威力偵察
「失礼します。殿下、敵が現れました。東からおよそ2万の軍勢が迫っております」
「直ちに全軍を起こし、高射砲塔に兵を配置せよ。ヴィルヘルミナ殿、申し訳ありませんが、私は戦争をしに行かねばなりません。これほどの規模の攻撃は初めてのことですが」
敵がここまで本格的な攻勢に出たのは今日が初めてなのである。ヴィルヘルミナがトワングステにやって来たちょうどその日に、である。
「私のせいかな」
「辺境の民から恨みでも買っているのですか?」
「心当たりがありすぎて、何とも言えないね」
「左様ですか。私と共に本陣にいていただきたいのですが、よろしいですか?」
「ああ。ただそこにいるだけだけどね」
ヴィルヘルミナはポメレニア辺境伯と共に城壁の上の本陣に向かった。
○
敵軍はまず高射砲塔に対して攻撃を行ったが、これを攻略するには至らなかった。高射砲塔は極めて頑丈に造られており、投石器や魔法で破壊することは不可能である。また各々の高射砲塔に30人ばかりの兵士が詰め、敵の侵入を許さなかった。
地上軍だけである以上、高射砲塔を制圧する必要はない。時間がかかると判断すると、敵軍は最小限の押さえの兵を残し、トワングステの城門目がけて進軍を再開した。
敵は奇妙な戦術を用いていた。すなわち、密集した全ての兵士が長方形の盾を持ち、それを前方と上方に掲げることで、さながら盾でできた亀のような陣形を取っているのである。敵兵の姿は完全に盾で覆い隠されている。それらの盾は全て白銀に輝いており、闇夜の中でもよく見える。
「とりあえず、吸血鬼の気配は感じないね」
「それは僥倖です」
「本当は吸血鬼がいてくれた方が嬉しいんじゃないのかな?」
「まさか。そんなことはありませんよ」
「しかし、敵は随分と古典的な戦術を使うんだね」
「私としても初めて見ました。テストゥド……レムリア帝国初期の戦術です」
「昔は無敵だったけど、飛び道具の貫通力が盾の防御力を上回った瞬間、あっという間に廃れていったね」
テストゥドはかつて敵の飛び道具を無力化し敵を蹂躙する最強の戦術だったが、飛び道具が進化する一方で盾を強化するのは限界があり、古代のうちに廃れてしまった。今では歴史書に名を残すに過ぎない。
「実際に見てきたかのような口ぶりですね」
「どうだろうね」
「さて、敵はその歴史を知らぬ愚者か、それとも勝算を持って現れたのか。試してみれば分かるでしょう」
「ああ、そうだね」
「全軍、撃ち方初め。矢の雨を浴びせよ!」
城壁から攻撃が開始される。魔法によって強化された魔導弩による激しい攻撃である。魔導弩は薄い鉄板くらいなら貫通できる威力を持ちながら、普通の弓と変わらない連射速度を持つ。標準化された魔法の一つだ。
そんな攻撃にさらされれば、普通の盾などまるで意味をなさないが、今回の敵は一味違った。
「おやおや。攻撃が効いていないね」
「そのようです。これは一体……」
「私も試してみよう」
「手を貸してくださるのですか?」
「ただの興味だよ」
ヴィルヘルミナは手元に弓と矢を作り出した。彼女は軽々と弦を引くが、普通の人間であれば曲げることすら叶わない、極めて張りの強い弓である。貫通力は人間の魔導弩を遥かに上回っているのだが、それすらも弾き返されてしまった。
「結構本気でやったんだけど、弾かれちゃったよ」
――私の矢を防げる盾なんて、正体は知れているけど。
「そんな盾が存在するとは。敵はどうやら勝算があって仕掛けてきたようです」
「大変なことになったね。敵は今のところは真っ当な魔法の使い方しかしてないから、私が手を貸すつもりはないよ」
「ヴィルヘルミナ殿は、あの盾の正体をご存知なのですか?」
「うーん……まあ、そのくらいなら教えてあげるよ。あれはドワーフが鍛えた、彼らが呼ぶところにはアダマースという素材だ。この世のどんな合金よりも硬い」
「そんなことまでご存知だとは」
「発祥は東方帝領だと思うけど。しかし、あれほどの量を生産してるとなると、ドワーフもかなりの部族が参加してるみたいだね」
「なるほど。厄介なことになってしまっているようです」
「さて、どうするのかな?」
教えたところで大して得にならない情報ならば教えてもいいが、辺境伯が有利になるような発言をするつもりはない。今のところ、ヴィルヘルミナは辺境伯の敵でも味方でもないのだ。
「いかに硬い盾であっても、それを支えているのは人間です。ならば、上から押し潰してしまえばいい」
「それは面白い考えだ」
「肯定していただけたと取ってよろしいでしょうか」
「さあね」
「では、やってみるまでです。投石隊、攻撃を始めよ」
投石隊と言っても、投石器を使うわけでも手で石を投げるわけでもない。使うのは魔法である。城壁に並んだ魔導士が人の顔ほどの大きさの岩を次々と生み出し、矢のような勢いで投げ飛ばす。
岩が命中すると、盾には傷もつかないが、それを持っている兵士への衝撃が消えるわけではない。まるで壁のように整然と並べられていた盾が、岩の衝撃で波打ち始めた。辺境伯の目論見は当たっていた。




