本格的な攻勢
吸血鬼達との交戦が暫く続くと、トワングステの方から角笛の音が高らかに響いた。
「おっと、撤退の合図だ。総員撤退!! 退け退け!!」
突出してきた吸血鬼は総崩れになっているが、敵の主力部隊は後方で健在である。これ以上深追いすることは危険が大きいと判断し、ポメレニア辺境伯は騎士達に撤退を命じた。
「俺達は下がるが、あんたはどうする? まだ遊んでくのか?」
「うーん。まあ、私もこんなところでいいかな。どうやらこいつらは雇われただけの下っ端みたいだから、殺しても大した意味はないよ」
「そうか。じゃあ一緒に撤退だな」
ヴィルヘルミナは辺境伯軍と共にトワングステ城内に帰投した。先の攻撃で成体のドラゴンに粉砕された城門の跡を通り、少し離れた城壁の上に陣を構える辺境伯のところに向かった。
しかし、到着早々、本陣では士官達が慌ただしく魔導通信を交わしていた。
「何かあったのかい?」
「ヴィルヘルミナ殿、お戻りになりましたか。どうやら敵は吸血鬼を使うのを諦め、正攻法で攻めることにしたようです。東方から30匹ばかりのドラゴンが接近しています。前回のような成体ではありませんが、高射砲塔の多くが破壊されている今、迎え撃つのは困難です」
「それは困ったね。空から一方的に殴られ放題じゃないか」
「一応、城内にも対空兵器の用意はありますが、高射砲塔なしで戦うことは想定されていません」
城内の高射兵装は外縁部の高射砲塔で粗方を削った残りを相手するのが目的であり、単独で戦うのは困難である。
「つまりどうにもならないんじゃないか」
「ええ、まさに。少なくとも城壁の上にいる兵は一方的に攻撃されるでしょう。状況はよくありません」
城壁の上から矢や石礫を浴びせるという基本的な戦術が封じられるということだ。
「言っておくけど、また吸血鬼が出てこない限り、私は何も手伝わないよ」
「であれば、私としては吸血鬼が出てくることを祈るべきですね」
「そうかもね」
「敵歩兵部隊およそ2万、動き出しました」
「東門に兵1万2千を配置せよ。通常編成とする」
「はっ」
ドラゴンが空を飛び交う中、敵の主力部隊が接近する。飛び道具で攻撃される危険がないと判断したからか、アダマースの盾は正面に構えているだけの手抜き陣形である。
「どうやらあの中に吸血鬼はいない。残念だったね」
「ええ。それは残念です」
辺境伯には冗談を言う余裕が戻っていた。ヴィルヘルミナは戦いを眺めるだけになりそうだ。
敵軍が城門の跡地に達すると、ヘルヴェコナ伯率いる辺境伯軍と交戦を開始した。城内ではあるが、即席の柵や瓦礫を利用した障害物があるだけで、実質的には野戦のようなものである。騎士は最初から全員下馬し、重装歩兵として防衛戦力の中核となり、それ以外は軽装の農民兵である。
農兵は柵の後ろから槍を突き出して敵兵を追い払い、柵を乗り越えようとする敵を騎士が剣で斬り伏せたり槌で殴り飛ばしたりして撃退する。
「アダマースだか何だか知らねぇが、やることはいつもと同じだ! 怖気づくな!!」
「「おう!!」」
元より、鎧を着込んだ相手と殺し合うのであれば、鎧の隙間を突き刺すものである。鎧の強度が上がったところで、白兵戦であれば大した違いはないのだ。
「勝てそうかい?」
ヴィルヘルミナは辺境伯に尋ねた。
「敵を城外に追い払えるかという意味であれば、そのうち内門に後退することになるでしょう」
「おや、敵を城に入れてしまってもいいのかい?」
「何のために3重の城壁があると思ってらっしゃるのですか」
「城自体は落ちなくても、敵の侵入を許したっていうのは、あまりよくないと思うけどね」
「今は政治のことを考えている場合ではないでしょう。後のことは、後でなんとかします」
「随分と楽観的だね」
辺境伯軍は諸種族連合軍と交戦しながらジリジリと後退し、一番外側の城壁を放棄した。2枚目の城壁の城門も破壊されているが、敵がどこから攻めてくるかは分かっているので、防御側の優位は残っている。
○
一方その頃。諸種族連合軍の後方には彼らの本陣があった。その総大将は極寒の辺境地域の人間国家ホルムガルド公国の主、ホルムガルド公リューリクである。
人間以外の種族は国家というものを形成する発想がない。部族くらいが最大の集団である。やはりここでも人間の国家が指導力を発揮するのは当然のことであろう。
戦場を見下ろせる小高い丘の上、柵や堀で囲んで地ならししただけの簡易的な陣地で、人間とエルフとドワーフの指導者達が居並んでいる。
そんなところに、一人の少女が姿を現した。いや、少女の見た目をしているが、それは歴とした吸血鬼であり、ここにいるエルフを除いた全員より長く生きている。ヴィルヘルミナによく似た長い白髪と赤い瞳を持ち、貴族のような出で立ちに黒いマントをたなびかせている。
「ホルムガルド公、何故に我が吸血鬼大隊を置いてトワングステを攻めるのか」
「吸血鬼がいるとヴィルヘルミナが出てくるではないか。あのような化け物を相手にするくらいなら、吸血鬼の力なしに攻めた方がマシであろう。違うか、ゲルトルート殿」
「ヴィルヘルミナごときに恐れをなしたか。この軟弱者め」
吸血鬼ゲルトルートはホルムガルド公にサーベルの先を向けた。
「乱心かね」
「私は元より、お前の家臣でも何でもない」
直ちに護衛の兵らが吸血鬼を取り囲み、槍先を突きつけた。




