PUNICA【カオナシとは】4
◆ ◆ ◆
私、カシアス・スレイヴはもはや生き延びる意志すら失せた。
こうしてなんとか筆を握ることはできているものの、片目と鼻、そして両耳を失った今。私にできるのは人生の振り返りと、私をこんな姿に変えた存在への悪足掻きくらいだ。
ある者達はそれを《破滅の物語》と呼び、またある者達はそれを《滅世録の使徒》と呼ぶ。どちらも同じ意味であり、この世から消してしまわねばならない存在である。
君達がどう呼んでいるのかは知り得ないので、簡単に言おう。
生まれながらにして超常の力を持ち得た者。その中でも極めて特殊な――世界を終わらせ、創る可能性を秘めた者のことだ。
私はその研究に関与していなかったものの、噂は耳にしていた。
だからこそ私は誰よりもあれを危険に思い、同時に魅力的だとも思う。
魅力的と文字にしてみて自分で笑えてきた。
さて。ここに書き綴る恐ろしい存在に関する私の記録が、もし後世に残っていたとして。
これをどこかで見つけ、読んでいる君は――あれについて知りたいと思ったのだろう。
ああ、是非知っておいてくれ。そして叶うなら私と私の助手の無念を晴らして欲しい。
そうだな。まずは、やはり昔話から始めよう。
◇ ◇
これは今からずっと前の話。
日本の、とある土地。
商いで栄えた町から山をひと越えふた超え。そこには小さな小さな集落があり、一つの村として体を成していた。
そんな村の外れに、不恰好で今にも崩れそうな家屋が一件。一人の男がそこに住んでいた。
家は村の中でも一際古くて小さくて、近くにこれまた小さな畑があったとさ。
村の子供たちが悪戯でもしたのか屋根には動物の糞や肥やしが乗っていた。
男は頻繁に屋根に登っては掃除をし、草葺屋根の手入れをした。壊れた鍬や家具が乗っている日なんかもあった。
鉄製の壊れた農具が投げ込まれ肝を冷やしたこともあった。勿体ないと思って再利用した。
男は村の嫌われ者。皆は彼の家に近寄ろうともしなかったし、やってくるとすれば悪戯目的の子供くらい。その悪童達も、彼が表に出てくると兎のように逃げ出した。
男は生まれつき顔が無かった。目も鼻も耳も口もだ。
土地の住人達は、男の顔を見るたびにこう言ったものさ。
――『化け物』
そりゃあそうだ。
何のための顔だ? そこにあるべき目と鼻と耳と口が無いんだ。つるっつるの、何もない肌が貼りついているだけ。見えない嗅げない聞けない話せない食べられない。息すらできない。
でも、男は生きていた。
彼は彼なりの方法でそれらを可能にする術を持っていたのだ。
それは、架空の顔を《描く》こと。
呪文を書くように、彼は何もない己の顔に目と鼻と耳と口を描く事ができた。
男は魔の化粧――魔粧の術を持っていたのだ。
しかしその術、完璧ではない。
顔の部品は六つまでしか描けなかったのだ。
彼に術を与えたのは西洋の魔術師だったのではないかと言われている。
魔術師は、こう言った。
――『それで十分』
男は手に入れた術で、なんとか生きていくことができた。
それでも土地の人々からは忌み嫌われた。
《妖怪》などと呼ばれたこともあった。
外を歩けば石を投げられ。
顔を伏せれば道を塞がれ。
顔を上げれば逃げられた。
たくさんたくさん傷つきながら、男は自分の畑で作物を育て、村の外れでひっそりと暮らしていたのだ。
ある日のことだ。
旅の者が村を訪れた。
男は自分には関係のない出来事だといつも通り食事の支度をしていた。
村の住人が、男の家へ旅人を連れてきた。
――『この旅の人は、お前に用があるそうだ』
男は喜んだ。
来客なんて初めてだった。
聞けば旅の人は、日本各地で絵を描きながら旅をしているらしい。
男は二人分の食事を用意し、旅の人を快く迎えた。
旅人は男の顔を見るなり、笑顔で言った。
――『なるほど噂通りの妖怪だ』
旅人は男のように妖怪などと呼ばれる人間を探して絵を描き旅をしていたのだ。
男は悲しかった。
それからまた時が経ち、村を今までにない寒さが包んだ。
吹雪で出歩くこともできず、男は火を焚いて冬が過ぎるのを静かに待っていた。
そんな日に、戸を叩く音。
訪問者に対してあまり良い印象がない男は、胃に重さを感じながら戸を開けた。
――『こんにちは。こんな……妖怪ですが、どうか一晩宿をお貸しください』
さらりと述べた訪問者。髪の青い、女性だった。
男が驚いたのは髪の色ではなく、女の吐いた言葉。
妖怪。
彼女もまた、化け物と忌み嫌われ、定住することなく各地を転々と渡り歩いているのだという。男は同じ境遇、同じ苦しみ、同じ悩みを持っている彼女を迎え入れた。
彼女は雪女と呼ばれていた。
そして男は女から、同じ境遇の者達が集まる土地があることを知った。
その者達は妖怪と呼ばれ忌み嫌われることを受け入れ、人とは離れて暮らすことを決めた者達。同じ悩みで苦しんだからこそ、互いに助け合って生きようと集まったそうな。
その話を聞いた男は雪女と共に、その土地へ行こうと決めた。
互いに助け合って生きる。男の夢見た生活がそこにあるからだ。
雪女も賛成し、そして、言った。
――『では、貴方の苦しみを少しでも減らしてから向かいましょう』
男を長年苦しめ続けた連中に、相応の罰を与えてやろう。彼女はそう言った。
連中が生き続けていれば男の心にずっと苦痛が根付き、苦しめ続けるだろうと。
罰を与える。
苦しめる。
……仕返しをする。
たしかに男はその方法を知っていたし、持っていた。でも何があろうとそうはしなかった。
悪いのは、皆と違って生まれてきた自分なのだと思っていたから。忌避されることは仕方のないことだと思っていたから。
それを雪女は否定した。
――『貴方のそれは特別な力。魔粧の術とて、与えて貰ったのではなく、もともと貴方の力。その使い方を教えてもらっただけ。私も、貴方も、人を超える特別な存在。それを排他するのは愚行に他ならない。つまるところ、異なる存在を見下すしかできない連中なのよ』
同じ苦しみを味わってきた者の言葉。
今までずっと己を苦しめてきた連中に、どうして情など掛けてやる必要があるだろうか。
男の力は強くて大きくて、誰も持っていない特別な力。
そう。奴らは《持たざる者達》なのだ。
持てる者を妬む愚かな人間達だ。
翌日――男と雪女は、村から姿を消した。
その後、村からの作物が途絶えたことを不思議に思った隣町の商人が、吹雪が止んですぐに村を訪れた。
ひっそりと静まり返った村の中、声を上げれど誰も返事をしない。
これはどうしたことかと、一軒の家屋を覗いた。
商人は中の様子を見るやいなや腰を抜かし、言葉を失い、地を這うように大慌てで他の家屋も覗いて回った。
村人は全員、死んでいた。
誰が誰なのかわからない有様だったそうな。
目も鼻も耳も口も潰されて。
村人みんな、顔が無かったのだとさ。
◇ ◇
私と助手がその《妖怪が集まる土地》へ訪れた時、こんな昔話を聞かされた。
よくある作り話だと私達は話してくれた老人を嗤った。
なんでも《カオナシ》なる妖怪の話だそうだ。
妖怪? 空想の化け物の話を聞かされたところで何の面白味もない。
私は組織で実在する化け物をたくさん見てきた。話に出てきた雪女も、私はもっと雪女らしい化け物を見知っている。
この日本という小さな島国。その中の《ナミオリ》という土地に遥々やってきたのは、組織の任務だった。
組織。
今となってはどうでもいいものだ。
私の仕事は、世界各地を飛び回って超常現象を調べ超常道具を回収すること。
ナミオリへ来たのは前者――つまり超常現象の調査だ。
我々は《グラウンドゼロ》と呼んでいたが、それは置いておこう。
ともあれその調査過程で、気になるものを見つけた。
距離を置いた四つの場所に、見たことも無い魔方陣が描かれていたのだ。
専門の助手は、それが結界を成すためのものだと分析した。
魔方陣は、誰かが消そうと試みたのか幾つも傷がつけられていたが、どうやら結界には微塵も影響はなかったらしい。
非常に強力なものだと助手は言った。
現地人として同行してもらった――例の妖怪の話をした――老人は、「絶対にその紋様を調べるな」「関わってはいけない」と、しきりに我々に忠告した。
老人曰く、その魔方陣はカオナシを封じ込めているものらしい。
封じているとはどういうことか。
私が問い掛けると、老人は何かを言おうとして――死んだ。
我々の前で老人の目が潰れ、鼻が削げ、口が裂け、耳が落ち、最後には頭部が果実のように弾け飛んだ。
絶句。
異常事態だ。
正体不明の攻撃と判断し、私は組織へ戦闘員の派遣を要請した。
しかし無線は繋がらなかった。
ナミオリを出ようと一歩外へ出た助手も、顔が潰れて死んだ。
手遅れだったのさ。
私達は老人の話を思い出した。
カオナシ。顔の無い人間の、強大な力。
とっくに私はそれの手中に嵌まっていたということだな。
実在したんだよ、その妖怪は!
私は急いで新たな現地人を雇った。若者だ。
カオナシと関わりたくないと言う者ばかりで苦労したが、やっと見つけた協力者だった。
その頃には十人近く居た私の助手も全員死んでしまっていた。
私と若者の二人だけだが、なんとかカオナシの呪縛から逃れる方法を探そうとしたよ。
若者は教えてくれた。
『カオナシは神様みたいなものだ。封印されていても手当たり次第殺したいと思えば、こうやって封印から逃れて殺す。殺し過ぎた時は、また増えるまでじっと待つ。この街はカオナシのものなんだ』
だからできるだけ怒りに触れないように暮らし、何年かに一度は人間を差し出すという。いわゆる生贄だ。
私は彼の話を聞いて気分が悪くなった。
カオナシが神だと? これは能力者の所業だ。とてつもなく強い力を持った能力者の。
神などではない。ただ殺人を好む人間の所業なのだ。
私は若者にカオナシを殺す手はないか尋ねた。
私がこの街を出るには、もはや奴を殺すほかに手はない。
若者は言った。『ある』と。
四ヶ所に描かれた封印の魔方陣。これは日本で言う《九字切り》の法を用いているらしい。
そしてこの魔方陣は、それ自体がカオナシの存在と直結しているという。
つまり四つの魔方陣を消せば、カオナシは消滅するということだ。
これまで多くの者が試み、そして死んだという。私の見た魔方陣の傷は、一つ一つが過去の住人によって付けられたものなのだと知った。
魔方陣を消そうとすればカオナシに殺される。どうすれば良いのか。
若者は――憐れむように私に言ったよ。
『この模様を消すには、カオナシの封印に用いた道具が要る』
それは何かと尋ねる。
『刃物。《鎖黒》という名の、小さな刃物』
トザクロ。
その刃物こそ、カオナシを滅ぼす鍵だった。
それを使えばカオナシは手を出す事ができず、魔方陣を消す事ができる。
何処にあるのかと尋ねると、若者は悔しそうに言った。
『……並折の外。とある妖怪が、持ち出したんだ』
絶望だ。
つまり彼は、私には手に入れる事ができないと言ったのだ。
外部と連絡が取れず閉じ込められた私は、もう、どう足掻いてもこの並折から出られないのだ。
魔方陣の場所については、そうだな、伏せておこう。
トザクロを持たずして近付くのは危険だ。
雪女に連れられて街にやってきた顔の無い男。
断言しよう。奴は、これからもずっとナミオリで生き続ける。
奴が解き放たれず、この街だけで殺戮を繰り返すだけに留まることを切に願うばかりだ。
そしてあわよくば、トザクロを持つ者が、奴を滅ぼしてくれることも願う。
そろそろ、この目も両方潰れてしまう頃だろうか。口も消えてしまうだろう。どうやら私はここまでらしい。
こんな世界で私もまた多くの人間に死を与えてきた非情なる男だというのに。あまりに疑いなく人を信じてしまった結果か。
こんなものを書いたところで、この手紙だけでもナミオリを出られたらという願いが叶うわけもない。恐ろしい土地さ。運命まで縛ってしまうのだからな。
私のことも、助手達のことも、きっと外の世界では抹消されていることだろう。その影響も計り知れない。
実に残念極まりなく思う。
私の偉業、せめてこれを読んでいる君には覚えておいてほしい。いや、知ってほしいと言うべきか。
私を既に知る者なら、これを読んで私との見えない繋がりを修復して欲しい。
私――カシアス・スレイヴは組織《死使十三魔》に於いて、呪詛能力者の助力を基に人間複製の研究を行っていた。何十回と失敗を繰り返したものの実用段階まで進み、複製人間による一個小隊を構成するに到った。
氷製人間部隊は我が人生の集大成にして、最大の罪。
どこぞで攫ってきた人間を元に呪詛能力で複製・生命維持を図った神をも恐れぬ所業だ。いや、神など居ないか。居たとすれば、私にこの程度の死に方をさせるわけがない。
兵隊として有能なモノにすべく腕力強化、脚力強化、洞察力、様々な処置をも試みた。
私は呪詛を身体に宿さずとも人を超える人を創造する術を見出したのだ。
私の他にも呪詛を宿さずして超常を目指す研究者は多い。最先端を歩んでいるのはおそらく傀儡屋あたりだ。
しかし。
私はそれをも超えた。
私の氷製人間は、死体人形などとは比べ物にならない優秀なシステムを有し、誇っているのだ。
プラン・ドゥ・シー。基本中の基本、マネジメントサイクルとも呼ばれる。
計画し、実行し、反省する。これの繰り返しである。
人間の発展には欠かせないサイクル。P、D、S!
我々研究者がこの《PDSサイクル》を意識し続けるのは当然であり誰もがそうしているだろうが、偽物とはいえ仮にも人間を創造する者がそれだけに留まるなど愚かしかろう?
ともあれ如何せん《氷魂》という未知の概念で成り立つものなので今後も研究が必要な代物ではある。が、これも既に実用段階に入っているのでカクテルズ自体は――いずれ――最強の部隊に成り得ると信じている。
彼らはもはや私が居なくとも完璧への道を歩み始めているというわけだ。今は呪詛能力こそが強さの象徴・筆頭とされている。それを覆す日がやってくる。私のカクテルズが超人の頂点に君臨する日が。
無論、実験過程で氷製人間に呪詛を宿すこともした。しかし適応する者は極めて少なく危険なため、あまり被験体を無駄にしたくなかった。
まあ、呪詛で得られる能力は魅力あるものなので、氷製人間達の中でも希望者は居たわけだが。
結局適応者はただ一人。残りは廃棄した。
肌が白く、髪の青い、男の子。それこそ、まるで雪のような子だったと記憶している。
外見は彼女――協力してくれた呪詛能力者の特徴に酷似していた。適応できたことに関係していると思われる。彼は氷製人間且つ呪詛能力者として力を手に入れ、カクテルズから離れた。
そう、序列十一位の座と、《魔斧》の称号を得たのだ。
素晴らしい。挑戦心を褒め称えたい。
彼と、そしてカクテルズ。これらが、これらだけが存在し続けていれば、私の業もまた存在し続ける。
ああ。今更、残してきた我が子のことを考えている。駄目な男だな、私は。
あの組織はまだまだ大きくなるだろう。我が子は、私の研究を引き継ぐことになるだろう。そうさせられるだろう。あの子は賢い。
私の愛するイーヴァン。
お母さんのように、素敵な女性になるんだよ。
オルタ、私もすぐそちらへ行く。それまで、もう少し私達の娘を守ってやってくれ。
そしてあの子が――、
素晴らしき殺人鬼を、より多く生み出すことを共に祈ろう。
《一九八六年 カシアス・スレイヴ》
◆ ◆ ◆
便箋の内容をすべて読み終えた私は、それを封筒に戻して明朗に手渡す。
彼は私がどんな反応を見せるのか様子を窺っているようだが、いたって平静を振る舞う。
「はい、ありがと」
「う、うん。なにか参考になった?」
「まあまあ。本当にカオナシはこの街に居るようね」
「そうみたいなんだけど、魔方陣だっけ? そんなもの僕は見たこともないなあ」
「そっか……いい参考になったわ」
「それは良かった!」
「あたし、そろそろ帰るね」
「うん。僕は瑠架子さんの件で現場に戻らないといけないから、ここで別れよう。クロちゃんはなるべく商店街を避けて帰ってね」
「わかった。付き合ってくれてありがとう明朗。あと――助けてくれてありがとう」
ひらひらと手を振って、明朗は公園から出て行った。
残された私はというと、木製のテーブルに目を落としてその模様なんかを眺めている。
カシアス? 聞いたことも無い。
あの手紙の書き手がカクテルズを生み出した? 私の生みの親? 私が氷製人間?
ふーん、そうなんだ。
どうせ碌な出生ではないと思っていたから大して驚かないわ。私は私。記憶がない方が問題よ。
カシアスとやらが組織したカクテルズ云々は、ぶっちゃけどうでもいい。協力した呪詛能力者というのもどうせ番姉さんの事だろう。
彼は番姉さんと並折の雪女を同一人物だと思わなかったようだ。まあカオナシについてもこの街に来てから知ったくらいだから無理もない。
カシアスの話は割と信頼性のある内容だった。カオナシを連れてきたのが雪女つまり番姉さんなら、その二人は私が思っている以上に深く関わり合っていることになる。
更に――鎖黒。
あの刃物をどうして番姉さんが大切にしていたのか、ようやくわかった。あれこそがカオナシの封印を解く鍵だったのね。
良いぞ。パズルが嵌まっていく。
鎖黒はこの街にある。なにせこの私が持ち込んだのだからね。
カオナシの封印を解けば、私はカオナシに出会う事ができる。
しかも! 封印の魔方陣が消えるとカオナシも消滅する!
最高じゃないか。一石二鳥だ。
四つある魔方陣の内三つくらい潰せば会話くらいできるだろう。聞きたい事を聞き出して四つ目を潰せばよいのだ。
カオナシはどう足掻いても並折から出られないわけか。封印の魔方陣と封印された妖怪をシンクロさせるとは、えげつない結界だ。
奴はこの街で、瑠架子のように殺すことしかできないのだ。ざまあみやがれ。
さて、これでカオナシを追う必要はなくなった。
封印を解除する過程であちらから接触を図ってくるだろう。番姉さんを連れて来るとかなんとか言えば殺されずに済む。どうせ今も奴は私を観察しているだろうし、それでも殺せないもしくは殺さないのは何か理由があるからだ。
次の目的は、鎖黒の捜索。それと、魔方陣の捜索。
これらも手掛かりがほとんどない状況なわけだが。地道に探していこう。
そう。焦っては駄目。
焦ることだけは避けなければ。
慎重に、落ち着いて、冷静に。
私は絶対に焦らない。
(反省したじゃない)
「反省したじゃない」
(前回のあたしは)
「前回のあたしは」
(焦りすぎたのよ)
「焦りすぎたのよ」
(だから死んだ)
「だから死んだ」
(前々回の俺と前々々回の私は)
「前々回の俺と前々々回の私は」
(なんで死んだんだっけ)
「なんで死んだんだっけ」
ズキズキと頭が痛み、
私の胸は冷たく震えていた。
思い浮かんだ事がそのまま口に出てしまうのは、
次回への反省にしよう。
「次回への反省にしよう」
今回の私は、
天宮柘榴なのだから。
反省してちゃんと付けた、
唯一無二の名前なのだから。
◆ ◆ ◆
PUNICA【カオナシとは】了