第九話「墓参り」2
八月中旬。
俺の作戦は成功しているのか分からないが、ここ二週間は今までと違うメールになっていた。
俺は昨日のメールを読み返す。
『第四十二問。春、夏、秋、冬、一年の中で一番長い期間はどれ?
第四十三問。俺はコンビニに三百円だけ握りしめて向かい、二百円の品を購入した。お釣りはいくら?
第四十四問。ウサギとカメが競争しました。しかし、ウサギは童話のように途中でサボらなかったのにも関わらず負けました。敗因は?』
『第四十二問の答えは全てです! 一年は三ヶ月で一つの季節だと決まっていて、俳句の季語などがそれに当たります。だからこの問題は引っ掛けでどれが一番長いなんてないんです。
第四十三問の答えは百円と言いたいところですが、悠生さんの性格的にこれも引っ掛けなので答えは0円です。三百円は百円玉三枚だから二百円払うのに三枚出す必要は無いですよね!
第四十四問は……何ですか? 童話のように途中でサボらなかったってことは途中で罠にかかって猟師に捕まったとか?』
俺が思いついた一通で長く楽しめる方法、それは真っ当なクイズに思える意地悪な引っ掛け問題だ。これなら答えを考える間、答えを待つ間で意識をこちらに向けることができる。そして、この問題の一番の利点は俺が出題者であること。
『第四十二問の答えは一年だ。誰も四季の中で一番長い季節とは言ってないぞ。
第四十三問の答えは九十七円だ。マイバッグ持ってなかったから三円のビニール袋に入れて帰った。
第四十四問の答えはそもそも勝負の場に遅刻して不戦敗。途中でサボってないだけで始めからサボってた、てな。
これで正答数は四十四問中、十七問だな』
『ズルですよ! 四十二問目はまだしも、四十三問目と四十四問目なんて分かるわけないじゃないですか!』
ネットで拾ったクイズに俺がアレンジを加えることで、京専用超意地悪問題へと昇華する。四十三問目なんて、アレンジを加えなかったら正解していたのにな。
最初の数問は、俺もちゃんとした問題で京の気が逸れることを考えて調べたり、作成して送っていた。しかし、地頭が良い京にとっては大した手間でもなく、簡単に答えが返ってきてしまった。そこからは京の気が逸れるとかもうどうでも良くて、俺がただ単に当てられたくないだけの勝負になっていた。
この話を明日音にしたところ『当初の目的を忘れて遊ぶとか小学生ですか……』と返され、反論の余地がなくて既読無視を貫いた。
「どうした岸、また美矢子ちゃんの友達からメールか?」
黄金井に呼ばれて現実に戻る。
今は若月の運転でお寺まで向かっている途中だ。
「そんなところだ。ところでお前ら、三百円握ってコンビニで二百円の品を買ったらお釣りは何円になると思う?」
「「百円」」
「……」
高校一年生に負けるなよ大学生。
そこから適当に雑談をしてお寺に到着。必要なものは持参しているため、バケツと雑巾だけを借りる。と、そこで若月が話しかけてきた。
「岸、これからどうする? 俺たちは俺たちで墓参りして合流するか? お前も一人で墓参りしたいだろう」
「黄金井にも言ったが、俺は気にしてない。というか、お前たちも美矢子に線香あげるなら一緒に行動した方が効率が良いだろうし、俺もそっちの墓参りに付き添うよ」
「了解。じゃあこっちだ、来てくれ」
若月はスマホにメモしておいた道順を頼りに墓地を進んでいく。
うちの墓とは正反対の場所にあるのか。バケツ戻すことも考えるとなかなかの距離を歩くことになるな。
「お、ここだな」
若月はスマホと目の前の墓を交互に見て頷く。目の前の墓には『葛家之墓』と書かれていた。それを見た俺はこの間の会話を思い出して納得する。
「あーなるほど、『くず湯』って苗字も噛ませてるのか」
「何を言ってるんだ?」
黄金井が理解出来ないものを見るかのように俺を見てきた。
「いや、『かずら』って苗字を『くず』に読み替えて『くず湯』って渾名を作ったんじゃないのか?」
「おい岸、これ『かずら』って読むのか」
「いや、僕はこの前も言ったようにカロリー過多な名前にしたかっただけだ。なるほど、あいつが何故か喜んでいた理由が、今になってわかった」
こ、こいつら……。
まさか名前どころか、苗字すらまともに認識していない状態でここまで来たのか。
「お前ら、よく墓参りしようと思ったな……。ほぼ他人だろ」
「こんなもんじゃないか? 男なんて一緒に汗水垂らせば友達だろ」
「僕はそんな体育会系な思考ではないが、やはり幼い頃に一緒になにかしただけで友情なんて芽生えるだろう、僕はそうは思わないが」
「お前めんどくせぇよ、いい加減素直に墓参り来たって言え」
バカなのか友情に厚いのかよく分からない二人に呆れつつ、線香の準備をする。
最初は見てるだけにしようと思ったが、ここまで来て俺だけ供えないのは普通に失礼だ、と思って三等分にして配り香炉に供えた。
「よし、んじゃ美矢子ちゃんのところ行くか。岸よ、騎士のようなエスコートを頼むぞ」
「キモいぞ肉ダルマ。そもそもこいつが騎士になるのは美矢子ちゃんといる時だけだ」
「どうせならそういう会話は美矢子の前でやってくれ。あと黄金井は殴る」
最後に若月が供え終えて俺の目的である岸家の墓参りに向かう。
墓に辿り着くと、さっきまでの騒がしい声はどこへ行ったのか、俺達は淡々と準備をして線香を供えた。
ここに来てから、こいつらは気を使ってかいつもの会話がなくなった。全く……、気にしてないって言っただろうに。
確かに去年来た時はまだ吹っ切れておらず、色々と考えてしまい、かなり長い間墓の前で立っていた。
でも今年の命日を迎えて以降、変わり始めた日常が俺の中での後悔に、徐々に落とし所を見つけてきた。今は墓の前に立っても、悪い感情が押し寄せてくることはない。
その分色々話すことは増えたが、常日頃から話しかけてるんだから、美矢子からしたら墓でも同じ会話は鬱陶しいだろう。
だから簡単に済ませることにする。俺は二人に聞かれない程度に声を潜めて美矢子に話しかけた。
「美矢子、ありがとな。お前のおかげか、お前のせいか。それは分からないけど、今はなんだかんだ楽しんでるよ。お前からしたら全く知らん人間かもしれんが、同じ名前のよしみで気にかけてやって欲しい。こういうのも、お前は好きだろ?」
俺は最後に墓に向かって笑ってやると、何となく美矢子に笑い返されたような気分になった。
生前、美矢子は漫画好きが転じてよく漫画みたいなことを夢見ていた。
『お兄ちゃんとあたしって実は義理の兄妹だったりしない?』
『お兄ちゃんって前世の記憶ないの?』
『例えあたしが見れなくても、あたしが影響して漫画みたいなことが起こったらさ、それって最高に面白くない?』
『離婚はして欲しくないけど再婚で義兄弟とか憧れるよね。お兄ちゃんが弟になったりして、ははっ』
いつも漫画の読みすぎだ、と適当にあしらっていたが、まさかその一つの現象にぶち当たるとは思いもしなかった。
笑い返された気分になったのは多分、墓の中で『お兄ちゃん、よくやった!』と美矢子が親指でも立てているのだろう。あいつはそういうやつだ。
「さっ、墓参りも終わったし帰るか」
「もう良いのか? なにか喋っているようだったが、もう少し居てもいいんだぞ」
「普段からスイーツ供えるついでに話しかけてるからな。話すことなんか大して無いさ」
「そうか、ならいい。おい肉ダルマ、僕達でバケツを片してくるから、お前は先に車に戻って車内を冷やしておいてくれ」
黄金井は少しだけ口角を上げて笑うと、若月に声を掛けて撤収の合図を出した。
「熱された車内に入るのは覚悟がいるな……まあ役割分担だ。任せるがいい」
若月と一旦別れてバケツ置き場へと向かう。すると、ちょうどバケツを取りに来たであろう女の子とバッタリ遭遇した。




