第26話 小さな本音
チャッピー(ChatGPT)にて執筆したものを掲載しています
けいちゃんの財布が閉じられる音が、いつもより妙に耳に残ったのは、あれが最初だった気がする。
Moonのカウンターに腰掛けながら、ふと目をやったそのとき。彼女が使っている長財布の端がめくれていて、留め具のボタン部分が少し緩んでいるのが見えた。
「あ、ごめん、ちょっとだけ行ってくるね」
そう言ってスタッフルームに戻るけいちゃんの背中を見送りながら、なんとなく気になってしまった。
大切な人のものって、不思議とよく目に入る。 それが傷んでいたり、使い古されていたりすると、自分の中のどこかがぎゅっとなる。
その日も営業が終わったあとけいちゃんはいつもと変わらず明るく、「あー、今日も飲みすぎたー!」なんて言いながら帰り支度をしていたけど、ふと覗いたスマホの裏面がテープで補強されているのを見て、思わず声が出そうになった。
何か言うべきか、言わないべきか。僕はそういうとき、だいたい迷ってしまう。
──でも、迷ってるってことは、たぶん言うべきなんだ。
「けいちゃん」 「ん?」 「スマホ……壊れかけてる?」
彼女はちょっとだけ驚いた顔をして、すぐにいつもの笑顔を作った。
「あー、これ? いや、まだ全然使えるし! ほら、最近のって高いからさ。壊れてないなら買い替えるのもったいないじゃん」
明るくそう言ったけれど、その声の中に少しだけ無理をしてるような響きがあって、僕の胸に引っかかった。
「でも、結構テープ貼ってるよね……?」 「えー、気にする? 見た目より中身でしょ、スマホって」
冗談めかした口調。でも、その中に「気づかれたくなかった」って気持ちが混ざってるのが分かって、なんとも言えない気持ちになる。
「けいちゃん……無理してない?」
その言葉に、けいちゃんがふっと視線を落とす。
「……してないよ。してないけど、うーん、なんていうのかな。もったいないって思っちゃうだけ」 「財布も……ちょっと壊れてたよね?」 「えっ、あー、あれ? うん、ボタン取れかけてる。でもあれ、誕生日にもらったやつだからさ。直して使ってんの」
彼女はそう言って、照れたように笑った。
強がりだな、って思った。 でもそれ以上に、すごく優しい人なんだとも思った。
「……ごめん、なんかさ。俺、けいちゃんがそんな風に気を遣ってるの、気づいてなかった」
僕がそう言うと、けいちゃんはちょっと驚いた顔をしてから、首を振った。
「違うの。ようさんが悪いわけじゃないよ。私が勝手にそうしてるだけ。別に困ってるわけじゃないし、ちゃんと貯金もしてるし」
言い訳みたいに聞こえたけど、それはきっと彼女なりのプライドなんだと思った。 Moonで働いて、昼間も仕事して、毎日忙しくしてるけいちゃん。 無理はしてないって言うけど、本当はきっと、少しだけ肩に力が入ってる。
「……でも、もし本当に困ったときがあったら、俺にも頼って。ほんのちょっとでも」
少しだけ沈黙が流れた。 彼女はゆっくりとこちらを見て、優しい目で言った。
「今は大丈夫。でも……そう言ってくれたことが、すごく嬉しかった」
その笑顔に、救われたのは僕の方だった。
支えたいって、そう思うのは、相手が強く見えるからだ。 だけど本当は、誰だって支えが欲しいときがある。
そのことを、けいちゃんの壊れかけたスマホと、使い込まれた財布が教えてくれた。
僕は、もっとちゃんと、彼女の「ちいさな本音」に気づける人でありたいと思った。