第31話 海の見える公園
チャッピー(ChatGPT)にて執筆したものを手直しして掲載しています
──海の見える公園に来るのは、何年ぶりだろう。
春の風が潮の香りを含んでいて、肺の奥まで深く息を吸い込むと、どこか懐かしい気持ちになる。小さな広場のベンチには誰もおらず、遠くでは子どもたちがはしゃいでいる声が聞こえる。
「……ここ?」
隣に座ったけいちゃんが、少し笑って問いかけてきた。
「うん。なんか、思い出してさ」
彼女は風に揺れる髪を耳にかけながら、ベンチの背にもたれた。
「懐かしいね。最初にMoonに来た帰り、ここに寄ったんだっけ」
あのときは、まだ客とホステスという距離感しかなかった。気まずさを紛らわすように話題を振ったり、沈黙を埋めるために空を見上げたり。今こうして並んで座っていることが、不思議なくらいだ。
「ようさん、あのとき緊張してたよね」
「してた。めちゃくちゃ」
「目、ぜんぜん合わへんかったし」
けいちゃんが肩を揺らして笑う。あの日の彼女は、源氏名『けいちゃん』としての顔をしていた。無邪気で、よく笑って、でもどこか距離を感じた。
「でも……その笑い方がずっと頭から離れなかった」
思わず、心のままに言葉が出てしまった。
けいちゃんは一瞬だけ動きを止めたけど、すぐに視線を逸らして、冗談めかした口調で返した。
「なにそれ、今さら口説いてんの?」
「ちがうよ」
「ふふ、そっか」
そう言った彼女の声が、ほんの少しだけ震えていた。
ふいに、けいちゃんが膝の上で手を重ねる。その指先が少し白くなるくらい力が入っていて、それを見て、俺も自分の右手をそっと伸ばした。
重ねた瞬間、彼女が小さく息をのんだ。
「……びっくりするやん」
「ごめん」
「でも、あったかい」
夕陽が海を朱に染めはじめる。光の粒が波に跳ねて、けいちゃんの頬にきらきらと反射する。
「私さ、たまに不安になるんよ。なんでようさんは、私なんかと話してくれるんやろって」
「それ、俺の台詞だよ」
「……なにそれ」
彼女が肩をすくめて笑った。
けれど、その笑顔の奥に、確かに揺れているものがあった。
「Moonで働いててさ、いっぱい人と会うけど……こんな風に、素の自分のまま、何も着飾らんでいられる人って、なかなかおらんのよ」
彼女の声は穏やかだった。
「それが、ようさんやったんかもしれん」
俺は何も言えずに、ただ手を強く握った。
言葉にできない感情が胸の奥からこみ上げてくる。
「けいちゃん」
「うん」
「一緒にいられて、よかったって思ってる」
しばらくの沈黙のあと──
「……うん。私も」
彼女が、ふわりと笑った。
春の風が、ふたりの手のあいだをやさしく撫でていく。
どんな言葉よりも、その時間があたたかかった。