堅牢な要塞
ポスナニア公の最初の攻撃は散々な目に遭って失敗に終わった。一方でポメレニア辺境伯とヴィアドルス宮中伯は山頂に陣取り、その様子を悠々と眺めていた。
「さ、流石だな、辺境伯! これほどの数の差がありながら、まるで一方的な戦いではないか!」
「お褒めいただき光栄です、宮中伯殿下。しかし、まだ前哨戦に過ぎません。相手の騎士などはまだ全く動いていないのですから」
「ま、まあ、そうだな。敵は騎士だけで2千はいよう。従騎士を合わせれば4千……。それだけで我らと同数だな……」
やはり騎士こそ戦場の花形、騎兵こそが主力部隊だと、一般的には考えられている。宮中伯も当然そうである。そんな精鋭部隊だけで、こちらの全軍と同じ数がいるのだ。勝利に疑念を持つのは仕方がない。
「そんな数で勝てるのかい?」
と、ヴィルヘルミナが問いかけた。今は昼間だが、ヴィルヘルミナは全身を真っ黒の外套で覆い隠し、頭には荷馬車の車輪のような広いつばの帽子を被って、直射日光を完全に遮断している。吸血鬼は意外にもこれだけで昼間に活動することは可能なのだ。もっとも、服を破られるだけで致命傷なので、非常に危険ではあるのだが。
「当然ながら、騎兵というのは城攻めに向いていません」
「そうだね。でも今は野戦をしていると思うんだけど」
「それは間違いです。宮中伯殿下にご協力いただき、この山の陣地は非常に堅牢です。城と言っても過言ではありません。それを見極められないのであれば、敵には敗北があるのみです」
と言っている矢先、ポスナニア公らが動き出した。
「お、おい、敵が来るぞ、辺境伯!」
「敵の数はざっと2千と言ったところだね。全て騎兵だ」
「やはり騎乗突撃で陣地を突破するつもりのようですね。愚かなことです。全軍、守りを固めよ!」
敵軍の重装騎兵2千が、山の麓から突撃を開始した。矢の射界を確保するために木を切り倒しているが、切り株は残しているので、まずそれが障害物となり、突撃を始めて早々から彼らの足並みは乱れていた。
「弓兵、放て! 敵を打ち倒せ!」
山上に悠々と構える1千と少し弓兵が、連弩による射撃を開始する。落下によって勢いがついた数千の矢が飛来し、重装騎兵の鎧と言えども角度次第では貫通されてしまう。
「このまま矢だけで追い払えたらいいものですが」
「そ、それは無理そうだぞ! そう簡単に鎧を射抜けはせん!」
「予想の範囲内です。すぐさま騎士に迎え撃たせます」
最前線の堀と柵の後ろには下馬騎士が斧や槍を構えて控えている。優勢になっても追撃する余裕はないだろうということで、馬は遠くに置いてきている。全員が下馬騎士だ。
弓兵によって撃ち減らされ、足並みが乱れているところ、目の前には堀と柵があり、押し通ることは不可能である。ランスによる突撃を封じられたと見るや、敵軍はすぐにランスを捨て、斧や剣による白兵戦に移った。冷静な対応である。
だが、騎兵の能力はまるで発揮されていない。突撃ができなければ、ただ馬に乗っている歩兵と何ら変わらないのである。辺境伯と宮中伯軍の下馬騎士が中核となり、多数の農兵が柵の後ろから槍衾を作って迎え撃つと、流石に歯が立たなかった。
「敵勢、諦めて撤退していくようです!」
「よろしい。弓兵は敵を背後から撃て。その他の兵は追撃の必要はない」
かくして、ポスナニア公の最初の突撃は散々な失敗に終わった。辺境伯軍はほとんど損害を出さなかったが、敵側の死者は400ほど。騎士だけでそれほどの損害を出したのであれば、大損害と形容すべきであろう。
「流石、やるね。ここまで圧倒的に勝てるなんて」
「敵が攻め込んできてくれなければ、こうはなりません。敵がより統制の取れている軍隊であれば、ここに閉じ込められて手も足も出なくなるところでしたから」
「賭けに勝った、というところかな?」
「確かに賭けではありました。とは言え、敵が誰なのかを見れば、こうなる公算が非常に大きいことは予想がつきましたが」
「た、確かに、敵の諸侯の中では、ポスナニア公の力が圧倒的というわけではない。力を示さなければ統制が取れない、ということか……。いやはや、卿の采配には感服するしかないな」
「過分なお言葉です。そして、一度始めてしまった以上、最早諦めることなどできなくなりました。敵は我々を打ち破るまで何度でも攻撃を仕掛けてくるでしょう」
ここで諦めるようでは、ポスナニア公は諸侯からの求心力を失うだろう。調子に乗って戦いを仕掛けた時点で、公爵は辺境伯の罠に嵌っているのだ。
「ほ、本当に大丈夫か? 敵がもっと本気を出して突っ込んでくるかもしれんぞ?」
「問題ありません。最初の攻撃があのように悲惨な結果に終わったからには、敵の士気は落ちていることでしょう」
「そ、そういうものか」
「敵勢、動き出しました! 再び騎乗突撃を試みている様子!」
敵の戦力はまだまだ豊富だ。今度は3千の騎兵を並べ、一気に辺境伯軍の陣地を突破するつもりのようである。




