第十一話「同行者」
「お疲れ様っしたー」
まだバイトしている人達に挨拶をして、足早にショッピングモールへと向かった。
未だに何も案は無い。明日音に聞くことも京に聞くことも出来ない今、頼りなど期待出来ない。
「さて、既に手詰まり。とりあえず女子高生が好きそうな店でも入るか」
幸いにも、美矢子の買い物に付き合ったり、誕生日プレゼントを探したりしていたおかげで、女子ばかりが居そうな店に入るのには多少慣れている。まあ慣れているだけで入りにくさは全然あるし、流石に下着屋とかには入れないが。
俺は一先ず、ショッピングモールを一周しつつ、気になる店に入って物色することにした。
服、明日音の背丈が分からん。
化粧品、明日音の好みが分からん。
ピアスやブレスレット、校則的にどうなんだ?
「というか飾り気より食い気だったら、この行動は破綻してるんだよな。うーむ、流石に無鉄砲が過ぎたか」
ぼやきながらアクセサリーの棚を眺めていると、誰かから「あの」と肩をトントンと叩かれた。流石に男が女性物の棚見て唸ってると怪しいか。俺は軽く謝りながら振り返った。
「あ、やっぱり岸さんだ。こんにち……こんばんは?」
すると、そこには半月ほど前に出会った、年下の女の子が頭にはてなを浮かべて立っていた。
「日向さんか。俺的にはまだこんにちは、かな。まさかこんなところで出会うなんてな」
再会もだが、向こうから声をかけてくることにも驚きだ。一回会って少し話した程度、それどころか黄金井がトラウマになって気付いても話し掛けてこないだろうと思っていた。
「えー、それはあたしのセリフじゃないですか? 二回目がアクセサリー棚って……あははっ」
日向さんは前回別れた時と同じ悪戯っぽい笑顔を見せる。どうやらこの前ほど緊張はないようだ。
「家族で来たのか? 親はどこにいる?」
このショッピングモールは墓地のある地元からは、電車で一時間以上かかる場所だ。そんな所に女の子一人というのも、少し危ない気がする。
そんな心配が顔に出ていたのか、日向さんは不服そうに頬を膨らませ、こちらを睨み付けてきた。
「もしかしてあたしのこと、小学生だと思ってます? 前にも言いましたけど、あたしは高校一年生ですよ。黄金井さんが言うように行動範囲が広がったので、こういうところにだって一人でも来ますよっ」
怒っているわけではなさそうだが、気を悪くさせてしまったのは間違いない。俺は慌てて謝罪する。
「わ、悪い。バカにした訳じゃなくて、日向さんが一人で行動している時に何かあったら、と考えてしまっただけだ」
当事者だからこそ分かる。そうなった時に彼女の両親は、一生己を責め続けることになる。そんなことをいちいち考えていたらどこにも行けない、なんてことは頭ではわかっているが、どうしても最悪な事態を想像してしまう。
「いや、怒ってたわけじゃ……岸さんは心配性なんですね」
日向さんは先程と違って優しげに笑うと、少しだけ考えたあとに「それなら……」と言葉を続けた。
「岸さんの用事が終わるまで、あたしも一緒にいて良いですか? 近くにいれば安心してもらえるかなって。お礼に……探し物、手伝ってあげます」
日向さんは右手を腰に当て、左手で自身の胸を叩いた。なんとも自信満々なポーズだが、不思議と様になっている。
それにしても、日向さんはあまりにも俺に対して警戒心が無さすぎる。一度会っているから、それだけでここまで信用なんてしてはいけない。
「そんな一回会った程度の人間をそう簡単に信用しちゃダメだろ。日向さんの用が済んでるならもう帰った方が」
「線香」
早く帰るように促そうとすると、日向さんは俺の言葉を遮るように言った。あまりに唐突な単語過ぎて思わず「線香……?」と聞き返してしまった。
「あの日、友人の家のお墓参りに来たの、岸さんたちじゃないですか? 二人以外に会ってないのに、線香がまだ煙を上げてましたよ」
言われてハッとする。あの日、確かに日向さんは俺達が来た方向とは逆に向かっていった。黄金井達の友人の墓である可能性はゼロじゃない。俺は答え合わせをするように、墓参りをした見知らぬ家の名を口にした。
「まさか、友人の名字って……葛、か?」
「そうですっ」
俺から核心的な言葉が出たからか、日向さんは花が咲いたような笑顔で頷いた。
「あたしの基準的には、接点のない家のお墓参りに、ついでとはいえ律儀に付き合う人は十分信用出来ると思うんですけど、どうですか?」
胸を張って自信満々に持論を述べる日向さん。
客観的に見てしまえば、確かにそういった人物は信用出来る。が、それを本人が肯定するのはなんとも……面映ゆい気分だ。
「……まあ、一人でいるよりかはマシか。それで探し物、ってなんだ?」
決して肯定はせず、誤魔化すように同行を承諾。ついでに、話題を変えるために先程突っ込まなかったお礼について問いかける。
「女性物のアクセサリーを探してたんじゃないですか?」
そう言って日向さんは俺の横に並ぶと、棚からアクセサリーを一つ手に取った。
「女性にプレゼントなら、女子高生はうってつけの同行者ですよ。あたしそんなオシャレしないから分からないけど。……って、なにこれ、どうやって着けんの。イヤリングとピアスって何が違うの」
アクセサリー片手に決め顔しておいて、セリフが全く一致していない。ここまで説得力がジェットコースターになることが、果たしてあるのだろうか。
とはいえ、彼女も明日音と同じ高校一年生。流石に欲しいものを当てることは出来ないだろうが、同じ性別、同じ歳なら外すこともそうないはずだ。
「分かった。お言葉に甘えるとするよ」
提案に乗っかると、日向さんはまたしても胸を張って、自信満々に頷いた。
「任せてください! それで、何か目星はついてるんですか? アクセサリー見て悩んでましたけど」
何かプレゼントへのヒントを得ようと日向さんは尋ねるが、俺は肩を竦めて「皆目さっぱり」と答えた。
「んー、どんな子ですか? もし髪が長かったらシュシュとかヘアピンとか? そのくらいならあたしも分かります。あ、このシュシュ可愛い」
「髪の長さは分からないな」
あの性格だと、動きやすいショートだろうか。
「じゃあ……背丈はどうですか? 同じくらいの身長ならあたしが着せ替え人形になりますよ」
「身長か……どのくらいなんだろうな」
明日音どころか京も想像つかないな。何となく京よりも、明日音の方が背が高そうなイメージはあるが、その程度だ。
「…………顔! キレイめだとか、カワイイ系だとか。どんなタイプの子ですか?」
「どんな顔してるんだろうな。考えたこともないな」
文字越しに、いつも俺を睨んでるような印象が--
「……何も知らないじゃん!」
「うおっ!」
日向さんはいきなり大声を発して、大きな足音とともに俺にグイッと近付いた。
「少しでもどんな子か分かればヒントになるのに……なんで何も分からないの! 少しくらいあるでしょ!?」
「あ、いや、本当に知らなくて」
予想外の気迫に、俺はたじろぎ、幼い子供にも出来る言い訳しか言えなかった。
そりゃあそうだ。せっかく一緒に考えてるのに、相手からこんな回答しか来なければ、誰だって苛立つに決まっている。
「そんな知らない人のために一人で来てプレゼント選んでるの!?」
「いや、知らないわけじゃなくて、知ってるけど知らないというか……」
「言い訳してないでちゃんと説明して!」
「分かった、分かったから、一旦落ち着いてくれ」
説明するためにも、俺は暴走する日向さんの肩を軽く叩いて、彼女を落ち着かせる。
日向さんはハッと我に返ると、少しだけ俺から距離をとって「すみません!」と勢いよく頭を下げた。
「年上の人に生意気な言い方をしてしまいました。それに事情も知らないのに、ほんの少し聞いた情報だけで怒ったり……すみません」
どう考えても俺が十割悪いのだが、彼女は本当に申し訳なさそうに、身体を縮こまらせて反省していた。
喜怒哀楽が本当にわかりやすい子だな……って、そんなことを考えている場合じゃない。
「いや、今のは俺が悪い。協力してくれてる人に対しての態度ではなかった。そうだな、例えば……日向さんは兄弟いる?」
「兄弟……? いませんけど」
なぜ急にこんな話をするのか、日向さんは理解していない様子で顔を上げた。
「じゃあ友達の兄弟とか、友達の彼氏とかでもいい。自分の中では会話のタネとして存在する人はいる?」
「それは……はい。友人がいつも話題にする人がいます。会ったことはないですけど」
なんて都合がいい。すぐに浮かぶ人がいるなら、この例え話は簡単に伝わる。
「そういう知っているようで知らない人へのプレゼントを、考えているんだ。あと、協力してもらっておいて今更なんだって感じだけど、俺が買うわけじゃない。俺は意見を求められたから、ちょっと探してるだけ。つまり日向さんは、協力者の更に協力者ってことになるな」
伝えられる範囲で、可能な限り噛み砕いて説明する。日向さんは少しの間、まるで時が止まったかのように呆然と俺を見ていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「事情はわかりました。けど、それなら『友達からプレゼントの相談をされた』とかでも伝わりませんか?」
「伝わるとは思ったよ」
むしろそれが一番手っ取り早いだろう。端的かつ明確な理由だ。ただ、それではダメだ。
「でもそれだと、ちゃんとした説明じゃないだろ? 分かりやすく言うのは確かに伝わりやすい。けどその反面、そういう言葉は誤魔化しやすい。嘘は言ってないが本当のことも言ってないような説明じゃ、さっきの日向さんに対して不誠実だからな。……って、詳細を言ってない時点で大差ないけどな」
これはあの日、明日音から喧嘩腰に話を振られてから気付いたことだ。
ただ端的に答えを言っても、相手には伝わらない。決して本当の理由を言えなくても、可能な限り、伝えられる範囲で説明することで意思は伝わる。
あの時の俺は、疑われているのに説明不足だった。行動に後悔はないが、他にやりようはあったと反省はしている。
俺の説明を聞いた日向さんは、また少しの間俺を見た後に、小さくため息を吐いた。
「はぁ、ほぼ他人のプレゼントを一人で考えたり、あたしが一人で遠出してるのを心配したり、誠実に説明しようとしたり……岸さんって優し過ぎないですか? そんなことしてたら、いつか悪い人に騙されちゃいますよ」
「優しすぎ、なんて初めて言われたな」
よく遊ぶ連中からはもちろん、関わってきた人誰にも言われたことは無い。黄金井と若月がよくふざけて口にすることはあるが、あれはシスコン弄りの類いだろう。
「強いて言うなら年下に甘い、か? ま、そういう性分なんだ。気にするな」
俺はわざと笑って、日向さんの頭に手を乗せる。
「あー、そういう……」
合点がいったのか、日向さんはそれ以上話題を続けずに「次はコスメ見ましょう」と言って、俺の手を振り払って先に店の外へと足を向けた。
まずい、また子供扱いみたいなことして怒ったか? でもあの様子だと、俺が候補を決めるまで付き合ってくれそうだ。
京から相談されて、明日音のプレゼント選びを--勝手に--やってる俺の手伝いって立ち位置になるが、彼女の方が優し過ぎやしないだろうか。
「……よし」
ここまでしてもらっておいて、用が済んだらさようならだと、年上として情けないよな。




