第二話「でした」
翌朝、美矢子に供えてやった苺のタルトを頬張っていると、テレビで美矢子の好きなアイドルが出ていた。
「ほー、このアイドル、次はゴールデンのレギュラーMCやるのか」
これは新しい話題だ。早速美矢子にメールを……って、そうだった。もうメアドは美矢子のものじゃなくなったんだ。二年も毎日やっていれば、ふとした時にメールを送りたくなる。流石にすぐ直すのは無理そうだな。
「朝ごはんが苺のタルトって、まさに大学生って感じだな。まさにってほど大学生知らねぇけど」
でも大学生といえば適当な食事って感じがするのはなんでだろうな。
「んじゃ美矢子、行ってくるよ」
新学期最初の一週間は履修登録がメインだからか、話を聞くだけの授業が多い。そのせいか、時間が過ぎるのが遅く感じてしまい、余分な思考が増える。
考えることと言えば、専ら昨日の奇跡のような偶然だ。
結局あの謝罪メール以降、京さんからの返信はなかった。そりゃあ見知らぬ人からのメールなんて、間違いと分かったら無視するのが普通だ。
それにしても……『みやこ』と『ゆうき』という兄妹、そして何故か噛み合ってしまった彼岸花。京さんはなんでそんなヘンテコなメールアドレスにしたんだ? いや、まあヘンテコな妹はうちにもいた訳だが。
そして、疑問はもう一点。
「本当にゆうきお兄ちゃん、なの?」
これは一体どういう意味なのか。あの一文だけじゃ情報が少なすぎる。
一般的な思考で考えるなら兄妹だ。しかし、従兄弟や幼馴染を兄のように慕っている子もこの世にはいるだろう。
むしろこの聞き方なら、そっちの方がしっくりくる。幼い頃に遊んでいた従兄弟、もしくは幼馴染が引っ越して連絡先を知らぬまま生活していたとしたら、こんな反応でも不思議では無い。
まあどんな背景があったとしても、もう返信はないだろうから気にするだけ無駄か。
残りの講義時間は適当にスマホでゲームをしながら終わるのを待った。
大学が終わったあとも適当に時間を潰して、適当に夕飯を食い、適当なタイミングで寝た。
翌日、これまた適当な朝食を適当なニュース番組を観ながら食った。
「美矢子に話しかける為の話題探しをしないと、こんなにも世界って色がないんだな」
今日の履修登録は午後から取りたいコマがあるから午前中は暇だ。また適当にゲームでもしようか。
テレビゲームを始めて数時間ほど経った頃、スマホが鳴った。
『from:miyako_spider_lily』
まさかの返信だ。絶対にもう来ないと思っていたメール。
俺はすぐに内容を確認した。もう来ないと思っていても、俺はどこかで期待していたのかもしれない。
『妹さんってどんな人ですか? どんな状況でこんなアドレスと間違えるようなメールアドレスを教えたんですか?』
「これは……責められてるのか? いや、でも美矢子のことを聞いてるよな」
向こうから話題を振ってはいるが、そもそも他人なのに挨拶や自己紹介が全くない。メール慣れしてないどころか、会話慣れしてないのか?
それに、なんで理由を聞きたいのか疑問だ。見ず知らずの人に言うような話でもないし、間違い電話の後に間違われた方が掛け直すなんてことしないだろ。だから、別に答える義理はないんだが……
「……これに返信したら、送信完了になるんだよな」
美矢子じゃない。美矢子じゃないのは分かってるが、美矢子が作るはずだったメアドに送信して送信完了になった時、救われた気分になったのは否定出来ない。
美矢子の代わりと言ってしまうのは失礼だが、少し話すくらいは良いだろ。
『妹はあなたと同じ名前で『美矢子』と書きます。緩いノリのふざけた奴でした。赤い花が好きで、このメアドも彼岸花の英訳をそのまま使いたがっていたんです。俺はローマ字にしとけって言ったんですがね。変な妹でしょう?』
うーん、こんなんでいいか?
向こうも挨拶とかしてないし、とりあえず聞かれたことには答えてると思う。なんなら、文末に「?」を入れたことで返信を期待しているかのような文脈にもなっている。年下相手にこれはキモいか?
「っと、そろそろ大学行くか。帰りにまたあの店で苺の何か買って来るよ」
俺は考えるのをやめて送信ボタンを押し、ゲームのセーブを確認してから家を出た。




