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Re:第九話「墓参り」

「『あつい……』」


 夏休み最初の一週間。私はクーラーの効いた自室で籠城し過ぎないように、夏休みの宿題消化も兼ねて図書館に赴いた。しかし、道中があまりにも暑くて、つい声に出しながら一単語だけ入力していつもの年上の男子大学生にメールを送った。


『外にいるのか? 今日は全国的に猛暑日なのによく出たな。こまめに水分補給だけはするんだぞ』


『悠生さんは今日ずっと家なんですか? 引きこもりは身体に良くないですよ』


『生憎と引きこもりではないんだな。俺の大学は八月頭から九月末までが夏休みだから、あと一週間ほど残ってるんだよ』


『大学生の夏休み長いですよ! ずるい! あれ、それなら悠生さんもよく外に出ましたね。授業はサボってこそ大学生っていつも言ってるじゃないですか』


『言ってない言ってない。講義中にスマホ弄る程度だから。あと俺は最近登下校を涼しくする裏技を手に入れたから、たまにそれを使ってるんだ』


『私には授業中にスマホ弄るなっていつも叱るくせに……。それで裏技ってなんですか?』


『実は行きつけのスイーツ店が朝カフェ始めてな。しかもよく買いに行くせいで顔も覚えられてたから、朝一番の涼しい時間に行って、朝飯がてら大学開くまで時間潰してるんだよ。帰りは用がなければ日が暮れるまで適当なクーラー効いた空き部屋で馬鹿連中とゲーム。これが夏の過ごし方さ』


『なんか……大学を良いように使ってませんか?』


『これは効率的って言うんだよ。食堂とか人ほとんど来ないのに空いてるのは、使って良いよって意思表示だと思ってる』


『あ、それ最近本で読みましたよ! こういうのは屁理屈男、他責思考人間って言うらしいですっ』


『なんて本を読んでるんだ……。京はこうなっちゃダメだぞ。反面教師できるように、俺はこれからも続けるとしよう』


 気が抜けた会話の応酬に、ついついにやけてしまう。今までも楽しかったこのメールでの会話。それが夏休みが始まる直前くらいから、より楽しく感じるようになった。原因は正確には分からないが、理由はなんとなく分かる。


「悠生さん、なんか嬉しいことでもあったのかな」


 悠生さんから届くメールが、明るくなったというか、どことなく肩の力が抜けたような空気になった。


 他の人が読んだとしても、七月頭の会話と今の会話に差異は感じないかもしれない。それどころか、悠生さん本人もそんなつもりは無いかもしれない。だからこれは、私が勝手にそう感じて勝手に楽しくなってる、ただそれだけの話。


「元々暗かったってわけじゃないけど、今の方が私は好きかな」


「何が好きって?」


「わっ!」


 急に声を掛けられ、驚きのあまり全身が飛び上がる。隣を見ると明日音が覗き込むようにこちらを見ていた。悠生さんとのメールに夢中で、明日音が隣を歩いてることに気付かなかった……。


「やっほ、ここは歩道しかないからまだ良いけど、歩きスマホは程々に。それでどこに行くの?」


「図書館で夏休みの宿題やろうと思って……って、明日音まだそれ着てるの」


 明日音はグレーベースのチェックミニスカに白の半袖Tシャツ、そこに肩掛けのポーチを提げており、彼女らしい活発的かつ涼し気な格好をしている。しかし、胸元には大きく書かれている「I AM MIYABI」の文字に、私はツッコミを入れざるを得なかった。


「中学三年から身長伸びてないし、あまりにもおかしいってデザインじゃないから良くない?」


「似合ってるけど……中学のクラTを日常的に着る人はいないと思うよ」


 まだ一年も経ってない、中学三年の文化祭。そこで皆で作ったクラスTシャツ。確か「I AM」だけは固定で、最後の単語は各々入れたい文字を自分で指定して注文したんだっけ。


 私は何も思いつかなくて、言われるがまま明日音と同じ「I AM MIYABI」にしたことだけは覚えている。


「京も着ればお揃いじゃん。一緒にあの頃に戻ろうよ」


「あの頃ってまだ一年も経って……」


 と、そこまで言いかけて自分の言葉であることに気付く。



 二回目の夏が、始まったんだ。



 一回目の夏は、一年経っても現実を受け止められず、行くことを拒否したあの場所。


 今なら行ける気がする。というより、今だからこそ行きたい。


 でも、お父さんとお母さんとは出来れば行きたくない。かと言ってまだ一人で行く勇気もない。


 こういう時、頼りになるのはいつも一人。


 私は親友の顔を正面から見る。


「どしたの、京。急に止まって、考え事?」


「ねぇ、明日音。二週間後の金曜日、付き合って欲しい場所があるんだ--」

「いいよー」

「--けどって、まだ場所言ってないけど!?」


 食い気味の二つ返事で承諾を貰ってしまい、頼んだ側が狼狽えてしまう。


 猪突猛進なところがあるのはよく知ってるけど、これは猛進し過ぎな気がする。だって、行く先なんて今の話の流れから分かるはずがない。しかし、明日音は私を見て当たり前のように笑った。


「大方の予想はついてるよ。あたしも行くつもりだったから、気にしないで」


 もしかして悠生さんに続いて、明日音もエスパーになったのかな。それとも私が鈍いだけ……?


「あたしは京の姉みたいなもんなんだから、舐めないでよね」


 明日音は自信満々に片目を閉じて自身の胸を叩く。その姿を見て嬉しさが込み上げてくる。


「ありがとう、明日音。お礼に、夏休みの宿題を手伝ってあげるよ」


「今それ言うのはバカにしてるよね? 姉が勉強教わるってどういう状況よ」


「してないよー。ほら明日音の宿題取りに行こ」


 ちなみに、この後図書館で私と明日音を見たおばあちゃんが「妹の勉強を見てあげて偉いわね〜」と私に声をかけて、明日音が不満気な顔をするのだった。


 だから、中学のクラスTシャツはやめなって言ったのに。



 三時間ほど宿題をやったところで、明日音の体力に限界が来た。


 まだ外は明るいが、時刻で言えば夕方。夏休みの序盤でここまで進めれば、明日音に最終日に終わってないと、泣き付かれても苦しむことはないはずだ。


 帰り支度をして図書館を出ると、タイミングよく悠生さんからメールが届いた。


『夏休みに入ったなら暇つぶしが欲しいだろ? てことで今日からクイズでも出すことにするよ。期間は俺が飽きるまで』


「……え? 何このメール。悠生さん、急にどうしちゃったの?」


 あまりにも唐突で脈絡のないクイズメール。悠生さん、暑さで頭がおかしくなったのかな?


「なになに? いつもの悠生さんからメール?」


 明日音がどんなメールか見ようとして、私のスマホを覗き込んでくる。今ではすっかり悠生さんを受け入れてくれて、この前まで警戒心MAXだったのが不思議なくらいだ。


「悠生さんからのメールなんだけど、いつもと内容が違うというか……なんか、変? ほら、読んでいいよ」


 明日音にスマホを渡す。明日音は届いたメールを読むと少しだけ引き攣った笑顔になった。


「あーははは……きっと悠生さんの方が暇なんじゃない? 構って欲しいってアピールだと思うよ、うん」


 どこか、自分に言い聞かせてるような言い方に聞こえるけど、気のせいかな?


 もしかして明日音もやろうとしてた、とか? それで私が変って、言っちゃったから言い出しにくくなったとか。それなら私は親友として気を使ってあげなきゃいけない。


「明日音、解きたいなら解いても良いよ? 私が解いたことにするし」


「いや、いい。やらない。これは京へのクイズ……というか、クイズじゃないでしょこれ」


 明日音はげんなりとした顔でスマホを返す。私は最初の文だけ読んで明日音に渡しちゃったから、まだクイズの中身は読んでない。明日音が嫌そうにするなんてどんなクイズなんだろうと、返してもらったスマホでメールを読み直す。


『第一問。ある正方形について、1辺の長さを12だけ長くして、もう1辺の長さを3だけ長くした長方形の面積はもとの正方形の面積の2倍となる。このとき、もとの正方形の1辺の長さを求めよ』


「……さっき解かなかった?」


「宿題に同じような問題あったよね。あたしは空欄にしたけど」


「ちゃんと解きなよ」


 ……って、これクイズじゃないよ! 因数分解入ってる数学問題だよ!


 え、なんで悠生さんこんな問題出してきたの。もしかして悠生さんの夏休みの宿題……? でも大学に宿題なんかないよね。普段の悠生さんからは想像出来なくて、目的が分からない。


「まあ、出されたからにはやろうかな」


「宿題もやってこれにも付き合うなんて、京凄いね……いや、提案したのはあたしなんだけどさ……」


 呆れた様子の明日音が呟くが、徐々に声が小さくなっていき、後半は耳に届かなかった。


「ごめん、明日音何か言った? 最後の方よく聞こえなかった」


「え? ああ、あたしは宿題でもないのに解くのは無理って言っただけだよ」


「いや、別に私も今はあまりやりたくないかな……」


 お兄ちゃんを忘れる目的で、気を紛らわせていただけに過ぎない過去の勉強習慣。前を向くようになった今、成績を落とさない程度に人並みまで勉強を減らしている。だから夏休みにまで問題解くのはちょっとなぁ……。


「でも、解かなきゃメール無視してるみたいになるし、ほら、解いたら悠生さん褒めてくれるかもよ!」


 明日音は何故か必死に問題を解かせようとしてくる。いや、別に褒められたいからってだけでやる気には……なるかもしれないけど、この前まで悠生さんを危ないと言っていた明日音からその言葉が出てくることに驚きだ。


「……なんであたしがフォローしてんの……後で絶対文句言ってやる」


 明日音がまた何かを呟いたがやっぱり声が小さくてよく聞こえなかった。

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