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逢魔――私の愛しい雪の子です


「そう、アイスキャンディが好きになったのは、柘榴が似ていたからね。

 冷やしておかなければ形を留めておけず、温かい舌で舐めたいと思いつつもひとたび舐めはじめると止められない。甘い味を楽しみながら、しかし訪れる味の終わりを意識せざるを得ない。

 冷やし続ければ氷菓子それ自体の形は留めておける。だから私は美しい外見だけを愉しみ、味だけは我慢していた」


 ぺろ、と自分の指をひと舐めして見せた雪女。

 思い出から生じた恍惚の吐息が、指先に白い灯火のように浮かび、消えた。


「私が眠りにつく前――まだ三百九十五番が私の世話をしてくれていた時。

 彼女の傍らには、まだ幼い柘榴が居た。珍しかったわ。自分で、自分に名前を付ける子なんて初めてだったもの。

 なにもかもが今までにない初めてのことばかりで、あの子こそ、氷製人間の集大成だと思った」


「しかし無能だった」


 暗闇のどこからか聞こえてきた言葉に、(ツガイ)は頷く。

 頷いた様子は相手に見えていないだろうし、相手がどんな顔で話を聞いているのかも見えない。

 ただ番は相手を知り尽くしていたし、相手が番の言葉一つ一つにどのような反応を示すのかも弁えていた。


「無能。能力を持たない子だから無能。ただ、今はその無能ゆえに大いなる波に揉まれつつも生きていられるのでしょう」

「極めて有能か、もしくは無能。その二極でなければ生きていられないというのが、番様の見解ですか」

「そうね。あの子はどんな味のアイスキャンディなのかわからない。いいえ、むしろ味のない澄んだ氷そのもの。味の見える氷菓子は誰もが舐めたがる。しかし柘榴は、見ている方が幸せな氷だもの。そう感じるのは決して私だけではない。誰もが本能的にあの子を好むと思うわ」

「……あまりに無能ゆえに警戒心を本能から除外させる。まるで一種の能力ですね」

「唯一の欠点は、その柘榴という氷菓子が死使十三魔製だということ。このブランド名は警戒心を呼ぶ。しかしあの子は極力それを明かさないようになっている」

「PDSサイクル……過去の犠牲を糧に、より完璧な遂行者を生みだすシステム」

「その呼び方はあまり好きではないわ」


 室内温度は摂氏四度。

 番は片掌に空気中の水分を集めて結晶の渦を作る。

 手の中で氷晶の流れは輪を描き、たった一本の蝋燭に照らされたそれはさながらイルミネーションのように輝いた。


「PDSサイクルとは、つまるところ不完全な輪廻。しかし回数を重ねることで一個人を確実に完璧に近づかせることが可能。それを活かすことのできる応変さが求められるけど、天宮柘榴はできる。無能力であっても、呪詛能力者より優位に立てる場面が、状況次第では多くなる」

「状況次第とは、呪詛弱効果結界及び感知結界のある状況ということですか」

「直球ね。その通りよ。有効な二極とは即ち《無能力(ナッシング)》と《対能力(アンチスキル)》。半端な有能力はそれこそ雑魚同然。歯車の一つに過ぎないわ」

無能力(ナッシング)の天宮柘榴。ならば、対能力(アンチスキル)とは?」


 問われ、番は氷晶の流れを消した。


「無能力はもちろん、有能力者よりも優れに優れた者のことね。対能力戦特化呪詛能力者。キャンセラーね。私も含む全呪詛能力者の脅威であり、文字通り最強を名乗るに値する存在と言える」

「キャンセラー。まさか……」

「そう、幸運にも味方。うちの序列五位よ」


 ごくり、と息をのむ音が闇に響いた。


「質が悪すぎます……序列五位は……多重能力者ではないですか」

「だから最強を名乗る資格があるのよ。ただのキャンセラーなんて無害な無干渉者。能力者史上類を見ない多重能力者だから五位は五位なの」

「五位に対抗するには呪詛能力を使わずして勝利する手段が求められ、しかしその手段も呪詛能力を超えるものでなければならない」

「過去にそれを成し遂げたのは――純血一族の、あの家系が有名」

「……昏黒の狂人共ですか。ともあれ連中も結界都市に大勢で押し寄せる愚行には出ないでしょう」

「どちらにせよ純血一族なんて眼中にないわ。無能力者か、対能力者か、どちらかがカオナシに辿り着ければ私の勝ちよ」

「天宮柘榴と序列五位。二人とも、番様の意思で送り込まれたというのに、自分の意志で結界都市に向かったのだと思い込んでいる。それも計算のうちですか?」

「いいえ。最初のきっかけとして利用させてもらっただけよ。二極同時に使えるなんてこの機会を置いて他にないでしょうから、絶対に失敗させたくないのは本音」

「……大丈夫ですよ」


 部屋の隅――暗闇で話していた相手が番の座るテーブルに近付く。

 ウェーブがかったロングの髪をツインテールに縛り、黒いタイツの上にスカートを揺らす女の姿が明かりに照らしだされた。

 どこかふてぶてしさのある顔。

 でも彼女が臆病で意地っ張りであることを番は知っている。

 そして、今までとは違い、好戦的であることも。


「天宮柘榴――もとい、三百九十六番が失敗して死んだとしても、次はあたしが並折へ行きます」

「そうね」

「あいつが死ねばPDSシステムによってあたしはより完璧に近くなる。柘榴より上手くカオナシを見つけてやります」

「期待しているわよ。私の愛する雪の子。《三百九十七番目のグレナデン》」


 求めるように前にかがんだグレナデンの頬を、雪女はやさしく撫でた。

 ひんやりと、刺すように冷たい指先の流れに、超常の力の片鱗を感じ、あるいは強大な母に畏れを抱き、刺激的なスキンシップにしばし時を忘れた。


(私に名前なんていらない。番様の愛する私の中で、私がいちばん優秀なナッシング。その事実だけで――十分)


 天宮柘榴など所詮はイレギュラー。勝手に自分で名前を付け、番に背いて勝手に飛び出した愚か者。そんな三百九十六番を、母なる雪女はまだ愛してあげている。

 その尊大な慈愛を一身に受けられたらと、グレナデンは希望の念を胸に抱き、天宮柘榴の抹殺を心に誓う。


「さあ番様、そろそろ横になりましょう。お体に障ります」


 雪女は「ありがとう」と少女の肩に腕を回し、立ち上がる。

 部屋を出る前に、グレナデンは番の座っていた椅子を確認した。

 折り畳み式のナイフらしき忘れ物があった。


「番様。これをお忘れに」

「ああ――ありがとう」


 いつもドレスの中に携帯していたのだが、立ち上がっときに落ちたらしい。

 グレナデンから受け取った番は、それを見つめながら少し考え、グレナデンの手に返した。


「貴女にあげるわ」

「で、でもこれは番様の大切な物なのでは?」

「いいのよ。貴女になら譲っても。それは鎖黒(トザクロ)という名前で、私の力が少しだけ含まれている」

「ありがとうございます」


 グレナデンは、すん、と番の香りをまとった鎖黒を鼻先に当て、嬉しそうに胸に抱いた。


(鎖黒……私だけの、番様からのプレゼント)

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