ヴィルヘルミナの危機
ポメレニア辺境伯アドルフとヴァルシュヴァ伯フリーデが楽しく殺し合いをしているのをヴィルヘルミナは後ろから眺めていた。ヴァルシュヴァ伯が防衛線を食い破ったところから敵兵が侵入し、本陣はすっかり混乱状態である。
「お、おい、吸血鬼! やっぱり私を守ってくれ!」
と、ヴィアドルス宮中伯が叫んだ。辺境伯本人すら斧を持たねばならない状況に、自分の身の危険を感じたのであろう。
「うーん。じゃあ、さっき言った通り、銀貨10万枚に相当する財宝を差し出すって条件で――」
大勢に影響はなさそうということで、ヴィルヘルミナは宮中伯と契約を結ぼうとしたが、そんな彼女に背後からヴァルシュヴァ伯の兵が迫った。馬の上からヴィルヘルミナに向かって叫ぶ。
「貴様! 武器を持っていないようだが、何者だ!?」
「おいおい、私は戦う気はないよ」
ヴィルヘルミナは両手を真っ直ぐ天に伸ばし、敵意がないことをアピールする。傍から見れば、全身を真っ黒な服で覆った珍妙な格好をして、戦う気がない変な奴である。目の前の騎士も殺すべきか迷っているようだ。
「何者かと聞いている! 答えなければ叩き斬る!!」
「あー、そうだね、まあなんというか、ポメレニア辺境伯の個人的な友達みたいなものだよ」
「やはりか! ならば問答無用!!」
――おっと、やらかした。
「え、あ、ちょっと、ちが――」
ヴァルシュヴァ伯の騎士は、剣を振り下ろしてヴィルヘルミナの右腕を斬り落とした。
――無抵抗の奴を殺す気まではないってところか。
相手はヴィルヘルミナを無力化できれば十分だと判断したのだろう。いや、別にヴィルヘルミナだからそういう判断を下したのではない。一般的に、戦場でただの兵士を殺す意味は特にない。殺したところで褒賞は特にないからである。無力化できればそれで十分だ。
腕を落とされるくらい、大したことではない。ヴィルヘルミナはどうということはなく右腕を再生させようとしたが、しかしそれは叶わなかった。
――再生しない? そうか、日光があるからか!
再生した瞬間に日光に当たって消し炭になってしまう。ヴィルヘルミナは腕を再生させることができなかった。
「これは、ちょっとマズいな」
ヴィルヘルミナは調子に乗って昼間に外に出たことを反省した。しかし敵からしても、腕を落としたのに痛がる素振りすら見せず、そして血が全く出ないヴィルヘルミナを不気味がっていた。服の内側にある部分は再生し、即座に出血を防いでいる。
「き、貴様……ただの人間ではないな! 化け物か!!」
「だからやめてって――」
「討ち取ってくれる!!」
――あーあ、逆効果だ。
どうやら彼の頭の中では、ポメレニア辺境伯が化け物を手下にしているということになったらしい。それを討ち取れば褒美が貰えるだろうということで、彼はヴィルヘルミナの息の根を止めることに決めたのだ。
――はぁ。どうしてこんなことに。
流石に、日光の下で切り刻まれるのは面倒である。ヴィルヘルミナは自らの身を守ることに決めた。
騎士が斬りつけてくる直前に、左手の中に剣を作り出し、その斬撃を受け止める。
「やるじゃないか、化け物め!」
「まったく……。とっとと終わらせるよ」
わざわざ正々堂々と戦う理由はない。騎士と数回の剣戟を交わすと、ヴィルヘルミナは唐突に跳ねた。跳ねて騎士を飛び越え、その背後に回り込む。
背後に回り込んだ瞬間、左手の中に今度は大鎌を作り出した。死神御用達の大鎌を騎士の腹に引っ掛け、そのまま引っ張って馬から引きずり下ろした。
「ぐああッ!?」
「これで動けないだろ?」
重騎兵の鎧は重く、馬から落ちた衝撃は相当なものだ。加えて、一度落馬してしまうと自分で起き上がるのは難しい。落馬した騎士はほとんど戦力外のようなものである。
しかし、そんなことをしていると、他の騎士からも注意を引いてしまったようだ。手が空いた騎士が2名、落馬した騎士を庇うようにヴィルヘルミナと彼の間に立ち塞がった。
「別に私は追い討ちするつもりなんてないから、関わらないで欲しいんだけど」
「敵ではないと言いたいのか?」
「ああ。私は中立だよ。中立だからポメレニア辺境伯の敵でもない。だからここで観戦していただけだ」
「そうか……」
――やれやれ、少しは話を聞く気みたいだ。
目の前の2名の騎士はヴィルヘルミナを攻撃するべきか迷っているようだ。ようやく落ち着けたヴィルヘルミナは、落ちていた右腕を拾い上げて、おもむろにくっつけた。服で日光を遮断できるので、傷口付近だけを再生させてくっつけることが可能なのだ。
ヴィルヘルミナには当然のことであったが、人間にとってはそうではない。人間の魔法では四肢をくっつけることなど不可能である。
「ば、化け物……」
「吸血鬼だな、貴様!」
「あぁ……うん、そうだよ」
「クッ……」
兜に隠れて表情は窺えないが、実物の吸血鬼を目の前にして騎士達は怯えているようだ。ヴィルヘルミナはこれで彼らが帰ってくれることに期待したが、残念ながらそうはならなかった。
「吸血鬼だ! 吸血鬼が出たぞ!!」
騎士はヴィルヘルミナと距離を取りながら、周囲の味方に呼びかけた。
「いやいや、なんでそうなるのさ」
「ま、まあ、戦場の死体を求めて吸血鬼が出るというのは、稀にあることだからな」
と、ヴィアドルス宮中伯がボソリと説明した。
「いたのかい、君」
「ま、まあ、逃げる場所もないからな」
宮中伯はヴィルヘルミナのすぐ後ろにおり、ちゃっかり自分を守らせていた。




