Bcc:第五話「おひとりさま前夜」
悠生さんと和解、というより協力関係になってから、季節はそろそろ秋に差し掛かろうとしていた。
まあ、九月を秋とするかは人それぞれだけどね。あたしは秋だと思う。
京が元気になってからの初めての夏休み。夏休みは色々あった。宿題も--ほぼ京のおかげだけど--早めに片付けたし、懸念していたお盆のお墓参りも悠生さんの協力の下、何事もなく終えることが出来た。それにより、京は決意を新たに進み始めた気がする。
いや、マジであのクイズメール意味わからないんだけどね。なんであれで京もめげずに答えるのか。
お盆と言えば、京とお墓参りをしたあの日、あたしは不思議な出会いをした。
空気が軽く金髪と茶髪が混ざったプリンヘアーの黄金井さん、そしてそれをコントロールする年上の男の人って感じの岸さん。
真反対の位置にいそうな二人だったが、お互い信頼している様子で仲が良い空気だった。
あたしが三年経っただけでは、岸さんのように落ち着いた人にはきっとなれないだろう。
そんな人が、あたしが変わろうと決めた意志を尊重してくれて、嬉しかった。
『家族とかは関係ない。何が自分にとって大切かを決めるのは、自分自身しかいない』
岸さんから受けたこの言葉は、今もあたしの中で何度も反芻されている。
それだからか、今日の結生さんの三回忌に参加する口実にも使ってしまった。
法事直後、あたしは京のお母さん、麻知さんに話し掛けられた。
「明日音ちゃん、今日はありがとうね。結生の為に来てくれるなんて」
「いえ、あたしもお世話になった人なので、これぐらいはさせて下さい」
「それだけじゃないわ。あの子が閉じ篭っちゃってから、元気を取り戻すまでずっと傍にいてくれて、本当にありがとう。明日音ちゃんがいなかったら、きっと京は今も落ち込んだままだったわ」
目尻にわずかに涙を浮かべる麻知さん。麻知さんと二人で話すのは数年振りだ。きっと今までも、あたしに感謝を伝えたかったんだろう。
でも、それは間違いだ。
あたしがいただけでは、京は今も落ち込んだまま。京を再起させたのは、あたしじゃない。
本当は悠生さんって人が京の新しい心の支えになったんですよ、なんて言えるはずもないよ。
あたしは直接会話をして、多少は信じてもいいかなくらいにはなっているが、麻知さんたちからしたら、今まで以上に不安になってしまうかもしれない。
あたしは本音を全て飲み込んで「立ち上がれたのは京自身の力ですよ」と、やんわりと否定した。
それから程なくして、法事はその場解散。あたしと京は麻知さんから受け取ったお昼代で、ファミレスとカフェをちょっと贅沢に楽しんだ。
こんなことが出来るようになったのも、悠生さんのおかげだろう。あの頃の日常が戻った気がして、あたしは嬉しかった。嬉しかったのだが、それとは反対に京はなにやら思考を巡らせていた。
「京、さっきからどうしたの? たまに食べる手が止まったりしてるけど、調子悪い? やっぱり今日無理し過ぎた?」
メニューを考えるのにもいつもより時間がかかっていたり、食べるのも遅かったり、歩いている途中で京が入りそうもない店の看板をボケーっと眺めたりと行動がかなり危うい。
「何でもないよ! 悠生さんからメール来ないなぁって思ってただけで」
「今朝、悠生さんから今日は午後からバイトってメール来たんじゃないの? まだ始まったばかりの時間なのに休憩とかしないでしょ」
「うっ……」
京はイタズラがバレた子供のように体を縮こませる。何か困っているのは確実だが、京から相談する気はなさそう。となると、こういう時はあの人の出番だ。
あたしは家に帰ると、即座に京の精神面お目付け役に連絡した。京の話からすれば、バイトは夕方頃には終わるはずだ。
『悠生:京になんかあったのか?』
返信は案外早めに届いた。
ただ、京の話で確定になっているのが何となく気に食わない。話が早くて楽なはずなのに、あたし個人の相談なんか、まるでないかのように言われるのは納得がいかないと思ってしまった。
『あかね:まだ何も言ってないのに決めつけるんですか?』
『悠生:じゃあ何の相談だよ』
『あかね:京の事ですけど』
『悠生:おい』
『悠生:まあいいや。で、京がどうしたんだ?』
文句は言ってやったが、結局は京の相談なので、大したダメージにはなりそうにない。それなら本題前にお盆のお礼をしておこう。
『あかね:この間はありがとうございました』
『あかね:おかげで今日も、京は落ち込むことなく法事に参加してました』
京の様子を伝えようと入力したが、送信直前にあることに気付く。
「『法事』なんて書いちゃダメでしょ。京も絶対この話はしないって」
お互いの兄妹の存在を確定させていない二人。あたしはその両方の事情を知っている唯一の存在。あたしから言うのは間違っている。
慌てて文を削除していると、間違えて消している途中の『おかげで今日も』が送信されてしまった。
「危なっ!……確定的な単語は消えてて良かった……」
ただ、これを残しておくと彼は気になるだろう。既に既読も付いてしまっている。それならこの件に口出しをさせないようにメッセージ自体を消してしまおう。
『あかねさんがメッセージを削除しました』
『あかね:すみません、忘れてください』
踏み込むな、という意志を持って伝えると、悠生さんはそれを汲み取って今の部分だけは読まなかったかのように話を繋げ直した。
『悠生:俺は大したことしてないぞ』
『あかね:もちろん』
『あかね:あんなクイズでなんで上手くいったのか正直全く分からないけど、悠生さんのおかげです。感謝してます』
本当は素直に感謝するべきなんだろうけど、あたしがやるつもりだったフォローが、意味不明な理不尽クイズメールに負けたことはあまりにも不服。文句の一言は言ってもいいでしょ。
『悠生:君は一言多いって言われないか?』
『あかね:初めて言われました』
『悠生:そ、そうか。すまん、続けてくれ』
そもそもこんな態度で接する人なんて、他に誰も居ないし。って、そんなことより本題だよ。
『あかね:で、そんな京がお昼頃からなんかソワソワしてたんです』
『あかね:何かあったか聞いてもなんでもないって言うし』
『あかね:悠生さん何やらかしたんですか』
『悠生:なんで俺がやったことが確定してるんだ……』
もちろん悠生さんが何かしたなんて思ってないんだけど、何となく言ってみたくなる。あ、これが一言多いってことか。
『あかね:冗談ですよ。まあ、なのでそれを探って欲しいんです』
『悠生:分かったよ。ちょうど京からも話があるみたいだから聞いてくる』
「……やっぱり悠生さんには相談するんじゃん」
内面の奥深くのところは、あたしじゃなくて悠生さんに任せる。これは協力関係を結んだ時に決めたことだ。でも、そうだとしても少しだけ悲しくなってしまう。
あたしは、選ばれなかった。
「…………んっ!!」
また感情が先に動きそうになったところを、両手で頬をパンッと叩いて正気に戻す。
これは平等な協力関係だ。選ぶ選ばないの話じゃない。適材適所があるのであって、今回はあたしより悠生さんだった。そう、それだけだ。
「よしっ、明日は気分転換にちょっと遠くのショッピングモールに行ってこよう」
いつも京にくっついてる必要は無い。この件は彼に任せて、あたしは久々におひとりさまを謳歌するとしよう。
「夏休み最後の日曜だし、何か面白いことないかなー」




