強めの吸血鬼
「押し出せ押し出せ!! 蹴散らしてやれ!!」
ヘルヴェコナ伯率いる騎士の軍団は乱戦に突入すると順次下馬し(馬は従騎士が後方に連れていき)、得意の棍棒で吸血鬼の軍勢を一気に突き崩した。吸血鬼だけの軍団とは言っても、流石に十倍の吸血鬼殺しに慣れた騎士の軍団には敵わない。敵は敗走を始めた。
「しかし、吸血鬼相手に騎士を突入させるなんて危険なこと、辺境伯がよく許したね」
「許したも何も、別にこっちから提案したわけじゃねぇ。最初から殿下の命令だ。そして、殿下が命令した以上、必ず勝てる」
ヘルヴェコナ伯ゲッツは、辺境伯の言葉に何の疑いも持っていないようだ。
「確かに、辺境伯様の見立てに間違いはないようだね。流石だよ」
ポメレニア辺境伯の軍才はやはり本物だ。騎士達の精鋭部隊を惜しげもなく投入できるのは、勝てる確信を持っているからに他ならない。彼の予想通り、辺境伯勢は吸血鬼の軍団を圧倒している。
「しっかし、首を落として死ぬ吸血鬼と死なない吸血鬼の違いはなんなんだ?」
戦場のど真ん中だというのに、ゲッツは呑気な質問をヴィルヘルミナにぶつけた。
「おや、そんなことも知らないのかい?」
「ま、大抵は首を落とせば死ぬからな」
「違いという違いがあるわけじゃない。程度の問題だ。吸血鬼であれば誰でも再生能力を持っているけど、それは個体による。低い者では、手当をしなければ手足を落としただけで死ぬかもしれない」
「吸血鬼でも失血死するのか?」
「当たり前じゃないか。君はそんなことも知らずに吸血鬼殺しをしていたのかい?」
「あんまよく考えてなかったな。とりあえず首斬るか心臓を貫けば死ぬってもんだ」
「呆れた奴だね。ともかく、血を失うことは吸血鬼にとっても致命的だ。首を落として吸血鬼が死ぬのは、首をくっつける再生能力を持たないからに過ぎない」
「逆にお前は、首をすぐくっつけられるから死なないと」
「そういうことだね」
吸血鬼を殺す方法は本質的に二通りである。心臓を破壊するか、致死量の血を失わせるかだ。大抵の吸血鬼は人間にとって致命傷になるような怪我を再生することができず、心臓を狙わなくても失血死させることが可能なのである。
「そういう吸血鬼は、肉体をバラバラにしても再生することができる。そうなると、殺すには心臓を破壊する他にない」
「だったら、心臓を突かれても死なないお前はなんなんだ?」
「それを教えるつもりはないよ」
「ははっ。だと思ったよ。俺もこれ以上詮索するつもりはねえ」
と、その時であった。ヴィルヘルミナは吸血鬼の群れの中から、一際強い気配を放つ個体が接近してくるのを感じた。
「噂をすれば、首を落としても死なない奴が近づいてきているよ」
「何だって?」
「あれだね」
「まーた面倒そうな奴が来たなあ」
ヴィルヘルミナが指さす方向では、明らかに周囲から抜きん出た体躯の大男が巨大な戦鎚を振り回し、騎士達を吹き飛ばしていた。たった一人で2千の軍団を相手にするつもりかのようである。
「今回は私が相手してあげるよ」
「お、そうか。じゃあ頼む」
――いや、あっさりすぎるでしょ。
「……こういう時は君が相手しに行くものじゃないのかい?」
「ああいう化け物みたいなのは嫌いなんだ。確実に部下が死ぬからな」
「まあ、私は死なないからね。じゃあ行ってくるよ」
ヴィルヘルミナは騎士と吸血鬼が乱闘しているのを飛び越えて、件の吸血鬼の目の前に立った。
「やあ。君、なかなか血が濃い吸血鬼だね」
「…………」
吸血鬼はヴィルヘルミナを見下ろしながら、会話に応じることなくその戦鎚を振り下ろした。
――野蛮な奴だなあ、まったく。
槌が脳天に直撃し、ヴィルヘルミナは頭から地面に叩きつけられる。頭蓋が潰れ、顔が半分ほど削れた。もちろん、彼女がその程度で死ぬことはない。
即座に頭を修復すると、寝転がったところから長槍を作り出し、ヴィルヘルミナから意識を逸らしていた吸血鬼の首を突き刺した。アダマースの鎧をきっちりと着込んでいても、隙間を狙えば関係ない。
「ッ……!?」
首から大量の血が噴き出し、吸血鬼は反射的に飛び退く。ヴィルヘルミナが再生能力を見込んだ通り、吸血鬼はその傷をすぐさま塞いでしまった。
「やはりか。君を殺すには心臓を突くしかなさそうだ」
「…………」
吸血鬼は槌を振り上げると、ヴィルヘルミナに向かって突進する。ヴィルヘルミナは武器も構えずに仁王立ちしていたが、その槌が振り下ろされる寸前に、跳んだ。
華麗な動きで大男を飛び越え、背中側に着地する。相手にはヴィルヘルミナがいきなり消えたようにしか見えなかっただろう。吸血鬼は慌てて振り返るが、ヴィルヘルミナはその隙を逃さない。
――これで終わりだ。
振り返ろうとする吸血鬼の右の脇腹が一瞬だけ、ヴィルヘルミナの目の前に晒される。彼女はその鎧の隙間に、刀身のような爪をねじ込んだ。爪先は、彼の心臓に達した。
心臓を突き刺された瞬間、先程まで暴れ回っていたのが嘘だったかのように、巨躯はあっけなく倒れ伏した。




