19話 恋心
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
――いつものように、Moonの開店準備が始まる夕方。
入り口のドアを開け放ったまま、店内の空気を入れ替えていた。 カウンターでは明日香がグラスを拭いていて、奥ではみきが棚に並べるボトルのラベルを一つずつ丁寧に拭いている。 私はといえば、氷を入れるバケツを冷凍庫から出してきて、カラカラと音を立てながらいつもの位置に置いた。
「けいちゃん、なんか最近ちょっと変わったよな」
その声に顔を上げると、グラスを両手で持ったまま明日香がにやりと笑っていた。
「え、なにが?」
「なにがって、雰囲気?なんかこう……柔らかくなったっていうか」
「それ前も言ってたじゃん」
「でも今日のは本気のやつ」
冗談めかしながらも、どこか探るような目で見てくる明日香に、私は思わず笑ってしまった。
「それ、褒めてるの?」
「もちろん。前のけいちゃんも好きだけど、今のけいちゃんも好き。なあ、みき?」
「うん、なんか楽しそうに見えるよ、最近」
棚のボトルを並べ終わったみきが、振り返って微笑んだ。
――楽しそう、か。
自分ではあまり自覚がなかったけれど、たしかに最近、何かが違っている気がする。 仕事のことや、家のこと、いろいろ考えるべきことは山ほどあるのに、ふとした瞬間に心があたたかくなるような、そんな感覚。
「そういうのって、さあ……」 と、明日香がこちらを覗き込むようにしてきた。 「恋?」
「ちがうし」
私は即答したけれど、みきも明日香も「ほら、図星」と言わんばかりに顔を見合わせていた。
「べつに、そんなんじゃないよ。だって、恋ってもっと相手のために自分を犠牲にしてなにかするとか…そう言うやつでしょ??」
「それ、昔のけいちゃんの恋愛観でしょ」 明日香がくすっと笑う。 「いまのけいちゃん、そうでもなさそうに見えるけどな」
私は手に持っていたバケツの氷を混ぜるふりをして、目をそらした。
「村田さんのこと、でしょ」
みきのその一言に、背中がぴくりと反応したのを、自分でも感じた。
「…え?…なにそれ」
「うちら、見てないようでけっこう見てるよ? ようさんが来ると、けいちゃんだけ笑い方がちょっと違うし。 なんかね、うれしいけど戸惑ってる、みたいな顔してるの」
そんなふうに見えてたのか。
「やっぱり、ちがうんだよね。"ようさん"に対しては」
明日香の言葉に、私は少しだけ口を開きかけて、でもすぐに閉じた。
――違う。
そう、違う。
気づいたときには、もう彼のことを気にしている自分がいた。 仕事終わりにふと見上げた月の夜、店に来た彼の笑い声、真剣な眼差し。 ひとつひとつが心に残って、知らない間に、私の中で居場所を作っていた。
「でもさ、なんかさ……」 私は言葉を選びながら口を開く。
「こうやって、恋してて、なんか普通の女の子みたいにしてていいのかなっていうか……」
「つまり今幸せってこと?」 みきがやわらかくそう聞いた。
「……そうかも」
ぽつりと落とした言葉に、バケツの中の氷がカランと鳴った。
「そんで、ようさんが他の子と話してると、ちょっと不機嫌になってるし」
明日香が笑いながら言ってくる。
「え、うそ、そんな感じした?」
「わかりやすすぎ。口数減るし、視線もなんか刺さってるし」
「うわ……最悪じゃん……」
私は顔を覆った。恥ずかしさと、少しのくすぐったさ。
「でもいいよ、そういうの」 みきがふわっと笑った。 「なんかさ、けいちゃんも、ちゃんと『誰かを好きになる』ってことあるんだなって思って、ちょっとうれしい」
私は何も言い返せなかった。 言葉にならない感情が胸の奥に広がって、だけどそれは、少しも重たくはなかった。
むしろ。
恋って、こんなにあたたかくて、穏やかで、やさしいものなんだって。
開店の準備が進む店内に、夕焼けの光が差し込んで、私たちの影をのばしていた。
その中で私は、誰にもまだ言っていない想いを、心の奥でそっと撫でるように抱きしめていた。
――たぶん、これは恋。
きっと、もう逃げられないくらいには。