第29話 その笑顔を守りたい
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
夜の店内、ふと手が止まった瞬間に、ふいに鳴ったスマホのバイブが胸ポケットを揺らした。
──「お母さん」
表示された名前を見て、胸の奥が少しだけ熱を持った。久しぶりの名前。何度も掛けようとしてはやめた番号。
「……もしもし」
電話口から聞こえる母の声は、思ったよりずっと優しかった。
『元気にしてるの?あんた、最近ちっとも連絡くれんから……心配してたんよ』
「うん、ごめんね。元気よ。ちゃんと、やれてる」
会話は途切れがちだったけれど、それがかえって心地よかった。空白の時間も、声だけで満たされた気がして。
『……あんた、そんなに頑張らんでええんよ。無理して笑わんでも、ええんよ』
母の声がそう言ったとき、胸のどこかがぎゅっとなった。
「ううん。今ね、私、幸せなんよ。……ほんとに、今が一番、幸せ」
そう答えながら、心のどこかでようさんの顔が浮かんだ。口に出すのは照れくさくても、あの人の存在があるからこそ、私は今、自分で自分を好きでいられてる。
電話を切ったあと、店に戻るとお客さんが賑やかに笑っていた。私も笑顔を作って席に戻る。
──そんな夜、ちょっとした出来事があった。
カウンターに座っていた酔いのまわった男性客が、くだを巻くように言った。
「でもさ、水商売の女がさ、真面目な恋とか……ありえないよな」
グラスを回しながら、笑うその声が、やけに耳に残った。
笑って流す──それは長年のクセで、ほとんど自動的に口角を上げた。でも心の奥に、小さな棘が刺さったような痛みが残った。
その夜は、うまく眠れなかった。
***
翌日、店の裏口で開店準備をしていたとき、ようさんがふいに現れた。
「お疲れ。……あれ、なんか、元気ない?」
少し驚いた。私の変化に気づく人はあまりいない。気づいても、口に出す人はもっと少ない。
「……なんでもないよ」
そう言いかけて、自分の声が少し掠れていることに気づいた。
「……なんでもなく、なかったかも」
自分で言いながら、なんだかおかしくなった。笑って誤魔化すことすら、今日はうまくできない。
「昨日、ちょっとだけ、傷つくこと言われちゃってさ」
ようさんは、何も言わずにこちらを見ていた。じっと、まっすぐに。
「……水商売の女が、真面目な恋なんて無理って。なんか、そういうふうに言われるの、慣れてたはずなんだけどね。昨日はちょっとだけ、胸に刺さった」
ようさんは、そっと私の手を取った。
その仕草があまりに優しくて、何かを言うよりも先に、涙が滲みそうになった。
「……俺は、そんなふうに思ってないよ」
小さな声だったけれど、すごく真っ直ぐな言葉だった。
「俺はけいちゃんのこと、ちゃんと人として好きだし、尊敬してる。……恋愛とか、職業とか、そういうことで判断しない。……しないっていうか、できない」
少し笑いながらそう言うようさんの手が、じんわりと温かかった。
「ありがとう」
それだけで、十分だった。そう思える自分も、たぶん昔よりずっと素直になれている。
ようさんの隣で、私はまた少し、自分のことを好きになった気がした。
そしてまた明日も、ちゃんと笑える気がした。