第17話 優しさ
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
今日はいつもより少しだけ早く帰れた。
会社のデスクを出て最寄駅に向かう途中、車に乗り込んだときにはすでに外は暗くなっていて、季節の移ろいをふいに感じる。夜の空気はすっかり冷たくなっていて、運転中に窓を開けるのは、そろそろやめた方が良さそうだ。
Moonのある通りに着くと、ふと視線を上げた。店の前を歩く女性がひとり、こちらをちらりと見てから、くるりと中に消えていく。……けいちゃんだった。
まだオープン前のはずなのに、少し早めに来ているらしい。荷物が多く見えたから、もしかしたら買い出しか何かを頼まれていたのかもしれない。
車を止めてすぐにMoonのドアを開けると、彼女はカウンターの奥にいて、大きな紙袋を抱えながら冷蔵庫に何かを詰めていた。
「こんばんは」
声をかけると、けいちゃんはぱっと振り返って笑う。
「おっ、ようさん! 今日は早いですねー。なんかいいことでもありました?」
「いや、たまたま残業がなかっただけだよ」
僕の返事に、けいちゃんは「そっか」と頷き、紙袋の中身を取り出しながら会話を続けた。
「この前、お酒の発注間違えちゃってさ、今日届いた分、入れてるところなの。良かったらちょっと待っててくれる?」
「うん、いいよ。手伝おうか?」
「大丈夫ー。これは私のミスだから、自分でやっとく」
そう言ってから、けいちゃんはふと僕を見た。
「……でも、気持ちだけありがと」
その一言に、少しだけ胸が温かくなる。最近、こんなふうにふとした瞬間に、けいちゃんとの距離が縮まったような気がする。でもそれは、あくまで“気のせい”かもしれないと、自分に言い聞かせてしまう。
彼女の中にはきっと、いろんな人がいる。店に来る常連さんたち、同僚、友達……僕だけに向けられているものだなんて、思わない方がいい。そう思ってはいても、やっぱり嬉しくなるのが、本音だ。
しばらくして開店の時間になると、少しずつ店内がにぎやかになってきた。今日は大田さんのグループが来ると聞いていた。
「けいちゃーん、今日も可愛いなぁ」
「ありがとーございまーす。でも大田さん、今日は酔いすぎないようにお願いしますね」
けいちゃんは、場の空気を読みながら軽やかに立ち回る。プロの接客だと思う。明るくて、愛想がよくて、でもどこかでちゃんと線を引いている。
大田さんの視線が、やたらとけいちゃんを追っているのがわかる。視線だけじゃなく、発言も、やたらと距離が近い。
僕がその様子に気づくたびに、胸の内に渦巻く感情が膨らんでいく。
嫉妬、なのかもしれない。でもそれを認めてしまうのが怖かった。
僕はただの常連客で、けいちゃんはホステス。僕が好意を持っているとしても、それが彼女にとって特別な意味を持つわけじゃない。
だから、気にしないふりをする。でも、本当は……ずっと気にしてる。
その夜、大田さんたちが帰ったあと、けいちゃんが僕の隣に座った。
「今日は……ちょっと疲れたー」
ぽつりと漏らすその声が、少しだけかすれていた。
「大田さん、しつこかった?」
思わず聞いてしまうと、けいちゃんは苦笑いしてうなずいた。
「まぁねー。でも、慣れてるから大丈夫。……ようさんがいてくれて、助かったよ」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「……何かあったら、言って。できることは少ないかもしれないけど、俺、けいちゃんのこと……守りたいと思ってるから」
けいちゃんは目を丸くして、少しだけ黙った。
「……ありがと」
それだけ言って、視線を落とす。
それ以上は、何も言えなかった。言ってしまえば、壊れてしまいそうな空気だったから。
店を出るころ、けいちゃんがぽつりと言った。
「ようさん、優しすぎるよ」
その言葉の意味を、僕はまだうまく読み取れなかった。ただ、優しさが遠回しに否定されたような気がして、少しだけ、胸が痛んだ。