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Re:第九話「墓参り」2

 八月中旬、私は明日音と一緒にお寺に来ていた。


「京、何かお供え物とか持ってきた? 食べ物なら最初にお供えして帰る時には持って帰った方がいいね。持ってきてないならあたしが持ってきた七種グミでいっか。結生さんも大層なものは望んでないだろうし」


「京、お線香は持ってきた? ないならここで買えば、すぐそばに火もあるからあたし達で火を用意しなくても大丈夫だよ。あ、それは持ってきたんだ。じゃあお線香はお墓の前でやろっか」


「京、雑巾とかバケツはあっちにあるよ。あたしが取ってくるから、先にお墓行ってて。あ、グミ渡しておくね」


 いつになく明日音が張り切って行動している、というかソワソワしているように見える。多分私が落ち込まないように気を配っているんだろうな。


 最近は自分の中で整理が出来てきてるからそこまで気を張る必要は無いんだけど……。

 そういえば、悠生さんもここ最近メールの頻度が高いような……。


 他のメールと並列で始まった謎のクイズメールは、当初こそ普通の数学やら現国やらの問題でクイズではなかった。が、途中から意味のわからない--というより当てさせる気のない--意地悪クイズになった。


 コンビニで二百円の買い物したって言ってるのにビニール袋の三円を計算に入れてないのはなんか違う気がする! 出題者だからって適当すぎるよ!


 私はモヤモヤしながら歩き、今日の目的地に辿り着いた。普段なら足が重くて気が進まないこの場所。でも、今日の気分なら特にマイナス思考になることはなかった。


「会いに来たよ、お兄ちゃん」


 我が家のお墓の前に立ち、その下で眠っているお兄ちゃんへ挨拶する。


 実際の命日は八月下旬。命日の前には法事で家族と一緒お墓参りをする。


 でもその前に、私はお母さん達に内緒でお墓参りをすることにした。


「ごめんね、来るのが遅くなって。お詫びにお兄ちゃんの好きなものをお供えしようと思ったんだけど、来ることだけ考えてたから忘れちゃった……。だから明日音からのグミで許して欲しいな」


 私は謝りながら、二手に分かれる前に明日音から託された七種グミを供える。


 お墓の前に立った時、もっと辛い気持ちになったり泣くかもと思っていたが、不思議と気持ちは軽い。いや、不思議でもなんでもないや。さっきまで考えてた悠生さんの意地悪クイズのせいで、感情が変に前向きだ。


「今日は話したいことがたくさんあるの。お兄ちゃんが居なくなってから、初めて出会った人について。家では何度か話したと思うけど、直接ここで話すのは初めてだから、いっぱい話すね。あと昨日の理不尽なメールについても!」


 私は今年の春、奇跡的な出会いをした年上の男の人、悠生さんのことをお兄ちゃんに話す。


 私と同じ傷を持っていること。


 お兄ちゃんの言葉をきっかけに起きた、普通は有り得ない偶然。


 この偶然を手放さないように、前に進むことを選んだこと。


 お兄ちゃんとは違う兄というものを知ったこと。


 普段は大人ぶってるのか、適当なフリをしているのに、私が助けを求めると必ず正面から応えてくれること。


 悠生さんと出会ったおかげで得た知識。


 悠生さんと出会ったせいで得てしまった知識。


 考えるより先に言葉が零れていく。まだたった数ヶ月しか経ってない関係なのに、いつまでも話せる気がした。


「ここ最近は解かせる気が無いようなクイズばかり送ってきてね。当ててもお兄ちゃんと違って褒めてくれないし、更に解かせる気が無い内容に進化するし、素直な優しさが全然無いの。でも、なんでかな、私はこれを手離したくないんだ」


 今思えばクイズを始めたタイミングも、私がお墓参りをすると決めたその日。張り詰めた気持ちは悠生さんのメールで全部上書きされた。


 確かめるようなことはしないが、きっと悠生さんもお盆期間で何か察しているのかもしれない。それでやることがクイズなのはちょっとどうかとは思うが、これが悠生さんの、悠生さんにしか出来ない優しさだ。


「この出会いはさ、きっとお兄ちゃんがいつまで経っても立ち直れない私にくれた、最後の光なんだろうなって思ってるの。違ったかな? でも私はこの光を頼りに歩いたら、ここに来れたんだよ」


 悠生さんと出会ってから数ヶ月、お兄ちゃんのことで落ち込むことは無かった。酷い時は、お兄ちゃんが命を懸けて助けてくれたのに、自分が死ねばよかったと考えたくらいなのに。


 もちろん忘れたわけじゃない。これは同じ傷を持った者同士で会話を続けることで、気持ちの落とし所が見つかった。それだけだ。


「この関係は健全じゃないよね。傷の舐め合いは何の解決にもならない、って言うのは私もわかってる。でも、もう少しだけ私と悠生さんの関係を見守っていて欲しい。私は、自分だけ気持ちの整理が出来たら終わり、とは思いたくないから」


 私は今日、ここに来たことで前に進む覚悟を決めた。今までは傷の舐め合いだけで前を向くことだけを考えていたが、これからは進んでいこう。


 でもそれは私一人だけじゃ成立しない。


 悠生さんも前を向いて進まなきゃ、私は変わらず与えられるばかりの人間になってしまう。


 いつか悠生さんも前に進んでいることを確認出来た時、その時がこの関係の終わりだ。


「それにね、傷の舐め合いだけがメリットの関係じゃないんだよ。私が気付けてなかった親友の存在にも気付かせて貰ったんだ。今だって、バケツと雑巾の用意なんてとっくに終わってるのに、近くで何も言わずに待っていてくれてる」


 わざと気持ち大きめの声で話すと、左後ろの少し離れた場所からバシャッと水が跳ねる音が聞こえた。こんなに長く喋っていたんだ、どれだけ遅くても用意なんてとっくに終わっている。


 水の音は観念したかのように、徐々にこちらへと近付いてきた。


「気付いてるのに言わないなんて性格悪いよ、親友様」


 振り向くと、目尻と頬を少しだけ赤く染めて拗ねた顔をしている明日音がいた。私は少しだけ口角を上げて言い返す。


「盗み聞きも性格悪いよ、親友様」


「言うじゃん、春前までは死んだ目をしてた子がさ」


 こういう悪ふざけな言い合いも、今なら出来る。


「さっ、ちゃちゃっと掃除して、お線香あげよう。私は左側やるから、明日音は右側よろしくね」


「りょーかい」


 パンッと手を叩いて気持ちを切り替える。明日音もすぐに切り替えて雑巾を手に取ると、お墓の右側に向かった。


 私も左側に向かい、去年来れなかった分、一生懸命掃除した。


 この炎天下の中、雑巾一つで掃除するのは中々大変だ。


 五分ほどお互い黙々と掃除をしていると、ふと明日音が話しかけてきた。


「そういえばさ、今日って麻知さん達に内緒で来たんだよね?」


「うん、私から行こうなんて言ったことないし、話したいことは悠生さんのことばかりだから、お母さん達びっくりしちゃう」


「それならあたしが適任なのは分かるけど……」


 明日音は掃除の手を止め、顎に右手を添えた。


「これさ……やり過ぎたら来たのバレない? 京に言わずに麻知さん達が来る可能性だってあるでしょ?」


「……」


 明日音の一言に私の手も止まる。暑いから流れている汗とは、また違う汗が頬を撫でる。


「そこまで考えてなかったって顔してるけど」


「い、いや! 他にも誰か来て掃除とかお線香あげるかもしれないし!」


 明日音に表情を読まれ、慌てて言い訳しながら正面の掃除に移動する。と、そこで一つの違和感に気付く。


「あれ? まだ炭になってないお線香がある」


 数にして十本ほど、火が消えた訳でもないお線香が煙を上げていた。既に七〜八割ほど燃えており、私達の滞在時間を考えるとほぼすれ違いのタイミングで誰かが来たことになる。


「えっ、お線香の匂いはしてたけど全然気付いてなかった」


「でもさっきから誰にも会ってないよね。この残り方なら私達が来る直前だから、会ってたらその人の可能性が高いけど」


 私は先程の道中を思い出すが、誰とも会った記憶は無い。別の道から帰ることなんて全然有り得るから、会えなくても不思議じゃない。でも、もし親戚やお母さん達の友達だったらちゃんと挨拶をしておきたかった。


「ここに来る途中……あー、さっきバケツ取りに行ってる時に、ちょうどバケツを戻しに来た二人組がいたよ。もしかしたらその人達かも」


 思い出した様子で明日音は手を叩き、別行動した際の話を始めた。


「大学生の男の人二人組で、一人はお墓で会うには珍しいタイプの人だった。顔はかっこよかったけど、明るめの髪色でちょっとチャラい感じ。挨拶しただけでナンパしてきたし」


「えっなんで助け求めなかったの!? すぐに助けに行ったのに」


「あたしもしつこく付きまとわれたら連絡しようとは思ってたよ。でも、もう一人が落ち着いた人でさ、会話の主導権を奪って、ナンパ男を遠ざけてくれたんだ。そこで少しだけ世間話をしてさよなら。その程度で京と結生さんの再会を邪魔する訳にはいかないでしょ」


 良かった……。明日音に何かあったら私はまた一人失うところだった。止めてくれた人には感謝しないと。


「なら安心だけど、大学生ってことはお兄ちゃんの同級生とかかな?」


「んー、助けてくれた人はそうでも無いかも? 家の墓参りと付き添いって言ってた」


 見ず知らずの明日音を助けるような人だ。自分の墓参りのついでに、友達の友達の墓に線香をあげるなんてこともするかもしれない。


「じゃあその軽い人がお兄ちゃんの同級生とか知り合いっぽいね。そんな人、お兄ちゃんから聞いたことないけどなー」


「いや、むしろ軽い人間だから京の視界に入れさせたくなかったんじゃない?」


「明日音もお兄ちゃんも、ちょっと私のこと勘違いしてない? そこまで警戒心の無いアホな子じゃないんだけど」


「警戒心があったら悠生さんのメールは迷惑メール行きだよ」


「うっ……」


 最初の悠生さんにだって警戒せずに返信したつもりは無いが、そう言われたら反論する術が無い程度には、無謀な行動だったことを自覚している。


 私は勝ち目がないことを悟って、誤魔化すように話題を変えつつ線香の準備を始めた。


「それで世間話ってどんなこと話したの?」


「んー? ここに来た理由とか年齢とか聞いた程度かな。年上の人と話すことなんて滅多にないから緊張してたけど、それ汲み取って話してくれて、優しい人だったよ。ナンパしてきた人の扱いも上手くて、信頼されてるんだなって思った」


 心做しか、少し楽しげに話す明日音。ナンパされたことを差し引いても、良い出来事になるくらい会話が弾んだのかな。


「なんか珍しいね、明日音からそういう話聞くの」


「あんたが悠生さんの話ばかりするからだと思うけど?」


「うぐっ……」


 なんか最近、悠生さんを良い感じの武器として使われているようで納得いかない!

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