Bcc:第六話「再会」
寝坊した!
時計を確認すると、長針と短針が仲良くくっ付いて上を向いていた。
あたしは勢いよくベッドから飛び降りて、そこで動きを止めた。
「……って、一人で遊びに行くんだから寝坊も何も無いじゃん。変なの」
自分で自分にツッコミを入れて、のんびり支度をすることにした。
なにかする当てもない、ただの一人旅。出発時間も自由だ。帰りも夕飯食べて帰るって言えば、多少遅くてもうちの親は文句を言わない。
「珍しいわね。気を付けて行ってくるのよ」
「はーい」
まったりと朝ご飯のようなお昼ご飯を食べて、あたしは単身でショッピングモールへと向かった。
電車で片道一時間と少しのところにあるショッピングモールは、夏休み終盤ということもあって、流石の人混みだ。
これだと適度に時間を潰してから買い物をする方が、快適に動けるかもしれない。
あたしはフードコートでクレープを買って「さっきのは朝ご飯、これはお昼ご飯」と何かを誤魔化すように食べた後、ゲームセンターへと向かった。
「もうちょっとでハイスコアだったのにな〜」
ゾンビを倒すゲームとダンスゲームを満足するまで遊んだ後、昼間と夕方が曖昧な時間帯を狙って買い物へと移行した。
最近髪が伸びてきたから、ヘアピンなりヘアゴムなり買おうかな。
正直、切って短くした方が楽なんだけど、夏休みが始まったばかりに、図書館でおばあさんに京の妹扱いされたことがずっと気になっていた。
確かに京はあたしよりも背が高くて、髪も女の子らしく背中まであって、落ち着いた顔立ちをしている。だからあたしも多少髪を伸ばして、女子高生に見えるように頑張ってみたのだが……暑い、首元に熱が籠ってとにかく暑い。
「夏は短くしとけばよかったよ……って、あれ?」
適当な女の子向けの雑貨屋に入って髪飾り中心の棚に向かうと、そこには一人の男の人が棚とにらめっこして唸っていた。
「というか飾り気より食い気だったらこの行動は破綻してるんだよな。うーむ、流石に無鉄砲が過ぎたか」
男の人は独り言ちる。
誰かにプレゼントを贈ろうとしているのかな?
いや、そんなことよりこの声、聞いたことがある。
最近あたしの中でずっと反芻される、あの言葉をくれた人の声によく似ている。
一回しか会ったこともない人だ。目の前の人は人違いの可能性だってある。もし本人だとしても、あたしを覚えていないことだって有り得る。
でも、今のあたしには声を掛けないという選択肢が存在しなかった。
「あの」
どう声を掛けたらいいか分からなくて、とりあえず軽く肩を叩いてみた。
男の人は「あ、邪魔ですよね。すみません」と言いつつ、あたしの方へと振り向いた。その顔は、半月前に出会った男の人で間違いなかった。
「あ、やっぱり岸さんだ。こんにち……こんばんは?」
緊張と時間帯が影響して、どっちの挨拶が正しいのか分からず、中途半端な挨拶になった。
「日向さんか。俺的にはまだこんにちは、かな」
そんな挨拶でも気にしないどころか、話題として拾ってくれた。お盆に出会った時にも、あたしは緊張で自己完結する内容を質問してしまったが、その時も岸さんは話題を拾ってくれた。あたしはそれがとても嬉しかった。
「まさかこんなところで出会うなんてな」
「えーそれはあたしのセリフじゃないですか? 二回目がアクセサリー棚って……あははっ」
緊張はあるが、岸さんと話すのは楽しい。あたしとの会話を丁寧に返してくれる、そのことがよく伝わってくるから。
「家族で来たのか? 親はどこにいる?」
岸さんはあたしが一人でいることに気付くと、辺りを見渡してあたしのお母さんたちを探そうとしていた。
その様子が迷子を見つけた時の対応に似ていて--さっき妹扱いを思い出したこともあり--ちょっと面白くない。あたしは不満げに「もしかしてあたしのこと、小学生だと思ってます?」と抗議した。
別に怒っているつもりはない。岸さんが本当に心配している様子を見るに、見下されてる感じはしなかった。ただただ優しさ故というのは分かっている。
あたしの文句を聞いた岸さんは、慌てて頭を下げてきた。
「わ、悪い。バカにした訳じゃなくて、日向さんが一人で行動している時に何かあったら、と考えてしまっただけだ」
そんなに真剣に謝られると思っていなくて、こちらも慌ててしまう。本当に他人を気遣える優しい人なんだな。
「いや、怒ってたわけじゃ……岸さんは心配性なんですね」
思わず笑みがこぼれる。
こんな人とまた少し会話しただけでさよなら、というのは悲しい。岸さんの近くにいれば、その優しさのコツを何か学べるかもしれない。それにお盆の日、結生さんのお墓参りをしたかもしれないお礼もしたい。
あたしは色々考えた末、かなり強引な案を提示した。
「それなら……岸さんの用事が終わるまで、あたしも一緒にいて良いですか? 近くにいれば安心してもらえるかなって。お礼に~探し物、手伝ってあげます」
不安を隠すように自信満々に胸を張って伝える。が、岸さんの反応はあまり良くなかった。
「そんな一回会った程度の人間をそう簡単に信用しちゃダメだろ」
明確な拒否。いや、彼からしたらただの注意なのかもしれない。あたしと一緒にいるのが嫌というより、あたしのガードが緩いことを気にしてる?
それなら--
「日向さんの用が済んでるならもう帰った方が」
「線香」
帰れ、と言われる前に、あたしは一か八かの賭けに出た。
あまりに唐突な話題の変更に、岸さんは呆気にとられた様子で「線香……?」と呟いた。
「あの日、友人の家のお墓参りに来たの、岸さんたちじゃないですか? 二人以外に会ってないのに、線香がまだ煙を上げてましたよ」
元々、次会った時にこれだけはどうしても確認がしたかった。この話を持ち出しても頭を縦に振らなければ、その時は大人しく帰ろう。
あたしの話を聞いた岸さんは、一瞬だけ目を見開くと「友人の名字って……葛、か?」と答え合わせをしてくれた。
「そうですっ」
やっぱり岸さんたちなんだ! 違ったらどうしようと思ってたけど、合ってて良かった。
「あたしの基準的には、接点のない家のお墓参りに、ついでとはいえ律儀に付き合う人は十分信用出来ると思うんですけど、どうですか?」
喜びのあまり、表情を隠さずに自信満々に語る。
何が自分にとって大切かを決めるのは、自分自身しかいない。そう言ったのは岸さんだからね。
「……まあ、一人でいるよりかはマシか。それで探し物、ってなんだ?」
岸さんは拒否とも肯定とも取れない反応で、あたしの同行を了承してくれた。もしかして、照れてる? 岸さんも照れたりするんだ。ちょっと意外かも。
あたしは謎の優越感で、棚に飾ってあったイヤリングを手に取って質問に答えた。
「女性物のアクセサリーを探してたんじゃないですか? 女性にプレゼントなら、女子高生はうってつけの同行者ですよ。あたしそんなオシャレしないから分からないけど。……って、なにこれ、どうやって着けんの。イヤリングとピアスって何が違うの」
どっちも耳にくっつけるだけのアクセサリーだよね?
自分のプレゼンをしていたはずが、最後の方はネガキャンになってしまい、岸さんは「本当に任せていいのか?」と言った顔をしている。
これは、間違いなく失敗だ。せっかく了承してくれたのに、また帰れなんて言われかねない。
「……分かった。お言葉に甘えるとするよ」
拒否の言葉に身を構えたが、予想に反して岸さんはあたしの提案に乗ってくれた。年上の男の人に頼られるというのは初めてだ。役に立つところを見せないとね!
「任せてください! それで、何か目星はついてるんですか? アクセサリー見て悩んでましたけど」
「皆目さっぱり」
まあ、目星ついてたらあたしはいらないもんね。
「んー、どんな子ですか? もし髪が長かったらシュシュとかヘアピンとか? そのくらいならあたしも分かります。あ、このシュシュ可愛い」
岸さんの用件が片付いたら買いに来ようかな。
「髪の長さは分からないな」
最近会ってないのかな? それなら今どのくらいか分からないよね。
「じゃあ……背丈はどうですか? 同じくらいの身長ならあたしが着せ替え人形になりますよ」
「身長か……どのくらいなんだろうな」
……何か、変じゃない? こんなに答えられない?
「…………顔! キレイめだとか、カワイイ系だとか。どんなタイプの子ですか?」
流石に顔なら分かるはず、だよね?
プレゼントを考えるくらいの関係だ。写真はなくとも会ったことくらいはあるでしょ。
そんな淡い期待は叶うことなく、岸さんは平然と「どんな顔してるんだろうな。考えたこともないな」と答えた。
それを最後に、あたしは爆発した。
「……何も知らないじゃん!」
「うおっ!」
ダンッ!と足を前に踏み出して岸さんに近付くと、あたしは感情のままに叫んだ。
「少しでもどんな子か分かればヒントになるのに……なんで何も分からないの! 少しくらいあるでしょ!?」
「あ、いや、本当に知らなくて」
普段は冷静に受け答えをしてくれる岸さんが、今は狼狽えながら言葉を濁している。
「そんな知らない人のために一人で来てプレゼント選んでるの!?」
岸さんが優しいのは、きっと周りの人も知っているはずだ。それを利用して何かを買わせようとしてるのかもしれない。もしそうなら絶対に止めなきゃ。
「いや、知らないわけじゃなくて、知ってるけど知らないというか……」
またしても曖昧に答える岸さん。岸さんに怒りたいわけじゃないのに、何故か無性に腹立たしい。
「言い訳してないでちゃんと説明してよ!」
「分かった、分かったから、一旦落ち着いてくれ」
岸さんはあたしの肩をトントンと叩いて落ち着くように促す。
叩かれてから気付く、あたしと岸さんの距離。岸さんは腕を曲げて、手首だけであたしの肩を叩いていた。その腕を少し伸ばすだけで、あたしは簡単に抱き込まれてしまう。
あたしは一気に冷静になって、後ろに飛ぶように離れると一心不乱に頭を下げて謝罪した。
事情も聞かずに、感情で動くのはあたしの悪い癖だ。最近は気を付けていたが、不安になってしまうとやはり感情が優先される。
しかも……今思いっ切り京に喋るみたいな口調で怒ってた、よね? 年上、しかも大学生に対してそれはあまりにも失礼だ。怒りの直後に羞恥心と罪悪感が押し寄せてきて頭がクラクラする。
平身低頭で謝ったが、岸さんはバツが悪そうな声色で謝罪してきた。
「いや、今のは俺が悪い。協力してくれてる人に対しての態度ではなかった。そうだな、例えば……」
割と身勝手なのは自覚しているのに、岸さんはあたしを責めることなく、むしろ自身の非を認めた上で説明しようとしてくれている。
「日向さんは兄弟いる?」
困った。
岸さんは説明する気なんだろうけど、さっきの話と兄弟の質問が全然繋がらない。
「兄弟……? いませんけど」
「じゃあ友達の兄弟とか、友達の彼氏とかでもいい。自分の中では会話のタネとして存在する人はいる?」
パッと思いつくのは、もちろん結生さん。京のお兄ちゃんだから当たり前だ。が、会話のタネとして存在する人ではない。
そうなると候補に上がるのはあの人。あたしもメッセージで会話をするが、基本的には京の会話でのみ現れる存在。悠生さんしかいない。
「それは……はい。友人がいつも話題にする人がいます。会ったことはないですけど」
岸さんはそれを聞くと少しほっとした様子で話を続けた。
「そういう知っているようで知らない人へのプレゼントを、考えているんだ。あと、協力してもらっておいて今更なんだって感じだけど、俺が買うわけじゃない。俺は意見を求められたから、ちょっと探してるだけ。つまり日向さんは協力者の更に協力者ってことになるな」
岸さんの言いたいことが、なんとなく分かった。
確かに悠生さんへのプレゼント--百歩譲っても有り得ないけど--を考えていたとしたら、先程の岸さんみたいな受け答えになるのも納得出来る。あたしもあの人の特徴を想像したことは無い。
そして、岸さんはあたしが何を不安にしているのかにも気付いていたようだ。じゃなきゃ「俺が買うわけじゃない」ってわざわざ言う必要は無い……のだが、それはそれで疑問が残る。
「事情はわかりました。けど、それなら『友達からプレゼントの相談をされた』とかでも伝わりませんか?」
例えば、いるかも分からないけど黄金井さんの彼女にプレゼントって言われたとする。それならあたしも受け入れた。真実なんていくらでも隠すことは出来るよね。
「伝わるとは思ったよ。でもそれだと、ちゃんとした説明じゃないだろ? 分かりやすく言うのは確かに伝わりやすい。けどその反面、そういう言葉は誤魔化しやすい。嘘は言ってないが本当のことも言ってないような説明じゃ、さっきの日向さんに対して不誠実だからな。って、詳細を言ってない時点で大差ないけどな」
自虐気味にたははっと笑う岸さん。
頼りなく見える笑い方。でもあたしは、その表情から目が離せなかった。
勝手に協力して勝手に怒ったのはあたしなのに、そんなところまで気を遣うなんて……あたしには出来ない。きっとあたしなら売り言葉に買い言葉になっていたはずだ。
三歳差って、こんなに違うものなの?
自分の幼さに呆れて思わずため息が零れる。そして、そのため息を誤魔化すように岸さんに注意した。
「ほぼ他人のプレゼントを一人で考えたり、あたしが一人で遠出してるのを心配したり、誠実に説明しようとしたり……岸さんって優し過ぎないですか? そんなことしてたら、いつか悪い人に騙されちゃいますよ」
「優しすぎ、なんて初めて言われたな」
そんな注意もなんのその。岸さんは記憶を遡るように斜め上を見て呟いた。
その呟きを聞いた途端、胸の鼓動が早くなった。
初めて言われたってことは、あたしには特別優しくしてるってこと?
そんなわけないって分かっていても、頭が勝手に都合の良いように考えてしまう。そして、そんな思考を肯定するかのように、岸さんは一拍の後、あたしの頭に手を乗せた。
予想もしていなかった岸さんの行動に、あたしは全身が沸騰したかのように熱くなる。
「強いて言うなら年下に甘い、か? ま、そういう性分なんだ。気にするな」
岸さんは優しく笑う。肯定に思えたその行動は、真逆の意味のようだった。
あー、そういうことか……。
当たらずも遠からず、特別優しいのは年下だからであって、あたし個人にではなかった。
無駄に熱くなっていた身体が徐々に冷めていく。
結生さんのように、妹の友達に優しいと同じ部類だ。……そっか、あたしだからじゃないのか。
……って、なんであたし落ち込んでるの!?
たった二回しか会ってないあたしに、こんなに気を遣ってくれるだけで好待遇過ぎるってば!
「つ、次はコスメ見ましょう」
あたしはまだ紅潮している顔を見られないように、岸さんの手を振り払って店の外へと逃げた。




