シルヴァの処遇
ポスナニア公が戦死し、ポメレニア辺境伯領を攻めた諸侯連合軍は散り散りになった。ポメレニア辺境伯とヴィアドルス宮中伯の勝利である。このような形での幕引きだったことから、両軍とも犠牲者はそれほど多くなく、死者は合計で2千人程度であった。
ポメレニア辺境伯アドルフは引き続き山の中腹に本陣を敷いており、負傷者の救護や戦果の取りまとめを指揮していた。そんなところに、エルフのシルヴァを捕らえたヴィルヘルミナがやって来た。シルヴァは辺境伯の目の前でもちょっと浮かんでいる。そうしないと立っていられないからだ。
「ほう。あなたがポスナニア公に仕えていたエルフですか」
辺境伯が馴れ馴れしく話しかけると、シルヴァは露骨に嫌そうな顔をして見せた。
「仕えていたわけではない。ポスナニア公に協力していただけ」
「協力ですか。雇われていたのではなく?」
「確かに手間賃はもらっていたが、私の意志によるもの。ポメレニア辺境伯アドルフ、お前を叩きのめす為に」
シルヴァは辺境伯を睨みつけるが、彼は全く動じない。
「ふむ。それは私がエルフと戦争しているからですか?」
「当たり前。お前はエルフの敵」
「それはおかしな話です。私が人間と戦争したら、私は人間の敵になるのですか?」
「エルフと戦争をしている奴は、少なくともエウロパにはお前しかいない」
「その理屈で言えば、私以外の誰かがエルフと戦争を始めれば、私はエルフの敵ではなくなってしまいますね」
「それは……」
辺境伯アドルフの理論もなかなか酷いものであるが、言い返すのはなかなか難しい。シルヴァは自分の言葉を撤回したくなかったから、辺境伯に反論できなくなってしまった。
「で、私をどうするつもり? 私はポスナニア公の家臣ではない。捕虜にしても身代金は出ない」
「それならとっとと殺した方が吉――と言いたいところですが、ヴィルヘルミナ殿が黙っていないでしょうね」
「もちろんだとも。そんなことしたら君を殺して君の一族郎党も皆殺しにするよ」
「……なんだこいつ」
「そういうわけですし、ポスナニア公についてお聞きしたいこともありますので、暫くは捕虜になっていただきます。彼女の監視については、ヴィルヘルミナ殿、お願いします」
シルヴァはただの人間にとっては危険過ぎる。彼女を安全に監視できるのはヴィルヘルミナしかいないのである。
「いいけど、彼女を逃がしちゃうかもしれないよ?」
「ふむ。ヴィルヘルミナ殿でもシルヴァ殿と戦うのは厳しいと?」
「そうじゃなくて、私が積極的に彼女を脱走させるかもしれないってことだよ」
「どうしてですか?」
「だって、君は散々私を利用してくれたじゃないか。私も好き勝手やらせてもらうよ」
貴重な捕虜を逃すことでポメレニア辺境伯に意趣返ししようと宣言しているのである。
「それは困りましたね。ヴィルヘルミナ殿が左様になされるのなら、こちらもあなたからの要求を守ることはできません。必要ない捕虜については処刑することになるでしょう」
「そうかい? だったら私は君を殺して君の一族郎党を皆殺しにして君の国を滅ぼすだけだ」
「ふむ。一方的に左様な要求を突きつけると」
「ああ。これは契約じゃない。私の行為にも誠意にも関係なく、君が人の道に悖ることをすれば殺すだけだ」
先程の戦闘中は、辺境伯軍には確かに捕虜を見張っている余裕がなかったのかもしれない。だが今はそんなこともないだろう。捕虜を適切に扱う余力があるのにそれを殺すとなれば、ヴィルヘルミナは容赦なく辺境伯を殺す。
「なるほど。では、シルヴァ殿をきちんと見張るという条件でヴィルヘルミナ殿を雇うことはできませんか?」
「嫌だね。私はムカついてるんだ」
「これはこれは。それでは諦める他にないようです。どうせ逃げられるのなら、わざわざ時間をかける必要はありません。シルヴァ殿、もう好きにしてよろしい。ポスナニア公領に戻るでも、他の主君を見つけるでも」
辺境伯はシルヴァを捕虜にすること自体を諦め、とっとと解放してしまった。
「……どういう関係なの、お前達」
「お互いに利益になるから共にいるだけで、ヴィルヘルミナ殿と上下関係はありませんよ」
「私は面白いからいるだけだけどね」
「変な奴ら。……逃がすというのなら、馬の一匹くらいくれる?」
「おっと、これは失礼しました。すぐに手配させましょう」
辺境伯は特に対価を求めることもなく、移動用の馬をシルヴァに与えた。そうでなければ彼女はどこに行くこともできない。
「私は再びお前の敵になる。それでもいいの?」
「敵が優秀な方が戦争は面白いのです。再び戦場で相見えることを楽しみにしていますよ」
「……変な奴。お望み通り、お前と敵対する諸侯か、或いは国につく。ポスナニア公はもうダメそうだから、違うところに行く」
「であれば、お勧めは帝国西方の雄、フランク公ですね。私と仲が悪く、強力な軍隊を持っています」
「……参考にする」
シルヴァは馬を駆けさせ、どこかに去っていった。




