ドラゴンの襲撃
その日の晩はそれ以上のことは何も起こらず、2日が経過した。ヴィルヘルミナと吸血鬼にして延命した兵士達はトワングステ城内にあった元は地下牢の地下室を貸してもらい、昼の間の寝床としていた。
暫く沈黙を保っていた諸種族連合軍であったが、日が落ちた直後、攻撃を仕掛けてきた。だが今回は様子が違った。執務室のポメレニア辺境伯に伝令が入る。
「申し上げます。歩哨からの報告によりますと、その……全長50メートルほどのドラゴンが2匹、接近しているとのことです」
報告してきた者も半信半疑といった様子。
「50メートル? まさか成体のドラゴンを飼い慣らす方法でも見つけたというのか……」
これまで襲ってきていたのは全てドラゴンの幼体である。幼体は飼い慣らせても成体は人の言うことを聞かないというのが常識なのだが、それが打ち破られたのかもしれない。幼体と成体を見間違うというのは考えにくく、辺境伯はその報告を信用することにした。
「直ちに全ての高射砲塔に兵を配置せよ。動ける兵は全て城門の守備に付け。誰にも休む暇はないと思え」
「はっ!」
仮に成体のドラゴンが敵なのであれば、備え過ぎることはないだろう。辺境伯アドルフは全ての兵士を防衛設備に配置し、自らはいつも通り東側の城壁に本陣を敷いた。
「ヴィルヘルミナ殿、来てくださいましたか」
「面白そうなことになってるからね。成体のドラゴンなんて、人間に興味も持たないような奴だと思ったけど」
「私もそう認識していましたが、何らかの手段で成体を操ることができるのなら、我々にとって極めて重大な脅威です」
「高射砲塔より、巨大なドラゴンを確認との報告あり。偵察隊の報告は間違っていなかったようです」
「分かった……。全高射砲塔に通達。射程に入り次第、ドラゴンを全力で攻撃せよ。弾を出し惜しむなと」
辺境伯は淡々と振舞っているが、顔に不安が浮かんでいるのをヴィルヘルミナは見逃さなかった。
「勝てる見込みがないのかい?」
「分かってしまいますか。そうですね。確実な勝ち筋は見えません。何せ、相手がどのような存在なのかすら分からないのですから」
「すまないが、私もドラゴンと殺しあったことはないんだ。その必要がないからね」
野生のドラゴンは高い山や深い森に棲息し、文明というものに関わろうとしない生き物だ。それをわざわざ殺しに行くような趣味はヴィルヘルミナにはない。
「高射砲塔20番、攻撃を開始しました!」
「まずは、高射投石器が効くものか……」
――いつになく緊張しているな。まあ、駒がどう動くか分からないチェスなんて指せたもんじゃないか。
投石器が続々と攻撃を開始する。成体のドラゴンはまるで山が浮かんでいるかのように巨大であり、大雑把に狙いを定めるだけで砲丸は命中する。直撃した砲丸が次々と炸裂するが、ドラゴンの鱗には傷も付いていなかった。
「おやおや。全然ダメだね」
「そのようです。この様子では、対空弩砲も役には立たないでしょう」
辺境伯の予想通り、幼体の皮膚なら軽々と突き破る弩砲の矢も全く歯が立たず、悉く弾き返されてしまう。トワングステの対空兵器は何一つとして役に立たなかったのだ。
「全軍に通達。高射砲塔を放棄。兵士は直ちに城内に戻れ!」
辺境伯は早々に諦めた。だが、その判断が優れたものであったことは、すぐに明らかになる。
「高射砲塔がまるで砂の城みたいだ」
「間一髪で間に合ったようですね」
急降下してきたドラゴンが高射砲塔を腕で払うと、まるで砂の城のように高射砲塔が破壊された。兵士達が離脱した直後のことであり、幸いにして死者は出なかった。
「しっかし、あいつがこれだけで満足してくれますかねえ?」
ヘルヴェコナ伯ゲッツはどこか楽しそうである。
「高射砲塔を破壊すれば幼体のドラゴンで襲撃を掛けることも容易になるが、これだけ優位な以上は……」
「やはり、こっちに目をつけたようですなあ」
「城門を破壊する気か。近くにいる兵は退避せよ! あれと戦おうなどと考えるな!」
辺境伯の取り繕った態度が消えかけている。あまりにも一方的な展開。戦争と言えるものですらないそれに、ポメレニア辺境伯は不快感を隠せなくなっていた。
間もなく、ドラゴンの1匹が城門に向かって飛んできて、城門ごと城壁を叩き壊した。城壁の一部がすっかり途切れてしまったのである。それも外側の城壁だけに留まらず、攻撃は内側に及び、3重の城壁全てに穴をあけられてしまった。
「城壁が全部破られてしまいましたねえ。これでは裸城も同然でしょう」
「敵の地上部隊が動き出しました! 数は1万! 例のアダマースの盾を装備した軍団です!」
「城門がガラ空きになった今こそ、攻め時でしょうからな」
「はは。今度こそ大変なことになったね」
「城が半ば機能しない以上、野戦となるでしょう。数に劣る我が軍は不利ですが、待ち受ける側であるという利もあります。ヘルヴェコナ伯、直ちに東門の守備を命じる」
「お任せあれ。城門があろうがなかろうが、奴らを追い払ってやりますよ」
「頼んだ」
「私は手伝うつもりはないからね」
「無論、承知しています」
別にポメレニア辺境伯が負けてもヴィルヘルミナには関係のないことである。




