辺境伯との対面
日が落ちると、ヴィルヘルミナは監視の騎士に取り囲まれながらトワングステに入城した。既に話は通っているので、辺境伯はすぐに彼女との面会に応じた。前線基地ということで応接間などはなく、辺境伯の質素な執務室で対面することになる。
ポメレニア辺境伯アドルフは、机を囲むように並べられたソファに座って待ち構えていた。
「やあ、こんばんは。君が辺境伯殿下かな?」
「貴様、殿下に失礼だぞ!」
「よい。吸血鬼ヴィルヘルミナ殿、まずはお座りください。ゆっくりとお話しましょう」
「それはどうも」
ヴィルヘルミナは全く遠慮することなく、辺境伯の対面のソファに深く腰を掛けた。
「しかし、君は美しい瞳をしているね。君の先祖にそっくりだ」
「記録には残っていますが、いざ言われると不思議な感覚です。あなたと私では、生きている時がまるで違う」
辺境伯は両者の間に置かれた机にあるカップを手に取り、注いである黒い液体を少し飲み込む。
「それはコーヒーかな?」
「おや、ご存知なのですか? 極めて最近、それも帝国領外から輸入された飲み物ですが」
「私が君の何十倍生きてると思ってるんだい?」
「これは失礼。あなたはきっと、私が一生かかっても知り得ないことを山ほど知っているのでしょうね」
「それはそうだろうね。そんなことより、私がここに来た目的は知らされているだろう?」
「もちろんです。吸血鬼がここで確認されていることについて、でしたね。まず前提として、吸血鬼を使っているのは我々の敵の方です。最初に確認されたのは2年と8ヶ月前。その後、1年と10ヶ月前、そして9ヶ月前に確認しましたが、それ以降は確認されていません」
――よく何も見ずにスラスラと。
「最後に確認されたのは9ヶ月前だと」
「ええ。しかし、いつ現れてもおかしくはありませんね」
「そうだね。じゃあ、吸血鬼が出るまで、私はこの辺で好きに過ごしているよ。迷惑を掛けるつもりはないから、城壁の外でね」
話は終わりだと言わんばかりにヴィルヘルミナは立ち上がる。あまりにも急なことに、辺境伯は初めて表情を変えた。
「お待ちください、ヴィルヘルミナ殿。何をそう急いでおられるのですか」
「だって、吸血鬼が出ないんだったら、私は何もしないよ」
「私達を手助けしてくれるつもりはないと?」
「どうして私が君達の戦争に手を貸さないといけないのかな? 私は吸血鬼を戦争に使うバカの正体を確かめて殺しに来ただけだ」
「あなたが嫌うのは、それだけではない筈です。あなたが嫌う範囲はそれより広く、魔法の濫用も嫌っている。そうですね?」
「……どうしてそんなことが言えるのかな?」
図星であった。そしてそんな情報がどこから漏れているのか、彼女は気になった。
「先程申し上げたように、当家にはかつての当主があなたと関わったことが記録されています。あなたは200年ほど前、パルティアで使われていた死体を操る魔法を、当時の当主と共に殲滅しました」
「そんなことをわざわざ記録しているとは、驚いたよ」
――まったく、そんな個人の趣味まで記録するなんて実に趣味が悪い。
「将来的に仲良くお付き合いできるように、あなたのような不死者に関する情報は数多く残っています」
「あっそう。まあ、それは事実だ。しかし、君が言ったように、私は魔法をロクでもない方法で使う連中が嫌いなだけだ。敵がそういうことをしてこなければ、私が手を貸すことはないよ」
「ええ。それで構いません。我々の戦いを観戦していただければよいかと」
――私にここにいて欲しいのか?
「分かった。手を貸すつもりはないけど、君と一緒にいてあげるよ」
「ありがとうございます」
釈然としない気持ちを抱えながら、ヴィルヘルミナはポメレニア辺境伯の提案を受諾した。
「そうそう。現在の戦況をご説明しておきましょう。この城塞都市トワングステは現在、エルフ・ドワーフ・人間の諸部族連合軍に、西以外の三方から囲まれています。敵の総数はおよそ4万3千。我が軍は総勢1万2千です。トワングステでの戦いが始まってから10ヶ月が経過しています」
「エルフを数に含めているのかい?」
「はい。彼らを単純に数で扱うべきではないことはもちろん分かっています。実質的には、敵はもう1万人ばかり多いものと考えた方がよいでしょう」
「随分と大変な状況じゃないか」
「攻城戦は守り手側に圧倒的に有利です。下手な手を打たずに立て籠もっていれば、負けることはありません」
「それで敵の物資が尽きるまで待つのかな?」
「それはあまり期待できません。敵はドラゴンや怪鳥を飼い慣らし、本国から滞りなく消耗品を送り続けています」
「それじゃ勝ち目がないじゃないか」
敵の物資が尽きるまで耐えるのが籠城戦の基本なのだが、それは期待できないようだ。
「勝ち目がないのは敵も同じです。これはどちの士気が持つか、根比べなのですよ」
――楽しそうだな。まあ最高司令官は戦いを楽しめるくらいの方がいいのか。
ヴィルヘルミナはアドルフの頬が緩むのを見逃さなかった。




