第四話「兄妹差分」
俺たちがメールで会話を始めて、三週間が経とうとしていた。その間、俺たちは毎日最低一通はメールを送りあっている。
基本的に京さんが日常の出来事を呟きアプリ代わりに送ってくるから、それに対して俺が反応する。もちろん俺からも何か話題になりそうなものを送ることはある。ただ、流石女子高生と言ったところか、京さんの方が新しい話題を送ってくることが多い。
お互い送りたい時に送って、新しい話題を思いついた時に話が変わるから、朝の挨拶や寝る前に一言なんてものがない。まあ、そういうのは恋人同士がやることだ。俺たちの傷の舐め合いは、兄妹のような他人。変に気を遣っていたらこの関係を続けていない。
『GWはどこかに行きますか? 私は初日だけ友達とカフェに行きます。それ以外は引きこもりです』
「おい、花の女子高生」
話題を振ったんなら、もう少しなんか予定ないのか。高一の最初の連休なんて全日遊び行くのが普通じゃないのか? いや、人の予定にとやかく言う気は無いが。
『俺はバイトです。店長がGWは時給上げるって言っていたので、全日入れてやろうと思ってます』
元々、美矢子の死を誤魔化すように始めたチェーン店のバイトだったが、案外働きやすく、一人暮らしを始めた今でも勤めている。流石に土地が違うから同じ店ではないが。
大学生は常に金が足らん生物と聞くし、ちょうどいい。
『そういえば私も高校生になったから、バイトができる年齢ですね。おすすめのバイトってありますか?』
京さんに似合うバイト、か。
見た目が分からないから、変に客寄せパンダになる可能性のものは避けた方がいいだろうか?
この一ヶ月弱の期間、毎日メールしていたことで段々と彼女の事がわかってきた。
京さんは察する能力……いや、メールを読んでるだけだからこの場合は読解力と言うべきだろうか。これが異常に高く、書くのが面倒で端折った言外の意味を汲み取る事がある。その上、頭が良い。彼女は「やることがなくて勉強だけに没頭していた」と言っていた。それは俺のバイトを勉強に置き換えただけじゃないかと思ったが、すぐに頭から霧散させた。
そして、ここが彼女の面白いところなのだが、頭がいいのにそれを活かせることが少ない。良く言えば天然、悪く言えば頭の良いバカだ。如何に結生さんが過保護に育てていたかが垣間見える、世間知らずさを発揮することもある。
それがたまに美矢子と重なることがあり、何とも喋りやすい。いや、あいつの場合は天然、世間知らずというより、ただの厨二病でただのバカだったが。
さて、話を戻してバイトの話だ。
「そういえばこの前、たい焼き専門店が近くにあるとか言ってたな」
学校付近だと学生が来る確率は高いから、友人たちに来られると嫌ならやめた方がいいかもしれない。けど、高校生のバイトとしては割と面白そうな気がする。むしろ俺がやってみたい。ただバイト帰りに電車に乗るとなると親御さんは心配するだろう。というか俺からすると日曜とかにバイト入れたらその為だけに電車乗るのは嫌だな。
「メリットデメリットを合わせて女子高生が楽しめそうなバイトの案を出してみるか」
全く、結生さんめ。社会勉強を全部俺に押し付ける気だな? 言っておくが、俺はあんたみたいに甘やかすことはしないからな。
俺はいくつか良さそうなものを見繕って返信しておいた。
『わー、ありがとうございます^^ ちなみに悠生さんはどんなバイトをしてますか?』
「あおっ……てないよな? 単純に喜んでるんだよな、これ」
大学のゲーム好きの友人からFPSをやる時はこの顔文字を多用する、と聞いたことがあるし、そいつが俺を小馬鹿にする時に実際に使ってくるせいで、なんとなく煽られているイメージがついてしまった。
それにしても、初めて顔文字を使ってるところを見たが、学校で誰かに教えてもらったのだろうか?
微笑ましいと思ったが、教えてもらった顔文字がこれだったら少し物申したいところである。
『俺は大型家具のチェーン店で働いてます。バイト終わりに手を出しにくい家具を見て帰るのも楽しいですよ。インテリアのモデルとかもあるので自室の参考にもなりますし』
嘘だ。インテリアをすげぇと思うことはあっても真似したことなど一度もない。ただ、その場に入って、空気を味わって満足している人間だ。外で掃除をする時は徹底的にやるくせに、自宅は荒れ放題の人間とさほど変わらない。
『それも面白そうですね^^ 家具店も参考に入れてみます^^』
「おい、マジで教えたやつ誰だよ」
まさかバイトの話をしていたはずなのに、顔文字講習をせねばならないとはな。