第7話 僕だけの
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
Moonの入り口をくぐると、微かに甘く香るお香の匂いが鼻をかすめた。週末の夜にしては少し落ち着いた空気で、数組のグループ客が賑やかに笑っているのが聞こえる。
今日は珍しく、岡崎さんが大田さんを連れてやって来た。
「こいつ、最近ちょっと疲れてるみたいでさ。たまには華やかなとこで元気もらわないと、って思ってな」 そう言って笑う岡崎さんの肩を、大田さんは軽く叩いて返す。
「紹介されました、大田です。いやー、こういうのって実は初めてなんですよ。緊張しますね」
そんな口ぶりとは裏腹に、大田さんは初めてとは思えないほどの場慣れ感を漂わせていた。 すっと姿勢を正して店内を見渡し、誰よりも自然にその空間に溶け込んでいく。
その様子を横目に見ながら、僕はいつものソファに腰を下ろした。けいちゃんは、まだ奥のカウンターで誰かと話している。
「村田くん、なんか元気ないな」 岡崎さんが笑いながら僕の背中を叩く。
「……いえ。大丈夫です」
そう答えたけど、たぶん表情に出ていたんだろう。 ここのところ、ちょっと自分でも気づいている。考えすぎてるって。
けいちゃんのことを思い出すと、なんだか胸の奥がふわっとする。けれどそれは、心地良いだけじゃなくて、ほんの少しのざわつきを連れてくる。
そこへ、けいちゃんが笑顔でやってきた。
「こんばんは〜っ!お待たせしましたっ。今日もお疲れさまですっ♪」
明るい声が、場の空気を一瞬で華やかにする。
「初めまして〜!大田さん!ですよね?わー!背、高っ!絶対モテるでしょ〜!」
けいちゃんは、いつものように明るく、楽しげに、そして絶妙な距離感で接していく。その口調もテンションも、完璧だ。
だけど、気づいた。 他の女性スタッフがどこか甘えたような態度で話しているのに比べて、けいちゃんは一定のリズムを崩さず、どこまでも礼儀正しい。軽口を交えながらも、触れすぎないように、けれどつまらなくならないように。
プロ……そう思いかけて、言葉を飲み込んだ。
「えっ、うそ、歌めっちゃ上手いじゃないですかっ!大田さんっ!」
カラオケが始まると、大田さんの高い歌唱力に女性たちは一気に盛り上がった。拍手と歓声の中で、大田さんは得意げに笑っている。
ふと、けいちゃんを見ると、彼女は笑顔のまま大田さんの隣に座っていた。けれど、その視線は少しだけ斜め下を向いていて、ふわっとした笑顔の裏に、どこか薄い膜のようなものを感じた。
……僕はまた、考えていた。 何を求めて、ここに来てるんだろう。
会いたいのは、あの笑顔だ。でも、それは“お客さん”への笑顔であって、僕にだけ向けられているわけじゃない。 そう分かっていても、期待してしまう自分がいる。
「けいちゃん」
気づけば名前を呼んでいた。
「はーいっ!なになに?おかわり?それともー……」
けいちゃんが顔を近づける。その目が、きらっと笑っていた。
「……なんでもないです」
ああ、何やってるんだろう。言いたいことなんて、別に無かったくせに。
「もーっ、なんですかそれっ。気になるじゃないですかっ」
けいちゃんはそう言って笑い、また場を明るく戻していった。
それでも、そのやりとりが嬉しかった。誰かと取り合っているわけじゃないのに、勝手に安心していた。
……こんな自分、ほんとに情けないな。
でも、また来たいって、思ってしまうんだ。 あの笑顔が見たいって、思ってしまうんだ。
それがたとえ、僕だけのものじゃなくても。