Re:第二話「でした」
「なんて聞けばいいんだろうぅぅぅ……」
二日後、私は自室のベッドの上でうつ伏せになっていた。頭の中は悠生さんと妹の『みやこ』さんのことでいっぱいだった。
なんとなく、本当になんとなくなんだけど、この間違いメールは私がいつまでも立ち直れないことを心配した、お兄ちゃんからの最後の贈り物のような気がした。そうじゃなきゃ、こんな偶然はありえない。
だから、お話したいんだけど……
「私、お兄ちゃんがいたから話せてたからなぁ……」
お兄ちゃんと一緒にいないと喋れないとか、そういうのじゃない。どこで喋っても、どこで何か言われても、帰ればお兄ちゃんがその話を聞いてくれた。だからどんな状況でも「帰ったらこの話をお兄ちゃんにするんだ」って心で決めれば怖くなかった。けど、その部分は今や空洞。話す内容は分かっていても、話しかける勇気が出ない。
「結生を失ったことで勇気を失ったってこと? ははっ」
自暴自棄気味に乾いた笑いしか出てこない。
もうこのテンションのまま送っちゃおうかな。
『妹さんってどんな人ですか? どんな状況でこんなアドレスと間違えるようなメールアドレスを教えたんですか?』
もういいよ、これで。
聞きたいことは書いたでしょ。
私は半ば投げやりに送信ボタンを押した。
一分後、スマホが震えてメールの受信を報せる。
「えっ!? は、早い……」
送るだけでテンションが上がったり下がったりして疲れたのに、こんな返信が早いなんて心の準備が出来てないよ!
私はバクバクと音を立てる心臓を落ち着かせるため、深呼吸をしてからスマホのロックを解除した。
『スマートフォンの新規ご契約、誠にありがとうございます。店内でのスタッフの対応について五分程度のアンケートをお願いします』
私は枕を殴った。
そうだよね! お母さんとお父さん、悠生さん以外にケータイ会社もメールアドレス知ってて当たり前だよね!
無駄に血流を良くしただけの心臓が一瞬にして平常運転に戻る。
「はぁ……何やってるんだろ、私」
一旦気にしないようにしようと、明日の高校の入学式の準備を始める。その十分後、スマホが震えて再度メールの受信を報せる。
『from:yuki_firefly』
今度こそ悠生さんからの返信だ。
さっき一人でドタバタしたせいか、今度は何の緊張もせずにメールを確認した。
『妹はあなたと同じ名前で『美矢子』と書きます。緩いノリのふざけた奴でした。赤い花が好きで、このメアドも彼岸花の英訳をそのまま使いたがっていたんです。俺はローマ字にしとけって言ったんですがね。変な妹でしょう?』
「へぇ、私とは漢字が違うんだ。……えっ、彼岸花って英語でspiderlilyなの」
なんという偶然なんだろう。蜘蛛とユリが合わさると彼岸花になるなんて驚きだ。間に「_」を入れるか入れないか程度の違いなら間違えるのも納得できる。
「お兄ちゃんも、お母さんから好きな蜘蛛をそのままメアドに入れる変な子って、言わ、れて……あれ?」
お母さんとの会話を思い出すと、メールに違和感を覚えた。私はもう一度メールを読み、ある事に気付く。
「これ……過去形……」
何かの漫画に、結婚する娘の親族挨拶で懐かしむように話す父親が、そんな言い方をしてたのは読んだことがある。でも悠生さんは大学生になったばかりだから、美矢子さんは少なくとも高校生。
他に使うとしたら第一印象をあとから言う場合。けど自分の妹の説明に第一印象なんて言わないと思う。
そうなると、答えは限られてくる。
離別か、死別か。
詳しいことまでは分からないが、悠生さんと美矢子さんはもう会えていないのだろう。
文章から察するに、悠生さんは私にその事を伝える気はなかったような気がする。だって四日前にお兄ちゃんの話をしてくれた、お母さんと同じ空気を感じたから。
もし、私の推測が正しかったとしたら、『みやこ』という妹をなくした『ゆき』と、『ゆうき』という兄をなくした『みやこ』が偶然にも一致したメールアドレスで繋がったことになる。
「お兄ちゃん、凄い贈り物を送ってくれたね……」
もしかしたら悠生さんの誤字だった、で終わる話かもしれない。私が仲間を求め、深読みし過ぎた結果ならそれはそれでいい。だけど、もし私と同じで欠けた部分を求めているのだとしたら、
「会話を、続けてみたい……」
会話を続けるなら、向こうが返信をしたくなるような内容にしなければならない。そして、向こうに私の状況を暗に伝えたい。伝わらなかったら、もうやりとりは終わりにしよう。元々、住んでる場所も顔も声も分からない完全な他人だもん。この繋がってしまった糸が切れたら終わり、単純明快だよね。
「よし、じゃあ何に反応してくれるか分からないし色々話しかけてみよう」
別に立ち直れた訳じゃない。慰められた訳でも悟りを開いた訳でもない。
ただ、仲間なら行動したいという原動力を手に入れただけだ。