多少の信用
「そもそも、これは本物なのか? こんな紙だけで信用できるか?」
「しかし、この封蠟はブロベルク伯のもので間違いない。偽造されることがないとは言えんが」
「この程度で吸血鬼を信用できるものか!」
「やれやれ。じゃあ伯爵様を連れてくればよかったのかな」
兵士達は半信半疑か、疑いの方が強い様子。
「お前が辺境伯殿下にお会いしたい目的は何だ? 正直に吐け」
兵の一人が棍棒の先をヴィルヘルミナに向けながら、脅すように問う。
「君達は今、東の国境で帝国外の蛮族と戦争中だろう?」
「そうだが、それが何か?」
「そこで吸血鬼を戦争に使っているという噂を聞いてね。辺境伯を問い詰めなければならない、と思ったんだ」
「それは、同族を戦争に使われるのを嫌うからか?」
「そういうのじゃない。そんなことをしてるバカを殺したいだけだよ」
「そうか。であれば、それをしているのは我々の敵、帝国領外の異民族と異種族の方だ」
「そうだったか」
どうやら風の噂は真実だったようだ。
「どうだ? これで満足か?」
「いやいや、まさか。私はそういうバカを殺しに来たって言ったじゃないか。相手が吸血鬼を使っているのなら、そいつらを殺し尽くすまで、私は君達に味方をしよう。辺境伯殿下に会いに行く目的は、今これに変わった」
ヴィルヘルミナは特に何の感情もなさそうに、当たり前のように言い放った。
「俺達の味方? 吸血鬼が味方だと?」
「そう言ったけど?」
――まあ、吸血鬼殺しを専門にしていた連中が、そう簡単に受け入れてくれる訳もないけど。
「馬鹿を言え! 吸血鬼と手を組むなど論外だ!」
「どれほどの戦友が吸血鬼に殺されてきたのか、お前は知っているのか?」
理不尽な怒りを向けられ、ヴィルヘルミナは少しばかり苛立ちを覚えた。
「知らないよ、そんなの。大体、吸血鬼に友達を殺されたからって吸血鬼全体を憎むのは馬鹿げている。人間に知り合いを殺されたら、人間を皆殺しにしようとするのかい?」
「そ、それは……」
「だが貴様らは、人間を殺すように生まれてきた生き物だ。違うか?」
「違うね。人間の血をもらうことは、殺すことじゃない。まあそういう野蛮な連中が多いことは否定しないけれど」
「善良な吸血鬼もいるとでも?」
「ああ。私みたいにね」
やはり感情的な理由から、吸血鬼と人間は互いを信用することができない。まあヴィルヘルミナは人間に騙されたところで、どうとでもできるが。
「――まあいいや。君達に信用してもらうつもりはない。だけど、私と協力するか決めるのは、君達の主だろう?」
「それはそうだが」
「君達が勝手に私を突っぱねるのは、よくないと思うけどね。私を信用してくれなくてもいいけど、辺境伯殿下に話を通すべきじゃないかな?」
「それは確かに」
主君と臣下の契約の問題として、彼らはヴィルヘルミナとの交渉を拒絶するべきではない。信用してもらうことは諦め、理詰めで話を進めることにした。
「分かったら、とっとと辺境伯にこのことを伝えてくれ」
「……よかろう。しかし、辺境伯殿下は今、ここにはいない」
「おや、外出中かい?」
「そうじゃない。殿下は今、最前線で自ら軍の指揮を執っているんだ」
「なるほど。まあ勇者の末裔だしね」
――本当に自ら最前線に赴く必要があるのかは疑問だけど、嘘じゃないだろう。
「まあいい。だったら魔導通信で伝えてくれ」
「……分かった。屋敷には入れてやるから、暫く待っていろ」
「あ、入っていいんだ」
「ずっとこんなことをしていたら、無駄な騒ぎになるだろうが」
「妥当な判断だね」
館の門の前で延々と門番と言い争いをしている少女がいる、などと知れれば、野次馬が集まってくるのは目に見えている。
ヴィルヘルミナは警戒した様子の兵士に囲まれながら応接室に案内された。応接室は貴族的な装飾がほとんどない代わりに、大量の武具が壁に飾ってあった。剣・槍・盾・鎧など、どれも実戦で使われたであろう傷がついている。
もちろん、ヴィルヘルミナを応対してくれる者はおらず、代わりに10名ばかりの完全武装の兵士が彼女を取り囲み続けた。
「退屈なんだが、飲み物くらい出してくれないかな?」
「お前は血以外のものも飲むのか?」
「味覚は普通の人間と変わらない。栄養にはならないけど、味を楽しむことはできる」
「……何が欲しい?」
「ワインとか、何でもいいから酒を持ってきてくれ」
「分かった……。客人に飲み物すら出せないとなれば、当家の恥だからな」
兵士から館の侍女達に事情が伝えられ、辺境伯が保管しているワインが提供された。
「ヴィルヘルミナ様は吸血鬼の方とのことなので、150年物の赤ワインを用意させていただきました」
「どうも。ありがたく頂戴するよ。150年前と言ったら……北方帝と元老院が喧嘩していた頃だね。面白いものはあまり見れなかったけど」
「それを、直接見て来られたのですか?」
「150年前なんて最近のことだよ」
「はぁ……」
と、ヴィルヘルミナは見張られて殺気を向けられているのも気にせず、まるで自分の城か何かのように優雅な時を過ごした。




