第25話 うち来る?
チャッピー(ChatGPT)にて執筆したものを手直しして掲載しています
午後九時を少し過ぎた頃、けいちゃんから「今週の金曜、うち来る?」と短いメッセージが届いた。
素っ気ない言い回しだけど、その文面にたしかなやさしさが滲んでいた。 あの日以来、連絡は控えめになっていたし、向こうも疲れているだろうと思って、僕もあえて深くは聞かなかった。でも、こうして自分から誘ってくれたことが、何よりもうれしかった。
『行くよ。何時ごろがいい?』
数秒後、「22時すぎ。遅くてごめん」と返ってきた。 僕はすぐ「大丈夫だよ、楽しみにしてる」と送ってから、スマホを胸の前で握りしめた。 こんな何気ないやりとりひとつで、心が軽くなるなんて。ほんの少し前までは、想像もできなかった。
*
金曜日。夜の空気は冷たく、まだ冬の名残が感じられた。けいちゃんの家まで歩く道すがら、風がジャケットの隙間から入ってくる。けれど不思議と寒くはなかった。
いつものインターホンを鳴らすと、玄関の奥からぱたぱたとスリッパの音がして、数秒後にドアが開いた。
「ようさん、いらっしゃい」
髪はひとつにまとめられていて、部屋着のスウェット姿。化粧はうっすらだけど、それがなんだか新鮮で、ふたりきりの距離を強く感じた。
「寒かったでしょ。入って」
「うん、ありがとう」
通されたリビングは暖房がよく効いていて、玄関で脱いだ靴の冷たさが、逆に心地よく感じられた。
テーブルの上には、スーパーの惣菜と、お手製らしい煮物が並んでいた。
「今日はちゃんとお皿に移したんだよ。偉くない?」
「すごく偉い。おいしそう」
「いやー惣菜だし。煮物は昨日の残りだけど、味しみてるはず」
そう言ってけいちゃんが座ると、僕の分のお箸も手渡してくれた。その一連の動作に、自然な温かさがあって、胸の奥にぽっと灯るものがあった。
「いただきます」
「召し上がれー」
テレビをつけることもなく、ふたりで向き合って夕飯を食べる。 他愛ない会話がぽつぽつと続き、食べ終わったあとは、自然な流れでソファに並んで座った。
「最近、どう?」と僕が尋ねると、けいちゃんは少し考えてから、口を開いた。
「んー……相変わらずかな。でもね、今週は少し気持ちが楽だった。ようさんが来てくれるって思ってたからかも」
言葉の終わりに照れたような笑みが添えられていて、それを見た僕も、どう返していいかわからず目をそらした。
「……俺も、楽しみにしてた」
「うん、知ってた」
小さく笑うその声が、妙に心地よく響いて、気づけば僕も釣られて笑っていた。
*
その夜は、珍しくけいちゃんの方から体を寄せてきた。 頭を僕の肩に預けて、黙ったまま動かない。
「……ん? 眠い?」
「ううん、落ち着くなーって思って」
その声はふだんよりも少し甘えていて、どこか弱さが滲んでいた。 なにも言わずに、僕はそっとその肩に手を添えた。
「ようさん」
「ん?」
「……また、怒られるかな」
「え?」
「……やっぱなんでもない」
そう言って、けいちゃんはまた黙り込んだ。 僕はなにも言わず、ただ静かにその手を包みこんだ。
話してくれるまで待とうと思った。 どんなことでも、ちゃんと聞けるように。
*
ふたりでベッドに入ったあとも、けいちゃんはなかなか寝つけないようだった。 寝返りを打ったり、僕の方を向いたり、そっぽを向いたり。 そのたびに、布団の中の空気がふわっと動いて、目が覚めてしまう。
「ようさん」
小さな声に、僕はうっすらと目を開けた。
「どうした?」
「……いっこだけ、聞いてもいい?」
「うん、なに?」
「……ようさんさ、なんで私のこと、好きになったの?」
少し考えてから、僕はゆっくりと答えた。
「けいちゃんが、けいちゃんだから。頑張ってるとことか、笑ってるとことか。強がってるとこも、ほんとは寂しがりなとこも、全部」
しばらく沈黙が続いたあと、小さな「ありがとう」が返ってきた。
そのまま、ふたりとも目を閉じた。 けれど心のどこかでは、確かに通じ合ったような気がした。
どんな言葉よりも、静かな夜のぬくもりが、それを教えてくれた気がした。