ようやく出てきた貴族
ヴィルヘルミナとカール達が村の東の門に向かってみると、そこには60人ばかりの兵士がいた。騎乗している者が20人ほどで残りは歩兵だが、全員が厚い鎧を身に纏い、完全武装と言った様相である。随分と金のかかった兵隊達だ。
その指揮官らしき馬上の男が、緊張感なく姿を現したヴィルヘルミナに向かって叫んだ。
「ヴレデック村の民を襲っている吸血鬼とは貴様か! よくも我が民を奪ってくれたな!!」
「やれやれ。血の気の多い人間だね」
――こうなる気はしてたよ。
客観的に見て、ヴィルヘルミナが疑われるのも無理はない。病的に色白な姿は普通の人間から随分と離れており、吸血鬼に詳しい者であれば魔法の素質などがなくても上位の吸血鬼だと判別できるだろう。
仮にこの場で殺し合いになったとしても、ヴィルヘルミナは負けないだろう。別に疑われたままでいても構わない。領主の軍勢がようやく到着し、村を守る必要もなくなった。彼女はとっとと姿を消そうとしたが、村長カールが突然に叫び返した。
「お、お待ちください! この方は確かに吸血鬼ですが、我々を救ってくださったのです! 近隣の村々を襲っているのは、別の吸血鬼の群れなのです!」
「本当か? お前、吸血鬼に操られてでもいるのではないか?」
「左様なことはございません!」
カールが額から汗を垂らしながら、必死にヴィルヘルミナの無罪を訴える。まさかそこまでしてくれるとは思わず、ヴィルヘルミナは言葉が出なかった。
「そこまで言うのであれば……」
領主らしき男はようやく落ち着いてきて、ヴィルヘルミナに目を向けた。まるで魔物を見るような目であったが。
「私はポメレニア辺境伯殿下から代官として西南県をお預かりしているブロベルク伯ハインリヒである。貴様、名は?」
「私はヴィルヘルミナ。吸血鬼だ」
「どうしてここにいる?」
「元々の目的は、君の主の辺境伯殿下だ。異種族との戦争で吸血鬼を使っているバカがいるって噂を聞いてね。ところが、目的地に向かっている途中でたまたま、この辺りの村が吸血鬼に襲われてるところに出くわした。君達が来るのが遅いから、私が残ってここの村人を守っていたんだ」
ヴィルヘルミナ本来の目的は大貴族ポメレニア辺境伯を問い詰めるだったのだが、偶然にも吸血鬼騒ぎに出くわし、足止めを食らっているのだ。
「……戦のことは置いておいて、どうして吸血鬼の貴様が人間を守る? 後で餌にするためではないのか?」
「私は人間でも吸血鬼でも、バカな奴が嫌いなんだ。無意味に人を殺して回る吸血鬼なんて、今すぐ血祭りに上げてやらないと気が済まない」
「なるほど。実に吸血鬼らしい理屈だな」
「そうかい? お褒めに預かり光栄だよ」
ヴィルヘルミナが取り繕う様子を全く見せないことで、ブロベルク伯も少しは信用したようである。伯爵は馬から降り、周囲の騎士などに驚かれながらも、ヴィルヘルミナの目の前まで歩いてきた。
――何のつもりだ?
「……どうやら、お前が我が領民を守ってくれていたのは事実のようだ。それに関しては礼を言おう。ありがとう」
「え、ああ、そう……。私は気に食わない奴を殺しただけだから、別にいいよ」
――随分とマトモな代官もいるものだ。
「そして諸君には、助けに来るのが遅れたことを謝らねばならない。これほどの被害が出たのは、私が至らぬ故であった。すまない」
伯爵は平民に向かって頭を下げていた。
「あ、頭を上げてくださいませ! こんな森の奥の村、どれだけ急いでも数日かかることは仕方ありません!」
「それでも、多くの民を死なせてしまったことは事実なのだ」
「で、これからどうするつもりなんだい?」
「この地に潜む憎き吸血鬼共を討ち滅ぼすまで、城壁を持たぬ村の民は全て、城壁のある都市に移ってもらう。吸血鬼の討伐は我らが行う。お前の手を借りるには及ばない」
「本当に大丈夫かい? 相手はそれなりに統制の取れた群れだけど」
「吸血鬼を殺すことには慣れている。我が主がどのような血筋の御方なのか、知らない訳ではあるまい」
「あー、そう言えば、400年前の魔王討伐の英雄の家系らしいね。魔王――大吸血鬼を討伐した勇者の」
「そうだ。故に当家の兵は、帝国の端から端まで各地に出向いて、多くの吸血鬼を討伐してきた」
「なるほどねぇ……」
ヴィルヘルミナは改めて兵らの武装を観察してみた。彼らは全員が全身をしっかり覆う板金鎧を身に纏っており、主な武器は棘がたくさん付いた棍棒のようである。全身を装甲で覆っている割には動きがよく、魔法で筋力を上げていると見受けられる。
――吸血鬼を正面から殴り殺すのか。確かに悪くない戦術ではある。
「じゃあ、後のことは任せたよ。くれぐれも、あの連中にこれ以上の狼藉を許すなよ?」
「無論だ。我が家名に誓って、領民に手は出させぬ」
「そうか。頑張ってくれ」
ヴィルヘルミナがさっさと立ち去ろうとすると、後ろからカールが呼びかけてきた。
「ヴィルヘルミナ殿には本当に感謝しておりますぞ! このことは決して忘れませぬ!」
「ははっ。それはどうも。死なないようにね」
賊のことはブロベルク伯に任せ、ヴィルヘルミナは本来の目的を果たすべく、ポメレニア辺境伯の居城を目指して旅を再開した。




