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吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ~元魔王は千年の時の中、今日も戦場を見届ける~【旧版】  作者: Takahiro
第二章 南方から来る敵

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エルフのシルヴァ

「問題ありません。敵には馬がありませんから、総攻撃でも大した衝撃力は――」

「て、撤退だ! 早く逃げろ!」

「……何を言っているんですか。バラバラに逃げたら各個撃破されるだけです」

「こんなところで死んでたまるか! 死にたいのか貴様は!」

「はぁ……。もうダメですね」


 実際、連合軍の戦力はまだ1万以上残っている。ポメレニア辺境伯軍の3千強が馬にも乗らず突撃してきたところで、本来であれば崩されるわけがない。だが、恐慌状態に陥っている諸侯はブレスニツェ公を含め我先にと逃げ出し、統制は完全に失われてしまった。


「まったく。私もとっとと帰るとするか」


 エルフのシルヴァは右腕を除く四肢が義肢になっており、マトモに歩くことはできない。どうやって移動するのかと言うと、魔法でほんの少しだけ浮き上がって、右手に持った杖の先を地面に突き刺して身体を引っ張るのである。魔法というのは奇妙なところで物理的な制約に縛られており、魔法で浮かぶことはできても空中で移動することはできない。


 そんな調子であるから、シルヴァは馬に乗らないと非常にゆっくりとしか移動できないのである。本陣の人間は皆逃げ出し、引っ張ってくれる者もいないので、シルヴァは一人だけその場に取り残されてしまった。


 山から駆け下りてきた辺境伯軍と宮中伯軍は、大した戦闘もなしに連合軍を粉砕した。正確に言えば連合軍が勝手に崩壊したというほうが正しいだろうが。


 とにかく、その軍勢とシルヴァは鉢合わせになってしまった。


「エルフ? お前、敵か味方か!」


 シルヴァは数人の騎士に取り囲まれた。エルフだというのは、特徴的な長い耳を見れば誰でもすぐにわかる。


「ポスナニア公に雇われていたから、敵ということになるかな」

「そうか。素直に投降すれば、捕虜として丁重に扱ってやるぞ?」

「投降? よりにもよってお前達のところに下るのは絶対に拒否する」


 表情一つ動かさず、声にも抑揚がないが、絶対に拒否するという意思だけは相手によく伝わった。


「正気か? 降伏しないなら殺すしかないが」

「ただの人間に私が殺せるとは思わないで欲しい」


 シルヴァは地面に杖の先を叩きつけた。次の瞬間、シルヴァを囲んでいた騎士達の足元が氷で覆われていた。すっかり地面に固着しており、動くことができなくなる。


「く、クソッ! なんだこれ!」

「魔法か……。エルフは魔法に秀でていると聞くが、こんな器用なことができるとはな」

「死にたくなければ、私に関わらないでくれ」


 再び杖を地面に叩きつけると、今度は地面から棘のような氷塊が幾つも生えた。人間の腹を貫いていたらほとんど即死だろう。シルヴァと騎士達の間を遮る氷の壁が作られた。


「はぁ……。どこかに馬が残ってるかな」


 シルヴァは死にかけの老人のようなゆっくりとした速度で移動を始めた。


 ○


 相手に相当な手練の魔法使いがいるということは、すぐにポメレニア辺境伯の耳に入った。辺境伯は本陣の要員ごと山の中腹まで下りてきている。


「――エルフがこんなところにいるとは珍しい。確かにエルフは人間とは比べ物にならないほど魔法に秀でている。相手にするべきではないな」

「で、では、見逃すということでしょうか……?」

「エルフがここにいる理由を知りたい。生け捕りにはしたいものだ。ここは、ヴィルヘルミナ殿に頼みたいものですが」

「だから、どうして私が協力しなくちゃいけないんだ」

「このままだとエルフを殺すしかありません。生け捕りにできるのはヴィルヘルミナ殿だけです」


 ――こいつ……すっかり味を占めてるな。


「はいはい、わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば」


 殺すだけなら飛び道具で押し潰せばいいので簡単だが、犠牲を出さずに生け捕りにするのはヴィルヘルミナでないと難しいだろう。そういうわけで彼女はシルヴァの捕獲に向かった。


「――君を生け捕りするように言われてきたんだ。とっとと降伏してくれるかな?」

「何度も言わせるな。拒否すると言っている」

「だったら実力行使するまでだ」


 ヴィルヘルミナはシルヴァに向かって淡々と歩いていく。


「それ以上近づいたら殺す」

「私を殺せるなら、やってみるといい」

「……後悔しても知らない」


 シルヴァは地面に杖を叩きつけ、ヴィルヘルミナの腹部を貫通するように巨大な氷の槍を作り出す。腹部に大穴が開き、大量の血が溢れ出すが、ヴィルヘルミナはいとも簡単にそれをへし折り、ゆっくりと歩き出した。


「やはり、吸血鬼……」

「ご名答。私は吸血鬼だ」

「なら、こうするだけ」


 再び氷の棘が地面から伸びてきて、ヴィルヘルミナの心臓を貫いた。いや、心臓どころではなく、胸部の半分くらいが抉られた。シルヴァは勝利を確信したが、ヴィルヘルミナが平然と氷を引き抜いたのを見ると流石に余裕が崩れる。


「心臓を破壊したのに、死なない……?」

「はは。君が思ってるより私は強いよ。どうする? まだ戦うかい?」

「…………いや、やめておく」

「賢明な判断だ。流石は長生きしてるだけあるね」

「やかましい」


 シルヴァが簡単に諦めてくれて、ヴィルヘルミナは内心では安堵した。

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