Re:第十話「プレゼント大作戦前夜」
八月下旬。
お兄ちゃんの命日前の土曜日、三回忌の法事が行われた。
親戚だけで行うつもりだったけど、明日音も絶対参加すると言ってついてきた。
「こういうのは家族だとか、そういうの関係ないから」
どうやら明日音は、ただ私の心配をして着いて来たのではなく、純粋にお兄ちゃんの法事に出ようと思っていたようだった。
お寺に向かうと、一年振りに会う親戚の人たちが私の様子に気付いて「成長したね」と言ってきた。目尻に涙を滲ませながら言われたことで、去年までの私が周りにどう見られていたのかが分かってしまった。
別に可哀想と思われるのは仕方ないけど、過剰な同情はこっちが気にしちゃうから程々にして欲しいな。
なんて、去年はその視線にすら気付かなかった人間が、何馬鹿な事を考えてるんだろ。
法事の最後に葛家のお墓に皆で線香をあげてその場解散となった。去年は苦痛だらけの法事が、今年は拍子抜けなくらい、あっという間だ。
「お母さんたちはこれから皆でお昼ご飯食べに行くけど、京はどうする? 明日音ちゃんと一緒に帰る?」
「そうしようかな。明日音だけ一人で帰らせるのも嫌だし」
「その方が良いわよね。じゃあ行ってくるから気を付けて帰りなさい。そうだ、お小遣いあげるから、あなた達はあなた達でどこか食べて来るといいわ」
お母さん優しげに笑うと、バッグから財布を取り出した。
やった。臨時収入だ。と、言っても普段からそんなに使わないから無くても食べに行ったんだけど。
「……って、お母さん! これちょっと多いよ」
お母さんから手渡された金額は、まさかの一万円だった。高校生二人が食べるのに、そんな大金を使うことなんて有り得ない。三分の一でも多いくらいだ。
貰ったお金をお母さんに返そうとすると、お母さんは大袈裟に手でバッテンを作って拒否してきた。
「返金は受け取らないわ。明日音ちゃんには京のことでたくさんお世話になったんだから。それに誕生日も近いんだしちょっと贅沢して来なさい」
「……えっ? た、誕生日?」
久々に聞いた気がする単語に、私は血の気が引いていく。
私の誕生日はまだもう少し先。となれば、誰の誕生日かなんて答えは一つ。
明日音だ。
「京、あなたもしかして忘れ--」
「忘れてない! 忘れてないよ! 気付いてなかっただけだよ!」
お母さんの言葉を慌てて遮って否定する。その様子がもう答えそのものであり、お母さんはジト目で私を見つめてきた。
「それを人は忘れていた、と言うのよ」
「うっ……」
何も言い返せない。忘れていたのは事実だ。親友としてそれはどうなんだって思うけど、去年の自分の誕生日すら何をやったか覚えていない。周りが見えるようになればなるほど、去年の私が如何に死んだまま生きていたかがよくわかる。
「まあ、あなたのそんな表情を見れるようになっただけでもよしとするわ。ほら、余ったお金はそのまま明日音ちゃんのプレゼント代にして良いから、これまでの分もちゃんと渡すのよ」
結局お母さんはお金を受け取らず、親戚が集まってる駐車場へと向かって行った。
「忘れてた、なんて絶対明日音には言えないよ……」
「何が言えないって?」
「うわっ!」
お母さんと入れ替わるように現れたのは件の人物。
今の、聞かれてないよね……? というか、図書館に行く時も明日音は急に現れたし、気配消して近付くの上手くない?
「お疲れ、京。大丈夫かなって心配してたけど……うん、平気そうだね」
明日音は私の顔を覗き込むように確認すると、ほっと安心した表情を浮かべた。
親戚の集まりに単身でやってきた明日音。むしろ心配するのは私であるべきなのに、明日音はいつも私のことを気にかけてくれる。
「明日音、本当に良かったの? 夏休みも残り数日。しかも最後の週末なのに」
「あたしが来たいって決めたんだから、いちいち気にしないの。それに今日は元々何も予定無かったしね」
だからこれ以上は何も言うな、と言っているようだった。それなら私ももう気にするのはやめよう。
「分かった。ということは、この後は暇だよね? お母さんから明日音の分のお昼代も貰ったから、着替えたら食べに行こうよ」
「ほんと!? やったじゃん、何食べよっかな〜」
喜ぶ明日音にあわせて、私も笑顔を作る。
誕生日も兼ねて、とはどうしても言えなかった。
明日音は自分が気を遣われると、むしろ引いてしまう性格だ。こういう二人に、みたいな場面は喜ぶけど、自分一人が特別に扱われるのは得意ではない。
それで今までの誕生日では、いつもお兄ちゃんが言いくるめる役を担っていた。けど、もうそこは空席だ。今度は私が座らざるを得ない。
こういうの、本当に苦手なんだけどな……。
明日音とファミレスでちょっと高めのお肉を食べた後、カフェでまたちょっと贅沢にパンケーキなどを食べて、今日は解散となった。
食べてる時にプレゼントのことを考えて、時々上の空になってしまっていたけど、バレてないよね?
私は家に着くと、真っ先にいつもの相談相手にメールを送った。
「昨日バイトって言ってたから、返信はまだ先だよね」
それまで何をしようか。
お母さん達はまだ帰っておらず、夏休みの宿題はとっくに終わっている。
家に帰ってきてしまうと、どうしてもやることが無い。
お兄ちゃんを起点とした趣味なら幾つかあったが、私本人の趣味というものがパッと思い付かない。私は今まで、自分以外の誰かを通してでないと、私を成形できていなかった。
周りが見えるようになってからというもの、私自身が知らなかった私を見つけることが増えた気がする。ネガティブな部分も多少……いや、かなり見つけたけど、落ち込むことはなかった。自分を見つけるのは案外楽しいのだ。
「あれ、そうなると自分探しが趣味、ってことになるのかな?」
高校生でそれはどうなの、と思わなくもないが、これで本当の趣味が見つかるかもしれない。
何より見つけるものが多ければ、悠生さんに話す内容も増える。
「……よし! やることもないし、私だけで夕飯の支度してみようかな」
何でもいい、身近なところから新しいことをやってみよう。
「もしもしお母さん? 今日の夕飯、私が用意してもいい? え、違うよ、お兄ちゃん関係ないって。強いて言うなら……気まぐれ?」




