SMS「薫風」
今回は本編から少し遡って、ある日の二人の会話です。
スマホが揺れる。
シャボン玉の童謡。それと共に送られてくるメールの主は、この世界でただ一人。
『from:yuki_firefly』
「悠生さんからだ」
私は着信音が鳴り終わる前にスマホを手に取って、送られてきたメールを読む。
『そっちの高校は衣替え期間なんてあるんですね。俺の高校は指定日一斉切り替えでした』
「一斉って、忘れたら恥ずかしいやつだ……」
春とも夏とも言えないような時期。
GWも終わってしまえば、イベントなんて限られてくる。
そんな中、衣替えはこの時期の数少ないイベントの一つだ。ただ、話を広げられるほどの内容ではない。
新しい話題も見つけたいなと、思っていたところ、普段見ている悠生さんのメールアドレスを改めて見て、あることに気付く。
「悠生さん、蛍好きなのかな」
悠生さんのメールアドレスに入っている「firefly」は、日本語だと蛍だ。
以前、私のメールアドレスの由来と、悠生さんの妹さんである、美矢子ちゃんのメールアドレスの由来はお互いに話した。しかし、悠生さんのメールアドレスの由来は聞いたことがない。
もし蛍が好きなら、今の時期はとても良い。見に行ったりするのかな。
『話変わりますけど、悠生さんって蛍好きなんですか? アドレスに加えるくらいですし。今は綺麗な時期ですよね』
うん、新しい話題としては良い内容だよね。私も蛍は図鑑で読んで色々と知ってるし、話題は広げられる。
と、思っていたんだけど、
『あーっと、これは蛍が好きと言う訳ではなくてですね。あ、いや嫌いでもないんですが』
返ってきたメールは予想外の内容だった。
「うーん、でも美矢子ちゃんは自分の名前と好きな物でメールアドレス作ろうとしてたわけで、悠生さんも兄妹だから同じことをしたんじゃないのかなー」
悠生さんは美矢子ちゃんに英訳はやめてローマ字にしろって、助言したと聞いた。でも悠生さんは自分のことを棚上げして、蛍の英訳でメールアドレスを作っている。もしかしてそれで過去に何かあったのかな。
「……あれ、もう一通来た」
なんて返そうか悩んでいる間に、悠生さんから再度メールが届いた。
『これは蛍ではなく、花火です。あ、いや和訳は蛍で合ってます。ただ、なぜか当時は花火の英訳を「firefly」と勘違いして、そのままメールアドレスを作りました。ミスに気付いたのは登録直後。下手にかっこつけて英語にしようとした結果、蛍が好きな人のようなアドレスになったわけです』
私はメールを読み、幽霊でも見たかのように唖然とする。
なんかそれで嫌がらせにあっただとか、被害があっただとか、そんなことは一切無かった。
「まさか……それだけの理由? ローマ字への謎の信頼感はなに?」
じわじわと笑いが込み上げてくる。
こんなずっと使われるものを作るタイミングでミスをするなんて、運が悪すぎる。私は失礼だとは思うものの、笑いを抑えきれずにそのまま返信した。
『だから前にローマ字が良いって言ってたんですね。じゃあ、花火が好きなんですか?』
『花火も花火でその場でふと思い付いただけなんです。確かまだ春前なのに、美矢子が急に夏の話を始めた、とかそんな理由だった気がします。ミスを大笑いされた覚えがあるので』
メールを読んで、少しだけドキッとする。
悠生さんは丁寧に文で会話してくれる。
私には「京さん」、妹の美矢子ちゃんには「美矢子」。
漢字は違えど、読み方は同じだ。その度に、私は頭では分かっていても、自分が呼ばれたのではないかと、ほんの、ほんの一瞬だけ勘違いしてしまう。
「……名前、呼び捨てが良いな」
欲望が音となって溢れ落ちる。
悠生さんはお兄ちゃんの代わり。妹にさん付け敬語で話す兄妹なんて、一般的ではない。悠生さんも、妹と同じ発音の名前にさん付けするのは、間違えの元となって大変かもしれない。
なんて、色々と後付けの理由を考えてしまうが、本当はもっと単純に、私の我儘だ。
『そうなんですね。蛍とか花火で悠生さんの印象は夏のイメージになりそうです。ところで出来たらで良いので、呼び捨てタメ口で話して貰えませんか?』
「いや、話変わり過ぎだよ!」
さっきまでは衣替えと蛍や花火で、夏に統一されていた。なのになんで急に口調の話になってるの!?
私は悠生さんから返信が来る前に、慌てて『私三つも年下ですし!』と二通目を送った。
ドキドキと騒ぎ立てる胸を抑えて、待つこと三分。悠生さんからの返信が来た。
『俺は秋のイメージでよろしく。ヒグラシとか好きなんだよ。あ、これ秋というより晩夏の印象だから、結局夏になるのか? 逆に京のイメージは春っぽいな。風が吹くままに揺れてそう』
それは、送ったメールの前半部分のみを読んだかのような返しだった。肯定も否定もない。それどころか、後半部分には一切触れていない。だけど、
このメール自体が、その後半部分への返事そのものだった。
あまりの嬉しさに、その場で少し飛び跳ねてしまう。
お兄ちゃんではない。それは分かっている。でも、もう一度呼ばれたいと願った想い、それが叶ったことがとにかく嬉しい。
『ヒグラシって落ち着きますよね。あれ、もしかして私の事、ぼけーっとしてる人って思ってます?』
お礼は言わない。言ったら、悠生さんの優しい無視が台無しだ。私は高ぶる気持ちのまま返信をした。
『夕暮れに鳴くヒグラシはずっと聴いていられるなぁ』
『無視しないで下さい!』
それなのに、悠生さんはまたしても後半部分を無視した。
流石にこれは分かる。同じ無視でも、今回の無視には優しさが無い。
「全く……ふふっ」
でも、そんな意地悪も、なんでか心地が良かった。




