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第三話「代替」

 眠たくなる必須単位の講義が終了して伸びをする。


「よう、岸。これからサークル見学でも行こうかと思うんだけど、お前もどうだ?」


「サークルか」


 帰り支度をしていると、昨日同じ講義を履修登録した男から声を掛けられた。どうやらあの時の軽く会話したことで、俺のことを覚えたみたいだ。


 サークル見学、行きたくないわけじゃないが、あのスイーツ店、確か早めに閉まるんだよな。


 俺はスマホでスイーツ店の閉店時間を調べようと画面をつけると、

『from:miyako_spider_lily』

 また京さんから返信が来ていた。


「……悪い、ちょっと予定があるから明日なら行くわ」


「おーう、明日も明日で見たいサークル違うし、構わねえぜ」


「明日は絶対行くわ。んじゃな」


 別にそこまでして早くメールを見たいわけじゃないんだが、なんとなく遅く返すのは良くない気がして、誘いを断ることにした。


 俺は急ぎめにスイーツ店に寄り、苺のモンブランを購入して帰宅した。そして、美矢子の写真の前に苺のモンブランを置いたところでメールを確認した。


『私にも蜘蛛が好きだからと、英訳をそのままメールアドレスに入れた兄がいました。兄の名前は『結生』と書いて『ゆうき』と読みます。兄を真似て、私もこんなメールアドレスにしました。『lily』の部分はユリです。なんだか似た兄妹を持ちましたね』


「蜘蛛とユリの英単語を一緒のメアドに入れる人間がこの世にいるとは思わんだろ……」


 美矢子もなかなかぶっ飛んでたが、この子もそういうタイプ……なのか?


 ……いや、なんか引っかかる。


 変なメアドというなら、それは蜘蛛だけの兄よりユリを追加した京さんの方だ。なのに自分のことを棚上げして、似た兄妹を持ったと言うだろうか。


『本当にゆうきお兄ちゃん、なの?』

 一通目の京さんから届いたメールを思い出す。そして、

「兄がいました……か」


 過去形ってことはそういうことなんだろうな。でも、わざわざそれを言う必要があるか? 別に「います」でいいじゃないか。知らん人間に情報を渡す必要なんて、どこにも……いや、待てよ?


 嫌な予感がして、俺は今朝自分が送ったメールを読み直す。


「緩いノリのふざけた奴でした……あー、やったわ……」


 迂闊だ。何も考えずに美矢子の説明に過去形を使っている。俺が先に過去形で話を進めた事で勘づかれた。そして多分、向こうも同じだから過去形を使い『似た兄妹を持った』と言ったのだろう。


「会話苦手なら察するのも苦手でいてくれよ……」


 これなんて返すのが正解だ?


 変な同情は、いらないだろ。昨日今日の面識しかない赤の他人だし。向こうもそれをわかっているのか、あえて直接的に言ってこない。気付いても言うなという言外の圧すら感じる。


「てかこれ、会話終わったよな。返信に悩む必要あるか?」


 間違い電話を掛けたらそのまま話が弾んでしまった、そんな空気も一区切り。だからもう終わってもいいんだが……やっぱり何か返そうかな、と思ってしまう自分がいるのを、俺は否定出来なかった。





 翌朝、メールの返信を考えたまま寝落ちした俺はスマホの振動と無機質な着信音で目を覚ました。寝惚けた頭で何も考えずにメールを開くと、メールの主は京さんだった。


『おはようございます。私は今日から高校生です。電車通学って、乗ってる時間が無駄な気がします』


「なんだこの日常会話」


 俺のメアドを呟きアプリか何かと勘違いでもしているのか? しかも心做しか、俺が最初に送ったメールの文章に寄せている気がする。


「って、もうこんな時間かよ!」


 メールが届いてなかったら遅刻確定だ。これは京さんに感謝しなければならない。これが美矢子だったら「寝坊助お兄ちゃんへ、先に行ってるよ〜」って書き置きがあるだけだろう。


 俺は慌てて支度をして、流石にメールの返信を考える暇はなく午前の講義を受けに行った。


 講義が終わって昼休憩。俺は食堂の一角に座って昼食を摂りつつお礼のメールを入れることにした。が、


『入学式が終わって、今日は午前のみでした。これから、学校から駅までの間に何かお店がないか見て回ろうと思います』


「変に懐かれたな……」


 お礼を言う前に、もう一通メールが届いていた。


 これはもう親に送る「〇〇ちゃんと〇〇に出掛けてくる」レベルの報告だろ。どんな返事を期待されているのか全くわからない。


「……とりあえず今朝のお礼だけでも送るか」


 それにしても今日から高校生なのか。


 美矢子が生きていたら今年は大学受験だから、更に年下になる。いや、そんなことより--


「『みやこ』が、高校生になれたのか」


 叶わないと思った願いが、少し歪な形で叶う。


 誰にも言えない小さな幸せが、荒々しく直したつもりの傷を少しだけ、本来の姿に戻してくれた気がした。


「なるほどな……この子の言いたいことはそれか」


 兄の代わりとして話しかけるから、そっちも妹の代わりとして話せ。恐らく彼女はそう言いたいのだろう。


 お互い家族を亡くしている身。どの発言が地雷になるか分からない。しかし、こんなメアド一つでしか繋がっていないような人間に縁を切られても痛手ではない。


 それならこちらとしても都合がいい。どうせすぐにメールを送ろうとする癖は抜けそうになかった。美矢子に送るつもりで京さんにメールすればいいだけ。


「そうと決まれば、このお礼文だけ送るのは味気ないよな。もっと文を足すか」


 なんかグダグダ考えてはいるが、実際はとても単純な話。


 これは--傷の舐め合いだ。

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