただ棒立ちのまま、サングラスの下でじとりと少女の頭を見下ろすだけだった。

 私が隠れていることに気付いたキリサメが、こちらへ鋭い視線を送ってきたので、何故か咳払いなんかをしながらロビーに入った。一応、こう、空気は読めますよというアピールね。


「……あ」


 私に気付くと慌ててキリサメから離れ、しかし彼のコートの端は握ったままという。

 しかもちょっとベソかいてるし。

 なにこの子、可愛いんだけど。


「交渉――というか脅迫は計画通りってわけね」


 ねぶるように言ってやると、霧兎はうろたえるだけだった。アドリブ能力はゼロらしい。極度の人見知りだろうか。

 もう片方はひたすら無言だし。何かの罰ゲームか。

 これではコミュニケーション能力に問題がある二人と同じ空間に居る私の方が罰ゲームを受けているみたいじゃないの。


「で、三桜は?」

「……え」

「三桜はどうしたの」

「で、ですから……」

「一緒じゃないってのはわかったわよ。『よろしく』も聞いた。で、あいつは今何処で何をしてるのか、詳しく教えなさいよ」


 詳しくも何も、と精一杯の抵抗らしき文句を口にしてから、霧兎は私の納得を得るために話した。

 自分がどこから来て、どのような理由と経緯と目的で来たのか。

 昏黒坂霧兎という純血一族にして能力を持たない突然変異が、生まれてから一度も自由を与えられず、つい先日守野三桜と出会って初めて外へ出たということ。

 目的の人物については濁されたが、昏黒坂家の当主からは『任務を達成した後、昏黒坂霧兎から昏黒坂の家名を剥奪し、追放する』と言われていること。

 霧兎もキリサメも、実のところ昏黒坂家から疎まれる存在であること。

 霧兎自身は、家名剥奪を望んでおり、自由の身となる為に任務を達成しなければならないということ。

 並折へ来るために、入り方を知っている守野三桜の協力を得て三人で街までやってきたということ。

 三桜はきのえと駅で二人と別れ、独自行動をしているのか並折から出て行ったのか、以後音信不通だからわからないということ。

 羽田立荘から出てきた私と明朗を目撃し、ずっと尾行していたこと。

 ショッピングモールでキリサメが妙な視線を感じて確認に行ったところ、あの少年と交戦したということ。少年が肉体に改造を施され、自らを《ラスティ・ネイル》と名乗ったこと。

 そして――現在、私の霧兎に対する態度がとても怖くて、逃げ出したい気持ちだということまで。

 誰かと会話する機会なんてこれまでに殆どなかった少女が、時間を掛けて教えてくれた。


「……あとは、なにか」

「いや、もういいわ。ありがとう」


 話し疲れ、そして何より歩き疲れているのだろう。霧兎の表情にはっきりと出ていた。

 キリサメはそんな少女を後ろからじっと見下ろすだけで、彼の鉄面皮から情報の真偽を探ることはできそうにないが、大方真実だろう。

 三桜は――この街に居るのか?

 結界寮の人間じゃないのに、そう易々と頻繁に出入りができるとは思えない。

 今も並折に居るなら、どうして顔を出さないのか。私が一人で羽田立荘に居ることくらい知っているだろうに。すぐに戻って来いと言っておいたのに。

 三桜にも三桜の事情がある。あいつは、間を空けてまた羽田立荘の世話になると言ってた。まあ、並折に再来したんだ。ここに現れるのも時間の問題だと思うことにしよう。


「お礼に、あたしからも情報をあげる」


 そう言ったのに霧兎は疲れに負けて反応すら示さない。

 意外にも後ろのキリサメがギロ、とこちらに視線を送ってきたので、彼が聞くということだろう。

 私もキリサメに視線を固定した。


「あんたが殺した少年。ラスティ・ネイルは死使十三魔序列四位直下部隊、カクテルズの構成員よ。彼を含む三人編成隊は高い任務達成率を誇る。彼自身も同様。性格は幼稚、好戦的、自己中心的、気分屋。任務中の主な役割は任務地の下見……だけどそこらへんは不明瞭ね。彼が仕事をする姿ってあまり知られてなかったから。

 能力は確認できるだけでは外見に反した怪力くらいしか。あとは好んで釘を武器に用いる。まあ、殺しちゃったからこんな情報はもう要らないけど。問題は仲間の有無よね。

 断言するけど、奴の他に二人。並折に侵入している。ラスティは単独任務なんてまずやらないから。カクテルズ三人組がどんな目的でやってきたのかは……不明だけど、連中が死使十三魔の人間だとするとあんた達の敵であり、交戦は避けられないでしょうね。

 そのうちの一人はあたしも知っている。コードネーム《スレッジ・ハンマー》。名前の通り馬鹿でかいハンマーを武器にする女よ。もちろん性別で油断するなんてことはないでしょ。勿論そいつも怪力。常にラスティ・ネイルと組んで任務を行っているから間違いないわ。三人組の中でもスレッジだけでほとんどの任務を遂行してしまう実力者。

 スレッジのハンマーは当然見た目通りの威力を誇るから要注意。ただ、彼女のハンマーは過去に何度も破壊されている。つまりハンマーだけが武器じゃないってこと。ここ重要ね。隠し持った能力は必殺だから、その正体は掴めていない。ただあたしは――顎の力が異常に発達していると予想する。噛み付きね。まあカクテルズは呪詛能力者集団じゃないから、あんた達にとっては取るに足らない雑魚なのかもしれないけど、油断は禁物。

 で、最後の一人については全く知らない。以上」


 キリサメは相槌も打たずにらめっこの状態だったから、一方的に話した。たぶん全部聞いていたと思う。話し終わったら視線を外したから。

 彼はどうして私がこんなに詳しいのか問わなかった。まあ、ショッピングモールでラスティに思いっきり名前を叫ばれたし。私がカクテルズと関わりのある人間だと気付いているのだろう。明朗が気付いたかはわかんない。愛らしいほどに鈍感だから。

 だから敢えて情報を与えた。これで少なくとも私がカクテルズ三人組の仲間ではないことくらい悟ってもらえた筈。そう願いたい。

 ……リアクションって大事だと改めて思った。


「……」


 キリサメは突然霧兎の後ろ襟を掴むと、小柄な体躯を勢いよく引き上げた。

 人間を扱う仕草じゃない。まるで鞄を持ち上げるように。


「ちょっと! 乱暴すぎるでしょ!」


 急に首を絞められて立たされた霧兎は、驚いているのか目を足元に向け、呆然と後ろ襟を掴まれたままだ。

 キリサメは私の言葉に何の反応も示さず、なかなか足に力の入れない霧兎を掴んだまま歩き始めた。


「なにやってんのよ! 霧兎が苦しそうじゃないの!」

「……」

「何か言いなさいよ!」

「……」


 霧兎の呻く声と、私の怒声。それから、キリサメの武器がガシャガシャと擦れる音。

 まるで会話なんてなかった。

 ロビーから出ていく。どこでもいいから部屋を探すつもりか。

 霧兎を引きずり回すのを黙って見ているわけにもいかず、彼らの使える部屋へ案内した。

 三桜の使っていた部屋しか布団やら日用品が揃っていなかったので、そこだ。私の部屋の向かい側。

 部屋に入ったキリサメは、片手に霧兎を掴んでもう片方の手で押入れの戸をズバンと開く。こいつ力の調整できないのかよ。

 そこから布団を引っ張り出して床に落とし、私がそれを整えた。

 布団の上に霧兎を放ったので、また私がその上に布団を掛けた。

 で、霧兎を残して無言で部屋を出ていく灰髪。

 霧兎はというと、もう寝息を立てていた。長旅に疲れたらしい。

 なんだか私がこの場に居ない人間のような錯覚に襲われて、呆然と突っ立っていると、またキリサメが戻ってきた。

 今度は霧兎の持っていたキャリーバッグと杖を両手に持っている。それを部屋の隅に置き、なんだか汚らしい畳まれた紙を枕元に置き、また出て行った。

 キリサメは霧兎の世話係? いや、あの態度はそういう立場じゃなさそうだ。二人の関係がよくわからない。


「……これ、なんだろう」


 枕元の、古びた紙。

 そういえばロビーで話した時も、霧兎はこれを握っていたような気がする。

 色褪せて、四隅が破れて、少し血も滲んでいる。

 そっと手に取って、開いてみた。


(……)


 手紙なのだろうか。

 それとも何かの詩?

 書き手の名前は記されていない。


――たくさんの辛いことがあります。

――でもそれが人生です。

――生きていれば辛い分だけ必ず幸せは訪れます。

――それが人生です。


――信じて生きていれば、また会える。

――自分に負けるな。

――一緒に頑張ろう、霧兎。


 霧兎に宛てられた手紙……かな。

 勝手に読んで、悪いことしちゃったな。


 一緒に頑張ろう……か。

 霧兎はずっと独りで軟禁されていたというのに。

 誰が宛てたかは知らないが、無責任なことだ。


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