第16話 気づかれた思い
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
早朝の空気は、まだ眠たげに揺れていた。 車のフロントガラスに朝露が薄くにじみ、エンジンをかけたときの震えが、いつもより頼もしく感じられる。土曜日のこの時間帯にしては、やけに静かで、心なしか道路も空いていた。
僕はいつもより少し早めに家を出ていた。今日、彼女を迎えに行く。それだけの違いなのに、朝の景色がまるで別物に見えるのが不思議だった。
けいちゃんを迎えに行くことになったのは、昨夜のやりとりがきっかけだった。
『明日、駅から歩くのしんどいなぁ〜。雨降ったら最悪やし』 『じゃあ迎えに行こうか?』 『え、いいの?助かる〜!うち、朝テンション低いから、気合い入れてきてな♪』
そんな軽いやりとりのつもりだった。けど、気づけば自分でも驚くほど入念に車内を片付けて、CDまでお気に入りのアルバムに差し替えていた。彼女が座る助手席のシートを拭いて、何度もミラー越しに自分の表情を確認したりして――何やってんだろう、僕。
まだ少し肌寒い朝。駅前のロータリーには、ちらほらと通勤客の姿もあった。
指定した時間の5分前。僕は少し離れた場所に車を停めて、LINEを開いて彼女に「着いたよ」とだけ送った。ほんの十数秒で「おっけ〜今いくっ」とスタンプ付きの返信が届く。
そして、目の前のロータリーに姿を現した彼女。
大きめのパーカーにキャップ姿。化粧っ気は薄く、マスクをしていてもその笑顔はすぐに分かった。彼女が僕を見つけると、ひらひらと手を振る。
「おはよ〜!朝から優しさ満点やな、ようさん」
「おはよう。……そんな格好で来るんだ」
「え、寝起き感出てる?まさか幻滅した?」
「いや、似合ってる。思ったより……かわいい」
「ふふっ、今の、けっこうキュンってした。うち、ポイント高い?」
彼女は助手席のドアを勢いよく開けて乗り込み、バッグを足元に置くと、シートベルトを締めながらにやにやと僕の顔を覗き込んだ。
「意外と緊張してるやろ?どこ見ていいか分からん顔してる」
「……うるさいな」
けいちゃんとこうしてふたりきりでいる時間は、まだ慣れない。Moonではあれだけ自然に話せるのに、密室の車内では不思議なほどぎこちなくなる。
だけどそれが、なんだか少し心地いい。ぎこちなさすらも、彼女としか味わえない時間だと思うと、悪くない気がした。
車を発進させ、いつもの道を走り出す。彼女は窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「なんかさ、こうやって迎えにきてもらうの、ちょっと夢みたいやね」
「……夢?」
「うん。うち、こういうの憧れててん。彼氏に駅まで迎えにきてもらって、そのままドライブとか……なんかドラマっぽいやん?」
「そっか……それ、俺でもいいの?」
少しの沈黙のあと、彼女が笑った。
「いまの、ちょっとずるいな。朝からそんな聞き方されたら、照れるやん」
冗談めかして笑いながら、けいちゃんは僕の方を見て言った。
「でもな、ゆうさんがやから嬉しいんよ。たぶん、他の誰かやったら『ありがと〜』だけで終わってた」
その言葉に、胸の奥がふっと熱くなる。
信号で止まったとき、彼女がそっとエアコンの吹き出し口をこっちに向けた。
「寒ない?朝って意外と冷えるよな」
「うん、ちょっとね。ありがとう」
何気ない気遣いが、僕にはすごくあたたかく感じた。
店に到着するまでの短い時間。会話は途切れがちだったけど、不思議と沈黙が居心地悪くなかった。たぶん、彼女も同じ気持ちだったんじゃないかと思う。
Moonの前に車を停めると、けいちゃんがちらっと僕を見て言った。
「今日はありがと。なんか……またお願いしたくなるやつやった」
「いつでも言って。駅で待つの、けいちゃんだけやから」
「ふふっ、うん。じゃ、行ってきます!」
小走りで階段を上っていく後ろ姿を見送りながら、僕はまだ胸の奥がくすぐったい感覚のまま、深く息を吐いた。
彼女の言葉ひとつで、こんなにも気持ちが揺れるなんて。
――やっぱり俺は、けいちゃんのことが好きなんだな。
思い知らされた、土曜の朝だった。