第22話 揺らぐ気持ちと真っ直ぐな声
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
Moonの店内に差し込む夕陽は、照明がつく前の静けさの中で、やけに柔らかく見えた。
この時間帯の店は、まだ誰の声も混じらず、まるで誰かの心を覗き込むような、繊細な空気をまとっている。僕は仕事が早く終わるとMoonに来て手伝いに来たと言って時間を潰すことが増えていた。
ゆっくりとグラスを並べていると、けいちゃんが、ひょいと顔を出してきた。
「ようさん、あのさ……ちょっと、いい?」
彼女の声に、思わず手を止めて振り返る。
「うん、大丈夫だよ」
「……じゃあさ、ちょっと外、行かない? すぐ戻るから」
けいちゃんの表情はいつものように明るかったけど、その奥にある、少しだけ沈んだ目元に気づいた。
裏口から外に出ると、夕焼け空のグラデーションが街を包んでいた。車の音と、自転車のブレーキ音と、どこかの家から漂う夕飯の匂い。生活のざわめきの中で、僕らだけがぽつんと取り残されたような気がした。
「ねえ、ようさんってさ」
けいちゃんが、唐突に言った。
「ん?」
「……彼女、いたことある?」
僕は少しだけ考えてから、静かに頷いた。
「うん。大学のときに、一人だけ」
「ふーん……その人のこと、まだ好き?」
目を見て聞いてきた。真剣な表情で。
「いや。もう、終わったことだから。ちゃんと、気持ちはないよ」
「そっか。……ちゃんとしてるね」
彼女はふっと笑って、視線を逸らす。
「私さ、なんか、よくわかんなくなってきて」
「何が?」
「自分が、ようさんのこと、どう思ってるのか。いや、好きとかそういうのじゃなくて……いや、そういうのなんだけど」
「うん」
「なんかさ、ようさんって、ちゃんとしてるじゃん。優しいし、真面目だし、そういうとこ、ずるいんだよ」
「ずるい、って?」
「うん。だって、好きになっちゃうじゃん。そんなの」
けいちゃんは、鼻をすすって、いたずらっぽく笑った。
「……でもさ、私、恋愛とか向いてないって思ってたし、ホステスだし、いろいろあるし……」
「うん」
「でも、なんかさ、ようさん見てると、普通に恋したくなるの。なんだろうね、これ」
僕は、夕陽の向こうで揺れる彼女の横顔を見ながら、そっと言った。
「俺、けいちゃんと話してるとき、なんか安心するんだ」
「……ほんと?」
「うん。変な意味じゃなくて。素でいられるっていうか。……無理しなくていい感じ」
けいちゃんが、ゆっくり僕の方を見た。
「ようさんって、ほんと、ずるいね」
「またそれ?」
「だって、好きになっちゃうじゃん。……あーあ、言っちゃった」
その言葉に、僕の心臓が一瞬、止まりかけた気がした。
「でも、言ってみただけ。忘れて。ううん、忘れなくていいけど、でもほら、今はそういうのじゃないから」
「……わかった。でも、嬉しかった」
けいちゃんが少し照れくさそうに笑う。
「はー……なんか、すっきりした。じゃ、戻ろっか」
戻った店内は、ほんの数分前と変わらないはずなのに、なんとなく、違う空気が流れている気がした。
けいちゃんは、カウンターに立って、グラスを磨きながら、いつもの調子で笑っている。
だけど僕にはわかっていた。
今夜からまた少し、彼女を見る目が変わってしまうことを。
それでも——きっと、それでいいと思っていた。