第九話「墓参り」3
「こんにちはー」
女の子は俺達に気付くと、臆せずに明るい笑顔で挨拶をしてきた。
肩に少し掛かるくらいの髪に少し大きめの半袖Tシャツを着ており、表情も相まって活発的な雰囲気に見える。
「こんに」
俺が挨拶をしようとした瞬間、隣にいたはずの黄金井が瞬間移動でもしたかのように女の子の元へと近付いた。
「やあ、麗しのお嬢さん。君の笑顔はこの夏の太陽にも負けていない。こんな暑い日に外に出るのは億劫だったが、君のような人に出会えるならこんな日も輝いてっだ!」
黄金井が夏を凍らすような寒い口説きをする前に、俺は急いで近付いて側頭部をぶん殴った。半分くらい詠唱を終えてたから手遅れかもしれないが……。
「えっ、あの、えっと……」
何が起こったのか分からない様子の女の子は俺と黄金井を交互に見て狼狽えている。というより、黄金井を見て引いてる様子だ。
「友……と呼びたくはないが、友人が失礼なことをしました。代わりに謝罪します」
黄金井を引き剥がして頭を下げる。すると女の子は慌てて腕を振った。
「い、いえ大丈夫です! ……あの、もしかしてあたし、ナンパされてました?」
「まあ、そうですね。全く、時と場所を弁えろって話ですよ」
「はははっ、あっ喋りにくかったら敬語はいらないですよ? あたしも大人の人に敬語使われるのはむず痒く感じるので」
女の子が警戒することなく、人懐っこい笑顔で話してくれて内心ホッとする。マジでなんで俺が黄金井の尻拭いをしてるんだ……。というか、京も明日音も似たようなことを言っていたが、年上の敬語ってやっぱり怖いのか?
「なら、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。けど、多分俺たちは君とそんなに年は離れてないと思うぞ。今年大学に入学したばかりなんだ」
「あ、そうなんですね。あたしも今年高校入学したばかりなので、三歳差ですね」
「高校一年生!? それなら移動範囲が広がって遊びやすくなった頃だ。お嬢さん、僕と一緒に夏の海にいぎっがぁ」
復活した黄金井の顔面にバケツを押し付けてガードする。
「しつこいのは感心しねぇぞ、黄金井」
「うるさい、お前こそ良いところを取っていこうとしてないか」
「してねぇよ。良いから黙って詫び代わりにバケツ用意してやれよ。女の要求を呑むのもデキる男、なんだろ」
「ふん、言われなくとも」
黄金井は顔に押し付けられたバケツを奪い取るように受け取り、女の子にキメ顔をしてから準備を始めた。
「すまない、レベルの高い子を見るとああなるんだ」
「あ、いえ……」
女の子は小さい声で「あたしってレベル高かったんだ……」と呟いていたが、聞いていないことにした。これで口説いたら黄金井の言う通りの人間になってしまう。いや、口説く気は無いが。
特に話すことも無いから黙っていると、女の子が少しソワソワした様子で話しかけてきた。
「お兄さん達も墓参りですか……って、ここに来たらすることは同じですね」
どうやら沈黙に耐え切れずに、とりあえず話題を出そうとした結果だろう。自問自答で会話が終わってしまった。
初対面で年上の男が横で黙ってたら流石に気を使うか。悪いことをしてしまった。
「気を使わせてすまない。俺は家の墓参りと、そこのチャラ男の墓参りの付き添いだよ。君は一人で来たのか?」
申し訳なさから、独りでに終わってしまった話題を拾って話を続けると、女の子は安心したような表情を見せた。
「すみません、年上の男の人と面と向かって会話をすることが滅多になくて……勝手に緊張してました、ははっ。あ、あたしは友達のお墓参りの付き添いです」
「気にする必要は無いよ。近所のおばちゃんと話す程度に考えてくれていいさ。それにしても墓参りの付き添いだけってのは珍しいな。君くらいの歳なら家の墓参りすら嫌がる子もいるだろ」
「確かにそうですね。まあ実を言うと、付き添いと言いつつ、あたしも友人の家のお墓参り自体が目的なんですよ。お世話になった人が眠っているので」
女の子は少しだけ視線を落として話す。付き添いがメインではあるものの、きっと付き添いがなくても一人で来ていた、とでも言いたげな空気を感じる。
「そうか、とても世話になった人なんだな。そういう感情は大事にした方がいい。そこに家族とかは関係無いからな。何が自分にとって大切かを決めるのは、自分自身しかいない」
「……え?」
「ん?」
俯いていたはずの女の子は、急に顔を上げると驚いた表情で俺を見た。あれ、なにかおかしなこと言ったか?
「悪い、何か気に障ったようなら謝る」
とりあえず謝っておこう。女子高生というのはよく分からない、ってことを京と明日音で十分学んだんだ。ここは気を悪くさせる前に謝るに限る。
「あっすみません! 最近内面を見る努力を始めたところで、タイムリーな言葉を貰って驚いちゃいました……ってすみません、変なこと言って」
「いや、謝らなくていいよ。もしかして付き合ってた男に騙されてたとか、詐欺にあったとかか?」
俺が何か地雷を踏んだかと思ったがそうでは無い……のか?
「うーん、ちょっと違う……というか、あたしが悪かったというか……」
女の子はなんとも煮え切らない感じに答える。まあ、世間話でプライベートをガンガン話すもんじゃないしな。そこら辺を考えて答えにくいんだろう。
「言えないなら言う必要も無いだろ。初対面の人間との世間話なんだ。個人情報を無闇に晒す方が危け--」
「おい、そろそろこのバケツの水を貴様の頭に掛けてもいいか?」
気付かぬうちに近づいていた黄金井が、ゆっくりと俺に照準を合わせてバケツを投げ付けようとしていた。
どうやら長話をしていてずっと黄金井を待たせていたようだ。
「終わったなら声を掛ければ良かっただろ」
「あの岸に春が来たかもしれない、と気を使った僕を褒めてくれ。まあもう夏だがな」
「お前、マジで一回痛い目に遭った方がいい」
この微妙に地雷を踏まない程度のイラつかせ方が黄金井を嫌いになれない部分だが、ムカつくことはムカつく。
「はぁ……ちょっと長話が過ぎたな。君の友達も待っているだろうし、俺達は退散するよ」
「はい、お嬢さん。こちらがバケツと雑巾だ。重たいから気を付けてね」
黄金井はさっきと口調は同じだが、流石に弁えた対応でバケツを女の子に渡した。あのセリフと顔で渡したのがバケツと雑巾なのはちょっと面白いな。
「ありがとうございます、黄金井さん。それに岸さんも、たくさんお話に付き合ってもらってありがとうございました」
女の子はバケツを受け取ると深くお辞儀をしてお礼を述べた。
……うん? 苗字で呼ばれた?
「あれ、自己紹介したっけ?」
「先程の会話でお互い口に出してましたよ。知ってますか? 個人情報を無闇に晒すのは危険なんですよ」
女の子は悪戯っぽく笑うと、俺がさっき言いかけた台詞をそのまま言ってきた。
「これは一本取られたな」
「あ、ちなみにあたしは日向って言います。あたしだけ知ってるのは後味悪いので」
明るいだけじゃなくて礼儀正しい子だな。もう会うこともないかもしれないのに、最後に名乗るなんて。
「じゃあ日向ちゃん、機会があればまたどこかで。その時は運命の人という事で下の名前も教えて欲しいな」
「黄金井さんに教えるのはちょっと……岸さんなら良いですよ。今度またお会い出来れば、是非。では失礼しまーす」
黄金井がキリッとした顔でまたナンパのようなセリフで別れを告げたが、女の子はあっさりと断って去っていった。
「なかなか楽しい子だったな……なんだよ黄金井、こっちを見て睨むな」
「……岸は、年下彼女が似合うな」
黄金井はじっと俺を見て、そんなことを呟いた。どうやら睨んでいたのではなく、余分なことを考えていたようだ。
「思い返せば、岸を紹介して欲しいと言ってきた女の子達も、どちらかと言うと妹系というか年下風の子が多いな」
「おい待て、初めて聞いたぞその話」
紹介されても困るが、俺のいない所でそんな話題があったとは聞き捨てならない。普通はこっちに話が通るものだろう。
「僕はお前のことよく知る男だからな。気を利かせてお前を煩わせずに断ったのさ」
「本音を言え」
「僕経由でお前を紹介するのがムカついたから無断で断った」
そんなことだろうと思ったよ。




