8話
アーサーは観戦が終了した後、クレアに案内され用意された客間でメイド達に取り囲まれ着せ替え人形のように着替えをさせられていた。
「いや、僕はこのままで「ダメです!!」」
「先代様のご指示ですので着替えていただきます!!」
「ねぇ~ これなんてどう?」
「こっちのほうがいいんじゃない?」
ワイワイとアーサーの気持ちを無視して着替え作業は延々と続いた。
「どう?できた?」
とフローリアが入ってきた時には、グッタリと疲れきった顔をしたアーサーがソファーに座り込んでいた。
数十着あった中から5着程度に選ばれていた着替えを見て
「これでいいんじゃない?」
とアーサーの服はあっさり選ばれた。
「アーサー君、着替えたらすぐに書斎に行ってくれない?お爺様がお話があるって言ってたわ」
着替えを手伝うというメイド達を追い出して、さっさと着替えたアーサーは迎えにきたメイドに連れられて書斎に向かった。
コンコンッ
「アーサー様をお連れいたしました」
「よし 入ってくれ」
メイドはドアを開け中に入るよう促した。
メイドは早速お茶を用意し部屋を去って行った。
「アーサー殿、いや殿下っ よくぞお越しくださいました」
とアーサーの前に片膝をつき臣下の礼をとった。
「ランバートさん 頭を上げてください」
と立ち上がるように促した。
キンッ!
とガラスを叩いたような音をたて部屋の空気が変わった。
「殿下、今の音は?」
「部屋に遮音の結界を張らせてもらいました。これからの話は誰にも聞かれないように……」
「わかりました。ささ、どうぞお掛けください」
とソファーに座るよう勧めランバートもアーサーの向かいに腰掛けた。
「その『殿下』ってのは止めてくださいませんか?『アーサー』で結構です」
「さっそくアーサー様の無事を国民に発表してお祝いせねばなりませんな」
満面の笑顔でランバートは言った。
「ランバートさん、それは待ってください。しばらくの間秘密にしていただけませんか?」
「それは、どうして?」
「僕はまだ人間世界のことを多く知りません。
しばらく僕に国のことや貴族のことを教えてもらえませんか?
それに僕にはやらなければならない事があります」
「お教えするのはかまいませんが、せめて陛下や重臣達だけにでも知らせてはいけませんか?」
「今のところは父上の親友だったロバートさんと伯父上だけにしてもらえませんか?」
「やらなければならない事のためですか?」
「はい。本人である証に、これを伯父上にお渡しください」
と懐から産衣と王太子の短剣を取り出した。
「かしこまりました」
と恭しくランバートは受け取った。
「できれば伯父上には内緒にしておいて、突然現れてビックリさせるのも面白いなぁ~なんて……」
「わっはっは 陛下の驚く顔が目にうかびますわい」
アーサーは急に真剣な顔になりランバートを見た。
「これから話すことは他言無用でお願いします」
「もちろんです。なんなりと」
「あの事件の詳細を知っていますか?」
「ワシも現場におりました故、知っております。
アーサー様が突然消え去って大騒ぎになりましたが、犯人はすぐに自害してしまい背後関係を調べても何もわかりませんでした」
「僕が消えたのは、ある方が魔術で転移させて逃がしてくれたんです」
「ある方とは?」
「母上の師匠といいますか、母上が子供の頃に『神の声』を聞く方法を教えた方です。
ときどき念話で母上と連絡をとっていてあの儀式のことを知って、遠見の魔術で見ていた時にあの事件が起こり慌てて僕を転移させて逃がしてくれたそうです」
「そうとうの魔術士のようですな」
「その時、犯人から得体の知れない魔力を感じ僕を直ぐに返すのは危険と思い匿ってくれたそうです」
「それで『魔狼の森』でお育ちになったのですか?」
「実は僕が本当に育ったのは『神狼の森』です。僕を助けてくれた方が神の許しを得て、『神狼エルザ』に預けられたんです。
このシロはエルザの子で、僕の護衛として傍にいてくれます」
「な・なんと……」
「そこで自分の身を守る為に戦い方を学びました。だから僕は人間世界の知識があまりないんです」
「……」
「今大陸中で異変が起きているのはご存知ですか?」
「異変ですか?多少あちこちで争いが増えているくらいしか……」
「実はあの事件と類似した事件が大陸中で起きてるんです。『神の加護』を受けたものや「上位精霊の加護』を受けたものが次々と殺されてるんです」
「それは誠ですか?」
「はい。詳しい事は精霊達が調べてくれています」
「それを解決するのがアーサー様の使命というわけですな?」
「その通りです。
相手は神にも精霊にも気づかれずに犯行におよんでいます。
これは普通ではありえません。
その相手を倒せるのは『神の加護』を受けたものだけだと思っています。
神獣や精霊に育てられた僕が解決することが使命だと思ってます」
「わかりました。できる限り手助けさせていただきます。そんな大事な話を何故ワシなんぞに?」
「僕が信用できるのは、父上の師匠であったランバートさんと親友であったロバートさん、伯父上くらいなんです。旅で見てきた民の顔をみて信用のできる人と確信したからです」
「お褒めにあずかり光栄です。それで、あの馬鹿貴族を叩きのめしたと ワッハッハ」
「いや お恥ずかしい……」
「それでは、しばらくここに逗留していただいてお勉強していただかねばなりませんな」
「そうさせていただくと有難いです」
「では、アーサー様はフローリアの練習相手ということで城の者には伝えておきましょう。
国のことや貴族のことについては、ワシが直接教えさせていただきます」
「人前で『様』付けはやめてくださいね」
「かしこまりました」
ランバートは話を終え部屋に戻って行くアーサーを見送り
「神はどこまで過酷な人生を殿下にあたえるのか」
と呟いた。