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第十二話「悠生式サプライズ」

「あ、岸さん遅いですよ」


 少し遅れて店から出ると、待っていた日向さんは不満気な表情で苦言を呈した。


「悪い、本題とは別に所用があってな。ちょっと会計してた」


「なんだ、それならそうと言ってくれれば」


「言う前に出ていったのは君だけどな」


「うっ……」


 意地悪そうに笑って言うと、日向さんは分かりやすく呻いて後ずさった。

 この子は揶揄うと新鮮な反応があって面白いな。


 さて、次は化粧品をメインで売っている店だ。


 先程別の化粧品売り場に行ったが、先程より店員の視線を感じない。やっぱり男一人より、日向さんが隣にいることで忌避感は薄れるようだ。居てくれるだけでも頼もしいな。


「流石にイエベブルベとかが分からないと、本格的なコスメをプレゼントするのは無理ですよね」


「オシャレ詳しくないって言ってたのに、その単語は分かるのか。凄いな」


「また子供扱いしてる。それくらい女子高生なら分か……りますから」


 実際、日向さんの言う通り化粧品は避けた方がいいだろう。となるとハンドクリームや香水か? しかし、あまりに高いものは京も買えないし、明日音も受け取らないと思う。


「日向さんって、友達にプレゼントするとしたら予算どのくらいで考えてる? 俺も半年前は高校生だったから、そんな感覚に違いはないと思うけど」


「それを言ったらあたしも半年前は中学生だから、むしろ高校生と中学生の金銭感覚になっちゃいませんか?」


「……確かに。賢いな、日向さん」


「なんか素直に喜べない言い方……えーっと、予算。予算ですね。大体千円から二千円くらいかなって思います」


 素直に褒めたつもりだったが、日向さんからはもの言いたげな視線が返ってきた。


 おかしい、美矢子と京なら喜ぶんだが。


 ジト目の日向さんから得た金銭感覚に二倍した、四千円までを上限として探すことにした。

 勝手な予想だが、数年プレゼントを忘れていて、なおかつこれまでの感謝も兼ねてるとなると、京なら買える範囲でそれなりに奮発する気がする。明日音にも数年分まとめてと言ってしまえば、予算二回分の値段なら受け入れる可能性は高い。


 しかし、


「どれもピンと来ないな」


 次の店、また次の店と色々回ってみたのだが、情報がほぼゼロの相手に贈ることを想定したプレゼントは、思っていた以上に難易度が高い。


 大まかな買える範囲は把握出来たが、これと決まった品は見つからなかった。


 これ以上、日向さんを付き合わせるのは流石に良くない。


「日向さん、これ以上はもう帰った方がいい。付き合わせて悪かった」


 まだまだ探す気の日向さんにタイムオーバーを宣言すると、彼女はそれはもう残念そうに頷いた。


「何か見つけて役に立ちたかったんですけど……悔しいです」


「女性向けの店とか入りやすかったし、日向さんがいて十分助かったよ。暗いから駅まで送るよ」


 俺たちはショッピングモールを出て、連れ立って駅まで向かった。


 途中、事故を心配して車を意識し過ぎていたら逆に日向さんに心配されてしまったが、無事に駅まで着いた。


 本当は地元が近いから、そこまで送ってもいいんだが、過保護過ぎると感じてやめておいた。


「改めてだけど、今日はありがとうな。連れ回しておいて、成果が無いのが申し訳ない」


「いえ、一緒にあれこれ考えるの楽しかったですっ。あたしの方こそ無理に着いて回ってたのに、すみません」


 日向さんは頭を下げて謝るが、そんな謝られる事では無い。


「では、またどこかで会ったら声掛けますね! さよう--」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 日向さんが別れを告げて去ろうとする前に止める。そして、先程日向さんと最初に会った店で買った一つの小さめの紙袋を取り出した。


「これ、今日のお礼だ」

「----はい?」


 目の前に差し出されたものを理解出来ずに、日向さんは俺と紙袋に視線を数回往復させると、焦った様子で「う、受け取れないです!」と拒否してきた。


「だって、結局何の役にも立ってないし、駅まで送ってもらって……迷惑掛けただけなのに……」


「さっきも言ったけど、役に立ってないなんて無い。何より、過去に一度顔合わせた程度の人間の悩みに、一緒になって考えるなんてそうそうできることじゃない。これはその対価……そうだな、お礼じゃなくてバイト代とでも思ってくれ」


 受け取りやすくフォローを入れてみるが、日向さんは首を縦に振ることはなく、かと言って受け取らないのも悪い気がするといった様子で悩んでいた。


 美矢子……お前に足りなかったのはこういう謙虚さだぞ。あの妹なら「やったーラッキー」程度で受け取っていたに違いない。


 美矢子のことは置いておいて、これは受け取ってもらわないと、男の俺からすると不要な商品なんだよな。というより、なんかここまで謙遜されると逆に意地でも受け取ってもらいたくなってくる。

 なんとか受け取ってもらう良い手は……そうだ、ちょうどいい話題があるじゃないか。


「日向さんは誕生日って近い?」


「え? ……あ、そういえば再来週、あたし誕生日だ……」


「おっ丁度いいな。じゃあその前祝いってことで」


 正直な話、誕生日が遠かろうと過ぎていようと、後祝いだなんだと乗り切るつもりだった。


 そんな魂胆が見え見えだったようで、一拍の沈黙の後、日向さんはダムが決壊したかのように笑い出した。


「ふっ……はははっ! 岸さん、やっぱり優しすぎるよ。そういう優しさにつけ込むような人に狙われたら、きっと大変なんだからね」


 そういうと、日向さんは両手で大事そうに紙袋を受け取ると「ありがとうございます」と嬉しそうにお礼を言った。


 うん、やっぱりこの子はこういう笑い方がよく似合う。それに笑いながらも注意をしようとする辺り、本当に優しい子なのだろう。


「安心してくれ。俺は基本的に貰った分を返す主義だ。いきなり何か寄越せと言ってくる連中には、良くてガムしかやらん」


「それでも何かあげてる時点で安心なんか出来ないよ…………あっ」


 楽しげに話していたのも束の間、日向さんは何かを思い出したのか、笑顔は瞬く間に消えて縮こまってしまった。


「どうした?」


「いや……また岸さんに対してタメ口で話しちゃって……すみません」


 日向さんは何度目になるのか分からない謝罪をしてきた。どうやら敬語が抜けて話していたことに、後から気付いたようだ。


 ……というか、俺は変わってたことに今気付いた。


「気を抜くとすぐ敬語が抜けちゃって……」


「日向さんがそっちの方が喋りやすいなら、それでもいいよ。三歳差なんて無いに等しいさ」


 俺としてはどっちでもいいというか、口調というのはその人の態度次第で変わると思っている。


 タメ口でも礼儀正しいければ、それは愛想のいい人。逆に敬語でも悪態ばかり言っていれば、敬語がより腹立たしく聞こえる性格が悪い人。どちらと関わっていきたいかと言われれば、圧倒的に前者だ。


「それに、年下にタメ口で話されるのには慣れてるしな」


「そう、ですか? えっと、じゃあ……タメ口で話す、ね?」


 恐る恐るタメ口で話そうとする日向さんを見て、ダメだと分かっていてもつい笑ってしまった。


「くくっ、なんで逆に緊張してるんだ」


「だっ、だって! 『はい、今から口調変えます』みたいなタイミングで変えたことなんてないし!」


「そうそう、それで良いんだよ。ほら、そろそろ電車が来るだろ。もう行きな」


 ここでいつまでも喋っていたら、日向さんの帰る時間が更に遅くなってしまう。


 日向さんは小さく呻いて、控えめにこちらを睨むと「分かった」とだけ言って後ろに振り向いた。


「次も見かけたら、また声掛けるからね」


「ああ、またな」


「うん」


 日向さんは振り返ることなく、駅のホームへと向かっていった。


 しばらくすると帰りの方角へ向かう電車がやってきたので、俺も帰路に着いた。


「あ、そういえばスマホ見てなかっ……メールが六件って……」


 これ全部京だろ。


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