第13話 は二人の時間
チャッピー(ChatGPT)にて執筆し手直ししたものを掲載しています
Moonの暖簾をくぐった瞬間、ふわりと香る甘いお酒の匂いと、微かに混じるアロマのような香りに包まれる。この匂いを嗅ぐたび、少しずつこの店が“ただの飲み屋”ではなく、“心を休ませられる場所”になってきているのを感じる。
カウンター席にいつものように腰掛けると、奥の方でスタッフが声をかけ合うのが聞こえた。けいちゃんはまだ出ていないらしく、今日は最初に違う女の子がついた。
「こんばんは、村田さんでしたよね?」
人懐っこい笑顔で話しかけてくれるその子に、僕も柔らかく会釈して返す。彼女の接客に不満があるわけではない。でも、自然と意識の端で、奥の扉が開く音を探してしまっている。
それから間もなく、「おまたせっ」と明るい声が背後から届いた。
振り向くと、けいちゃんがいつものように元気な笑顔を浮かべて、僕の隣にすっと座った。
「わっ、今日ちょっと遅かったやん。待った?」 「いや、大丈夫。ちょうど今来たとこ」
嘘じゃないけど、本当でもない。僕の中にある“会いたかった”の気持ちは、口に出せば軽くなりそうで、代わりにグラスの氷を指でつついた。
「この間さ、駅前のパン屋さん行ったって言ってたやん?どうやった?」
けいちゃんの言葉に、ふっと肩の力が抜ける。こうやって日常の話題を自然と拾ってくれるところが、彼女の魅力だと思う。
「うん、美味しかったよ。あのクロワッサン、ちょっと感動した」
「やろー!?あれめっちゃ好きなんよ、私!」
テンション高く、身振り手振りを加えて話すけいちゃん。その無邪気さを見ていると、こちらの気持ちも柔らかくなる。
「でも、あのあと仕事でトラブルあってさ。せっかくの気分も吹き飛んだよ」
「えーっ、それ最悪やん。……今日、元気なかったのって、それ?」
「ん。……まあ、ちょっとだけね」
彼女は一瞬だけ真顔になったあと、少しだけ距離を詰めるようにして寄ってきた。
「あたしのでよかったら、元気分けてあげるよ」
そう言って、にかっと笑ったけいちゃんの目の奥が、ほんの少しだけ寂しげに見えた。
何か、彼女の中にも重たいものがあるのかもしれない。けれど、そういうことを無理に聞こうとは思わない。
「じゃあ、ありがたく分けてもらおうかな」
そう言ってグラスを持ち上げると、けいちゃんも自分の飲み物を掲げてくれた。
「かんぱーい。……おつかれさま」 「うん、おつかれ」
グラスが軽くぶつかる音が、静かなBGMに溶けていく。
そこからは、他愛もない会話が続いた。けいちゃんが好きな漫画の話。近所にできたカフェの話。職場でのちょっとした出来事。
僕が話すたびに目を丸くして驚いたり、声を上げて笑ったり。ときどき小さく頷いて、静かに聞いてくれたり。
どの反応も、気持ちの良い温度を持っていた。
そんな時間のなかで、不意にけいちゃんが声のトーンを落とした。
「ねえ、ようさんって……怒ったりすることある?」
「え?」
「いや、なんか。いつも穏やかで優しいから、あんまり想像つかへんくて」
僕はしばらく考え込んでから、首を少しだけ傾けた。
「うーん……怒ること、ないわけじゃないけど。誰かにぶつけたりはしないかも」
「そっか……そーいうとこ、すごいなって思う」
照れたように視線を逸らしたけいちゃんを見て、なんだか少しだけくすぐったい気持ちになった。
彼女に褒められるのは、なんだか特別なことのような気がして。
「でも、けいちゃんが他の人に優しくしてると、ちょっとだけ……ヤキモチやくかも」
つい、ぽろっと本音がこぼれる。
けいちゃんは、最初きょとんとした顔をして、それから声を押し殺して笑い出した。
「えー、めっちゃかわいいこと言うやん!」
「いや、今のは忘れて」
「えー、無理ー。むしろ書き留めときたいレベル」
そんな軽快なやりとりの中で、僕の胸の奥にあった曇りは、少しずつ晴れていった。
月明かりのように、優しく静かに、けいちゃんの存在が僕を照らしてくれているようで。
今日もまた、来てよかったと思えた夜だった。