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僕の逃避行の失敗

作者: 河原割
掲載日:2026/09/20

 海に行くべきだ。

 僕たちの恋は行き詰まりつつあって、そのころシイナは魔法の研究に勤しんでいた。

 僕たちはシイナの運転でドライブにでかけた。海へ行くか山へ行くか散々迷った挙げ句、山へ行くことになったのだった。日帰りで家に帰ると、翌朝僕はひとりで海に向かった。

 シイナはどこへ行ったのだろう。


 魔女というものがどういうものなのか僕はよく知らない。シイナもある時期まではそんな感じだった。母親が魔女だったシイナは母からの教育を好ましく思っていなかったし、だからこそ僕みたいなタイプ、つまりは弱いくせに自分よりさらに弱い人には強気で、生活能力が欠如した人間と付き合っていたのだと思う。ところが僕たちが暢気な学生生活を終え、働きはじめると、シイナは母の勤勉さを尊敬するようになり、次第次第に魔女の活動を前向きに捉えるようになったのだと思う。


 僕も魔女にはおおいに興味があった。だって、魔女だぜ?

 長い年月、虐げられてきた人たちには同情するような気持ちもあったし、社会に権利というものがあるならばそれは遍く与えられなくちゃならないとも思った。

 もともと付き合い始めたころから、僕はシイナにもっと魔法を学ぶべきだよ、と言っていたように思う。最初の頃は、えー、とかそんな返事ばかりだったのだけど、ある時期から、そうだよね、とか、最近勉強してるんだよ、とかいうようになった。


 僕はドライブに行けば二人の仲はなんとか持ち直すんじゃないかなって淡い期待を抱いていた。やっぱり旅は人と人の間に絆を育むでしょう?

 山と山の間を通る国道を抜けていくとき、ふもとからはじまるなだらかな傾斜の雄大な景色にメキシコとかそのあたりみたいだと思った。僕は助手席からその風景をながめ、シイナは運転していたからひょっとしたらちっとも気づかなかったかもしれない。僕は特にシイナに声をかけることもなく、ただ頬杖をついて見ていただけだったから。

 山へのドライブが、それほど功を奏さなかったのは、日帰りだったからかもしれない。メキシコとか、そういう遠くへ行けば違ったのかもしれない。そう思ったのは、翌日海へ向かう電車の中でのことだった。僕は海から遠く離れた街で生まれ育ったから、海へ行くのはいつだって特別なことだった。だからやっぱり海にすればよかったのだ。宿泊がなくとも海にするべきだった。山にしたのは、山のほうが近かったからだ。結局、そういう、旅を楽しむのではなく、変に経済的な理由によって、目的地を決めてしまう時点で僕たちは決定的に終わっていたと言えるのかもしれない。それでも諦め切れない僕は翌日、電車に乗って海へ行くことにしたのだった。


 僕の人生には最悪の時期が何度かあって、危うく死にかけたこともあった。

 車に轢かれて死ぬことにした僕は、その時住んでいた街の歩いていけるところにある、車が無視しがちな横断歩道を八つ記録しており、一晩中その八つをぐるぐる回っては良いタイミングで車が来るのを待ち続けていた。幾晩経ってもうまいこと轢かれない僕は、やはりどうしても車が来るのを見ながらだと怖くて仕方がないことに気づき、横断歩道の手前で目を瞑り後ろを向いて、おしりからジャンプをすることにした。遠くから車が来る気配を見て、タイミングを計り、ジャンプ。目を開けると車ははるか手前にいて、近づいてくると、クラクションを鳴らしながらとまった。僕は小走りでその場から立ち去った。


 結局、運良く、あるいは運悪く、僕は車に轢かれることはなく、しばらくの間布団のなかにこもっていた。同僚が何人か来て、会社をクビになり、アパートを追い出され、実家に帰る途中、反対方向の海に行くことにした。海へ行き、駅から大通りを通っていき、海にたどり着く。砂浜で、タバコを吸ったり、ぼんやりしたりしようと思ったけれど、十月の平日の海にも人はそれなりにいて、僕は感傷に浸っている様を人に見られるのが恥ずかしくなり、ただただ砂浜を早足で歩いては、行ったりきたりした。それでも、帰る頃には、運動したことが良かったのか、いくらか良い気分になり、時間を経るほど、その時のほんのりとした良い気分が海に来たおかげだと記憶の改ざんが行われ、僕は最悪の時期には海に行くことにしたのだった。


 そして、もちろんシイナと別れつつある時、それはかつてなく最悪の時期だった。やはり二人で海に行くべきだったのだ。いや、二人で海に行ったのだ。シイナではなく吉光だったのだけど。


 僕の街から海へ行く途中の乗換駅に吉光は住んでいた。僕は何となく吉光に電話をした。

「もしもし」と僕。

「どうしたの」と吉光。

「いま駅にいるんだけど」

「それで?」

「良かったら一緒に海に行かない?」

「いやだよ」

 電話は切れた。僕はもういちど電話をした。

「もしもし」と僕。

「どうしたの」と吉光。

「良かったら一緒に海に行かない?」

「いやだよ」

 電話は切れた。

 僕が仕方なく、ひとりで海に行く電車に乗ろうとしたとき、電話がかかってきた。

「やっぱり、行こう、海へ」と吉光は言った。


 吉光についてどう説明したらいいのか難しい。吉光は、僕の家と海の間の駅に住んでいて、僕が駅にいるときに電話をすると、暇なときは会いに来てくれる。ただそういう関係が何年も続いていた。シイナと三人で遊んだこともある。シイナと僕と吉光とその恋人と四人で遊んだこともある。シイナと僕と吉光とその恋人と吉光の会社の後輩とその後輩の友人と六人で遊んだこともある。五人で遊んだことはなかった。吉光とシイナはそれほど仲が良くなかった。知りあった頃のシイナはどちらかと言えば派手で活発で楽しみのためだけに生きているような感じで、どちらかと言えば石の裏にへばりついたダンゴムシのようだった僕や吉光とは正反対のタイプだった。だから吉光はずっと僕とシイナが付き合っていることを訝しがっていた。僕も訝しがっていた。シイナが色々なものに飽きて、その結果、ちょうどその辺をうろついていた正反対の僕を見つけて付き合ったのだろう、というのが僕と吉光の見解だ。とはいえ、その結果八年も付き合ったわけはどうなのだろう。

 シイナは飽きっぽい。見ず知らずの人の車の上で踊り狂うような、底の抜けた陽気さで遊んでいたかと思えば、カトリーヌ・ド・メディシスについての本ばかり読みはじめて中世の話ばかりするようになってしまったり、急にバッティングセンターに通いはじめて常連達から姫のような扱いを受けたりしていた。そんな変わりやすいシイナから八年間好かれていたナイスな点が僕にはあったわけで、それをぜひとも知りたいのだけれど、シイナは、んー、とか、なんとなく、とかそういう言い方ばかりをしていた。そういうとき、僕は彼女を抱きしめて、彼女は草原を駆ける馬のたてがみみたいな爽やかな笑い声をあげ、僕らはたのしいメリーゴーランドだった。


 吉光は駅にやってくると手をあげて僕に挨拶した。

 彼は何も言わずに歩き出すので付いていくと、駅舎を出て、線路沿いの道をいく。そして線路沿いの小さな細長い公園の向かいにある『マリン・ボーリング』という建物に入っていった。

「海ってそういうことじゃないんだけど」と僕は階段を上る吉光に言った。

「まあ、いいじゃん」と吉光は言った。

 まあ、良いか、と僕は思った。


 僕たちは何かというと『マリン・ボーリング』に来た。ボーリングには何とも言えない魅力がある。カップルや学生たちでにぎわう。その中で孤独を感じる。カラオケなら、部屋が隔てられていて感じない。僕たちは淡々とプレイをする。お互いボーリングは特に上手くなかった。僕は少しだけ曲がるシュートみたいな球しか投げられなかったし、吉光は幼児みたいなフォームで大げさに曲がる球を投げた。

 ボーリングが人生に似ていればよかった。いや、似ているのだろうか。スプリットは人生の困難を表すだろうか。まさか。そんなはずはない。ボーリングから得るべきものがあるとすれば、自己投影するべきはピンだろう。転がってくる球をただ待つことしかできない、それが自分に当たってしまうかどうかはただ運頼み。そう、つまり、問題は、多くの人がピンではなく、自分自身をボールの投げ手のように考えてしまうことにある。ボーリングの球を投げることは、自身の運命を切り開くことではない。いままさに倒そうとするピンに思いをはせることだ。


「そう思わない?」と僕は瓶のコーラを飲みながら吉光にきいた。

「思わない」

「そっか」

「ところで、どうして海なんか行こうとしたわけ」

「人生のピンチが訪れてね」

「ピンチが訪れると海に行くのか?」

「行くだろ」

「行かないだろ」

「じゃあどこに行くんだよ」

「山とか?」

「山は違う」


 結局僕たちは九ゲームやって、そのあと負けたほうがラーメンを奢った。二人でボーリングをするとたいてい僕が勝ち、その日も僕が勝った。そして一ヶ月後、僕とシイナは別れた。やっぱりあの日に海にいけば良かったと山を歩きながら僕は思った。


 シイナは僕なんかよりよっぽど八年間を重く考えていたようで、僕はさっさと死んでしまおうと思ったけれど、彼女は定期的に連絡をしてきたり食事に誘ったりしてきた。それってまだ気があるんじゃない? などと言う人もいたけれど、僕にははっきりとそうじゃないとわかった。シイナにはよくわからないが確固とした規準と言うものがあり、こうだと決めたことは絶対に覆らないのだった。シイナがすっかり魔女らしくなってしまい、使う言語や装いからも感じられるようになった後もそうした頑なさは変わらないままだったのだ。だから、僕を抜きにして考えれば、シイナは別れた後も何らかの形で僕との間に関係性を、それをなんと呼ぶのかは知らないけれど、築こうとしたのだった。もちろん、そうした彼女の身勝手さというか気ままさみたいなものから来るポジティブなものを当時の僕はまったく理解できず、ただただ死ぬことにして夜の街を彷徨い歩いていた。以前同じようなことをしていたときに住んでいた街には八つも手ごろな横断歩道があったのに、その時住んでいた街には二つしかなかった。その二つを行ったり気たりしつつ街を彷徨い、なるべく柄の悪そうな、普段から悪いことをしていそうな、人をいじめたり、ファミレスの店員に怒鳴ったり、タバコのポイ捨てをしたりしてそうな車に轢かれようと、ぼんやり行き交う車を見たりしているうちに大きな橋があることに気づいた。この橋から飛び降りたら間違いなく死ぬだろう。と、その間違いなく、が心の中にのしかかり、ひょっとしたら車に轢かれても死なないと思っているんじゃないか、ただ死ぬふりをしたいだけなんじゃないかと気づくと、途端に嫌な気持ちになり自分自身に反論する気にもならず、帰宅した。


 それでも、歩くことだけはやめられなかった。というか、歩くことしかできなかった。歩きながら頭を無にすることでしか正気を保つことができなかった。なので、歩き続けているうちに近くの山の中を歩き回るはめになった。山なら熊に殺されるかもしれないと思った。熊に殺されるのは一番いいのじゃないか、と思った。昔、熊に殺された動物写真家がいた。その人はアラスカの冬をひとりで越し、はじめのうちは見たものをあれこれ書き留めていた文章が、次第次第に観念的になっていくのを、なにかすさまじい体験をしているのだな、と感嘆の思いで読んだことを思い出す。ひとりで、じっと、静かに過ごしていれば観念的になっていく。ひとりで、せかせか、歩いていてもそうなっていくのだろうか。僕は散々山々を歩きながらいったい何を考えていたのか。その時、歩きながら見たものも聞いたものも何も覚えていない。ただ足の疲れと、傾斜の重みだけを記憶している。何かを考えていただろうに、ほとんど忘れてしまった。じっと、していなければ、ならなかったのかもしれない。しかし、じっとしていることに耐えられなかったのだ。観念的な言葉から、むしろ逃げたかったのだ。


 シイナは魔女めいてきてから言葉が巧みになっていった。母親によくにた抑揚で喋るようになった。魔女はしかるべき言葉を話す者だからだ。

 一方で僕はどんどん寡黙になっていった。何かを考えないようにするには、すべてを捨て去らなくてはならない、という気分。ちょうどよく、なんてものはない、という気分。

 チャーシーと知りあったとき、チャーシーは僕が喋ることができない人だと思ったほどだ。僕が山から帰り、夜になっても歩き続けていたとき、公園で寝ていたチャーシーがふらふら近くの自動販売機に行こうとしたところ、ぶつかったのだった。

 僕は夜を歩く人。チャーシーは夜に外で寝る人だった。チャーシーはホームレスではなかった。にもかかわらず、わざわざ公園で寝ていた。

「毎日じゃないですよ」

「そうなんですか」

「そんなわけないじゃないですか。たまにです」

「そうですか」

「それにしても、夜に歩き回るなんて変わってますね」

「公園で寝てるほうが変わってますよ」

 ハハハハハ、と僕らは笑って少し仲良くなった。

 その後、夜歩くたびにチャーシーと知りあった公園をのぞきチャーシーがいるかどうか確かめるようになった。チャーシーは五回に一回くらいの割合でいた。僕たちはなんてことない会話をした。

「ひとりでこんなところで寝て、さびしくないんですか」と僕は聞いた。

「さびしくはないですね。静かでいいですよ」

「静かだとなんだかいろんなことを考えてしまいそうですよ」

「そうですね。考えます」

「過去とか?」

「過去についても考えます」

「僕は過去について考えたくないんです。何か判断を迫ってくるような気がして。過去の体験に正否をつけたり改善点をみつけたりしてしまうんです」

 頼りない一本の外灯が照らす薄暗い公園で、ついつい余計なことを口走った気がしたが、チャーシーの表情もよくわからずそれほど気にならなかった。

「でもそうやって過去を振り返ることで、人は成長するんじゃないですか」

「成長したくないですね」

「私もです」

 ハハハハハ、と僕たちは笑った。

「今から海に行きませんか」とチャーシーは言った。ちょうど僕が、海に行くことを儀式にしている、と言った直後だった。僕はその提案を面白いと思った。僕たちは別に酔っぱらっていなかった。酔っぱらっていないのに、酔っぱらっている人たちみたいな言動をするなんて、面白いんじゃないかと思った。

 電車はまだ動いていた。僕たちは終電で、行けるところまで行った。そこから海まで歩くことにした。僕はいったいどれほど時間がかかるかわからなかった。朝までにつくのかすら怪しかった。ものすごく遠いだろう。チャーシーは何となく道を知っているようで、僕は付いていく格好になった。僕たちは休んだりしながら、会話はポツポツながら途切れず、夜の街をただひたすらに歩いた。どちらが何を話したのか、今となってはわからない。都市の夜は明るいとはいえ、僕はチャーシーがどんな顔をしていたのか覚えていないし、チャーシーも覚えていないだろう。


「タバコ吸う人でさ、やたらと深刻そうに吐息混じりに煙を吐く人いるじゃない」

「いるね」

「あれすごい嫌。タバコ吸う人も嫌だけどあれは特に嫌。ふぅ、ふぅって、世界で自分だけがタバコを吸ってるみたい」

「ハハハ。僕はタバコ吸うけどね」

「そうなの? じゃあ、君も嫌い」

「それは悲しいや」

「じゃあ、タバコをプーッて吐けば」

「え?」

「そしたら、なんだか楽しそうでしょ?」


「ヘミングウェイの小説には、表面には出ていない深い意味がたくさんあるらしい。「白い象の群れのような山並」に登場する「白い象」っていうのは古いタイで神聖だが維持費がバカにならないという意味があったんだって。それはつまり登場するカップルもまたそういう面倒なものを抱えていたってわけ」

「私は小説のそういうところが嫌い。現実っていうのは振り返ってみたときに、何かそういう象徴のようなものがあったとしても、そんなのは気のせいだし、問題にするべきはいつだって、そういう象徴を見出してしまう自分自身でしょ?」

「でも、作品について何かと作者の無意識に還元してしまうのってイマイチじゃない」

「それは同感。小説って、現実の作者などいないかのように読むけれど、でも実際には現実の作者ってものがいるわけで、その齟齬は小説そのものによってもたらされていると感じるね。だから小説が嫌い。小説を読むことってセクハラみたいでしょ」


「猫を飼う人の心象っていうのは、猫が一見自由に見えるからだと思う。犬にはそういう側面ってなくてすごく飼い主を当てにしてる感じがするでしょ。でも本当は猫だって飼い主がいなくちゃ生きていけないの。生き物を飼っている、従属させているっていうやましさを、猫の表面的な自由らしさが癒しているのね」

「それはあまりにも意地悪な見方じゃない」

「それはそうかも。動物を飼ったことはある?」

「あるよ。実家に犬がいた。犬は楽しそうに走るから好き。ただ走ることがあんなに楽しそうだなんて、すごく素敵」


 海は湾になっていて、長い海岸と砂浜があるはずだった。観光地で、近くの神社にはいつも大勢の人がいて、駅前の通りにも小さなお店がたくさんあり賑わっていた。僕はいつもその通りを抜け、人がいないことを願いつつ、堤防を超えて、砂浜を見るのだった。

 ところが、チャーシーと僕が一晩歩いてたどり着いた海はそれとは全く異なるものだった。工場のような四角い建物が立ち並ぶ地帯を通り抜けるとやはりそこも道路が直線に交わるのっぺりとした区画が続き、僕たちは四角い公園にたどり着いた。それは僕が日頃思い描く海とは違っていて、チャーシーがいうには海を埋め立ててできた人工的な区域なのだという。僕たちは四角い公園の端っこの芝生になっているのところに並んで腰を下ろした。


「思ってた海と違う」

「そういうこともあるよ」

「そうか」

「そうだよ」

「なにか訓戒を」

「え?」

「このことから教訓を得たい」

「そうだなあ。結果より過程が大事」

「なるほど」

「うん」


 空が白み始め、薄暗かったあたりの輪郭が明瞭になりつつあった。海は広い。どこでみても広い。過程とはいったいどういうことだろう。過程を振り返りたい。しかしそれより、風景の中に僕自身を溶けこましてしまいたい。だから描いてみたいのに、言葉は足らず、願いは叶わない。


「いま海にいるよ」と電話をかけると吉光は言った。おいでよ、と言うので向かうとそこはパチンコ屋で、吉光は海をモチーフにした台の前に座っていた。

「いまいいところだから待ってて」と吉光は大きな声で言った。

 僕は店内の喫煙スペースでタバコを吸って待つことにした。駅周りで、もっとも優雅な喫煙スペースはパチンコ屋だった。駅前のスペースは人混みがひどく、デパートのレストランフロアのそれはひどく狭い。明るくて綺麗で広々している、良い喫煙所がそのパチンコ屋にはあった。僕はここなら一時間くらい待てるな、と思った。実際、吉光は一時間くらい来なかった。僕はすっかり忘れられてしまったのかもしれない。でも、こんなふうに誰かを待つ時間は嫌いじゃない。待っていれば誰か来るのだ。全体的にみれば、僕はいま、待っていても誰もこない宙ぶらりんの時間にいるといえる。だからそわそわして、歩き回ったりしているのかもしれない。こんなふうに、誰かを、いや、なにかを待ちぼうけて、でも来ることは知っていて、ゆったりとした時間の中にいれればいいのに、と思った。


 一時間をとうにすぎて吉光はやってきた。

「ごめんごめん。ラーメンおごるよ」

「タバコ、全部吸っちゃったよ」

「じゃあタバコも奢ろう」

「ありがとう」

 僕たちはラーメンを食べ、コンビニでタバコを買い、ボウリング場の目の前にある細長い公園にある喫煙所でタバコを吸った。

「海には結局行ったの?」と吉光が言った。

「行ったよ」

「良かったじゃん」

「良かった」

 思ってた海ではないところに行ったことやチャーシーと行ったことは、説明し出すと長くなりそうで、言わなかった。でも良かったと口に出してみると、なんとなくそういう気がしないでもない。でもやっぱり、ちゃんと海に行かなくちゃなとぼんやり思いつつ、煙をプーッと吐き出した。


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